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5 社長と会長

輸入雑貨店『Seven Sea Warehouse』といえば、地元のタウン誌やテレビのローカル番組でたまに紹介されるお店だ。元々は卸売り中心だったみたいだけど、東南アジアの変わった雑貨が色々あると口コミで評判になり、小売りにも力を入れるようになったという話だ。全部タウン誌の社長インタビューで読んだんだけど。


そしてその社長、治部田成生じぶた なるおさんが、今取調室に座っている。

年は五十過ぎだろうか。やせ形で小柄。黄色いTシャツに麦わら帽子をかぶっている。夏場はサーフィンでもやっていそうな遊び人風だ。これもタウン誌の写真で見た通り。


板東チーフに同行を許された私は、今取調室の隣でマジックミラー越しに室内を見つめている。一応取り調べはやったことはあるものの、こちらから室内を見るのは初めてだ。厳密には遺体の身元確認だから、取り調べではないけれど。


捜査課期待の若手の一人である本間さんが、治部田さんの正面に座っている。元アメフト部でとりわけ大柄な彼と向かい合うと、特に貧相に見える。


「今日は、わざわざご足労ありがとうございます」

本間さんが頭を下げずに言った。

治部田さんは柔和な笑みを浮かべ、

「いえいえ。市民の義務ですから。それに、私どもも彼を心配していたんですよ。無断欠勤なんてする男じゃないのに、どうしたのかと」

「そう言っていただけると、こちらも助かります。まずはこの写真を見てください」

本間さんが被害者の写真を机の上に滑らせる。治部田さんから見ると逆さまになる方向だ。

本間さん、もうちょっと気をつかえばいいのに。


治部田さんは少し困ったような顔になり、爪で写真のはしっこをつついて方向を変えようとした。

「ああ、すみません。どうぞ」

ようやく気付いた本間さんが、写真を回転させて再び差し出した。改めて、治部田さんが写真をのぞきこむ。

「……どうですか?」

少しの間が空いて本間さんがうながす。

治部田さんは「ふう」と息をついて、両目の付け根をもんだ。

「間違いありません。うちの従業員、牧野です」

「フルネームは」

「えー……牧野丈まきの じょうだったと思います」

「入社した時の履歴書のようなものがあれば、見せていただきたいのですが」

「あー……履歴書ですか?無いですね」

「それはもう廃棄したということですか?」

「いえいえ。うちの社員はほとんどがワケアリの中途採用なんで、経歴はあまり重視していなんです。大事なのは過去ではなく、今きちんと仕事をしてくれるかどうかという考えなので」


隣で板東チーフがポツリと言った。

「なかなかいいことを言うじゃないか」

「そうですね」

その向こうに立っている闇無さんもうなずく。

「でも綺麗ごとを言う経営者って、大抵何か後ろ暗いことを隠してますよね?」

え、そういう解釈なの?

板東チーフは表情を変えずに、

「それは言えるな。後で安藤に調べてもらう」

と、あっさり認めた。

「それに、本間君が写真をわざと逆さまに見せて触らせようとしたら、指紋が残らないように気を付けていた。見た目より用心深い」

そうだったんだ!本間さん、体大きいわりにやることがセコい。


「あ、私安藤さんにメールしときます」

闇無さんがスマホを手早くタップする。

あまり仲が良さそうには見えなかった二人が、息の合った会話でスムーズに仕事が進んでいく。

うらやましい、と私は素直に思った。


本間さんが治部田さんから写真を受け取り、続ける。

「さきほどの話と重複するかもしれませんが、牧野さんの日頃の勤務態度はどうでしたか?」

「真面目ですよ。うちは従業員がバイトを含めて五人だけなんですが、一番後から入ったことを気にしてか、年下のバイトにも丁寧に接してて。職場での評判は良かったと思います。もちろん、私も評価していましたよ」

「敵はいましたか?」

「まさか」

「では言い方を変えます。本人には身に覚えが無くても、誰かに逆恨みされるような出来事はありませんでしたか?」

「ありませんねえ。本当に真面目なヤツで」

答えた直後、治部田さんは「あ」と言ってあごに手を当てた。

「何か思い出しましたか?」

本間さんが身を乗り出す。

「いえ、彼の唯一の欠点だったのですがね。彼はその、いわゆる女性にだらしないタイプでして」

「ははあ」

「相手に夫や恋人がいるか確認もせずに手を出すことも多く、旦那が店に乗り込んできたこともあったんです。恨みと言われて思い出すのは、それくらいですかねえ」


その後、二、三の質問に答えて、治部田社長は帰っていった。私たちも一旦捜査本部へ引き返す。

「君はどう思う?今の話」

誰もいなくなった捜査本部でイスに座りながら、板東チーフは私を見た。

「もしも女性関係が動機だとしたら、手を出した女性がそういう組織の人間の奥さんか恋人で、それで報復された可能性はあります」

「確かに」

うなずいて、次に闇無さんを振り返る。

「闇無はどう思う?」

「まだわかりませんけど、私はあの社長の言うこと、うさんくさいと思います」

「根拠は?」

「わざわざ警察まで協力に来たということは、従業員を大事にしている社長と解釈していいと思うんです」

「そうだな」

「なのに、どこか淡々としていて、女にだらしないとか亡くなった人を悪く言ったり。情のある行動を取って情のある発言をしているのに、態度が合わないんです」

「つまりそれほど大事ではない従業員のために、わざわざ警察まで来て身元確認したことが不自然で、何か裏がありそうだと?」

「そういうことです」


……そんな風に見てたんだ。


私にはあの社長、いい人そうに見えたんだけど。

「とりあえず、あの社長の雑貨店は安藤の調査待ちだ。君たちは早く明智高校へ行け。もし雑貨店に聞き込みするようなことがあれば、灰川を呼んで行かせる」

灰川さん。広報の切り抜き写真で、闇無さんをしかめっつらで見ていた先輩刑事。電話でちょっと話しただけだけど、そんなに有能なんだ。



午後一時。

私と闇無さんは、再び明智高校へとやってきた。今朝会ったばかりの総務の小坂さんがまた応接してくれる。今度は露骨に迷惑そうだ。

「まさか一日に二度も刑事さんのお相手をするとは思いませんでしたよ」

言って、わかりやすくため息をつく。

恐縮して頭を下げる私の隣で、闇無さんはカラッとした調子で言った。

「ええ、わかります。普通は無いですよね」

まるで他人事だ。ちょっと楽しんでいるようにも見える。


「捜査は結構ですけど、生徒に何か聞いたり、授業の邪魔はしないでくださいね」

「授業の邪魔はしませんけど、生徒たちには何か聞くかもしれません」

闇無さんがシレッと言うと、小坂さんは顔色を変えた。

「困ります!今は親がうるさい時代ですから何かあったら私の責任問題になります!」

学校関係者としては本音を言い過ぎていると思うけど、確かにもっともな心配だ。

「小坂さんは、何か勘違いをしておられますね」

「は?」

穏やかに返す闇無さんに、小坂さんはきょとんとそた顔になる。

「勘違いとは、何ですか?」

「いいですか?今回の事件は、拳銃による射殺事件です。その遺体がこの学校のすぐそばの水路で見つかったんですよ。しかも凶器の銃はまだ見つかっていません」

「ええ、それが?早く見つけてほしいものですね」

「ですから生徒たちの安全を考えれば、銃が見つかるまで学校を閉鎖して登校禁止にするのが筋ですよね」

「なっ……!」

小坂さんが立ち上がった。私たちもつられて彼を見上げる。

「そんな……そんなこと無理に決まってます!ただでさえ今はカリキュラムがいっぱいいっぱいで、先生方も必死にこなしているのに、閉鎖なんて!」

闇無さんは出されたお茶を一口飲んで、微笑んだ。

「でしょう?だから私たちが来たんです。学校側に迷惑がかからないよう、最低限の人員で、なおかついかつい捜査課の刑事ではなく女性警官二人だけで。こちらもかなり気をつかっているんですよ」

……多分ハッタリだ。うちの署長はそんな腹芸ができる人じゃない。単に後から各方面につつかれないように、穏便に終わらせたいんだと思う。


小坂さんはしばらく頭を抱えて部屋の中をウロウロ歩き回った。

そして「少々お待ちください」と応接室を出て行った。


「闇無さんて、すごく度胸がありますね」

廊下を歩きながら、私は言った。闇無さんは「いやあ」と笑顔を返してくれた。


あの後、総務の小坂さんに代わって今度は教務主任と教頭が登場して、学校閉鎖だけは勘弁してくれと頼みこまれたのだ。少々根性の悪い見方だけど、いい年をしたおじさん二人が娘くらいの年の女の子に頭を下げている光景は、なかなか興味深かった。


闇無さんは私の問いかけに、心底不思議そうに首をかしげた。

「どうしてですか?」

「だって、ハッタリで生徒への聞き込みを認めさせるなんて、私にはとても」

「別にハッタリじゃないですよ。本来なら発砲事件が起きた時点で近隣の学校は一日くらい閉鎖するのが普通です」

「え、じゃあ」

「閉鎖されちゃったら、話を聞く相手がいなくなるじゃないですか。生徒の誰かが銃声を聞いていたかもしれないのに」

「……じゃあ、自分の望む展開にしつつ、向こうに恩も売ったということですか?」

「結果的に、ですけどね」

「闇無さんて、結構シビアですね」

言うと、彼女はニヤッと人の悪い笑みを浮かべた。

「これくらい、灰川さんに比べれば甘い方ですよ」

灰川さん。あの地味で優しそうな人に、そんな冷徹な一面が本当にあるのだろうか。


「あ、ここですね」

私は教室入り口の上についているプレートを見て立ち止まった。


『生徒会室』


部活ざんまいだった私の高校時代には、特別縁の無かった生徒会。どんなところだろう。


闇無さんが強めに三回、引き戸をノックした。

「すいませーん、誰かいませんかー?」

中で物音がする。


しばらくして、引き戸がからりと開かれた。

「……何か御用ですか?」

顔をのぞかせたのは、一人の男子生徒。短髪で背が高く、なかなか良い顔立ち。紺色のブレザーがよく似合っている。下にだけフチがあるメガネはちょっとわざとらしいけど。


闇無さんはポケットからバッジを取り出した。

「A県警特別捜査本部の闇無です。闇が無いと書いてくらなしと読みます。こちらは五十里浜署の崑野さん」

「ど、どうも」

小さく頭を上げると、男子生徒も小さく会釈した。

「中に入れてもらってもいいですか?立ち話の内容ではないので」

「ええ、それは構いませんけど……あ、ちょっと」

返事を待たずに、闇無さんが生徒会室に乗り込んでいく。私もシレッと後に続いた。


生徒会室は思ったよりも狭かった。長机をいくつか組み合わせて、真ん中のスペースを囲うように長方形に並べられている。

スチール製の本棚の横にはキャビネット。中にはマグカップがいくつか並んでいる。

壁には何枚もの掲示物が貼られていて、その中には「いじめゼロ、継続中」と太字で書いてある。


……そんな学校、本当にある?


男子生徒が上座に座り、私たちは彼に対して半身になるように腰かける。

「ごあいさつが遅れました。生徒会長の兼子行広かねこゆきひろです」

「生徒会長さんだったんですかー、へえ」

闇無さんは無遠慮に兼子君をジロジロと眺めた。


兼子君は気まずそうに一つ咳払いをして、

「警察の方が、どうして生徒会室に?普通は先生方が対応すると思いますけど」

と言った。もっともな問いだ。

しかし闇無さんは構わず続ける。

「すぐそばの水路で遺体が発見された事件、知ってます?」

「ええ、もちろん」

「死因はまだ発表されてないんですけどね。兼子君、口は堅いですか?」

闇無さんが声をひそめる。兼子君もこちらへ身を乗り出してきた。

「固い方だとは思いますけど。でもいいんですか?何を話す気か知りませんけど、捜査情報を未成年に話したらまずいんじゃないですか?」

「本当はいけないんですけどね。生徒の中に一人、信頼できる協力者が欲しくて」

兼子君は少々複雑な顔になった。

「信頼できると言ってもらえるのは嬉しいですが、会長として生徒を売るスパイのようなマネはできませんよ」

「大丈夫大丈夫。そんな大層なものじゃないですから」

言って、闇無さんは笑った。

「それならいいですけど」

「で、死因は射殺なんですよ」

「えっ……」

兼子君は目を大きく見開いた。


「射殺って、つまり、その、銃で撃たれたってことですか?」

「そういうことです。それでですね、困ったことに近隣に目撃者はおろか、銃声を聞いたっていう人もいないんです」

「それは……困りますね。手がかりがない」

「でしょう?だから思ったんです。もしも現場がこの近くだったら、部活で遅くまで残っていた生徒が何か見たり聞いたりしていないかって。それを教務主任の先生に聞いたら、うちのクラブ活動は生徒会が主になってやっているからわからないって言われて」

「なるほど。それで」

「それで、直接ここまで来たんです」

兼子君はあごに手を当てた。

「そうですね、遅くまでやっている部活というと……」

「というと?」

兼子君は窓の外へ視線を向ける。

「吹奏楽部でしょうか。近々コンクールがあるので、毎日かなり遅くまで残っていますよ」


つづく

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