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4 チーフと会議

そろそろ学校がお昼休みになろうかという頃。


署長命令により、私と闇無さんは一旦署に戻ることとなった。

闇無さんは一日中明智高校にこもる気でいたみたいだけど、命令ならば帰るしかない。結局校舎裏も見に行けなかった。


本当は、あの怪しい体育倉庫の周りを黄色いテープで封鎖したかったけれど、「目立つことはしてほしくない」と今度は教頭先生に言われてあきらめた。それでも粘って、「経年劣化により危険」という名目で赤いカラーコーンと虎柄のバーで倉庫への立ち入り禁止だけはしてもらったのだ。


帰りの車中で、闇無さんはまだ不満げだった。

「せっかく昼休みまで粘ったのに、ここで帰ってこいは無いと思いません?生徒たちが一番教室から出てくる時間帯なんだから、どさくさにまぎれて色々聞こうとしてたのに」

「たぶん、それを避けたくて私たちを引き揚げさせたんじゃないかと」

「ですよねー。まったく、うちのチーフはこういう時に全然動いてくれないんだから」


特捜班のチーフ。あのメガネをかけたクールな人。ハンサムといえばそうだけど、どちらかというと今日電話で話した灰川さんの方が優しそうに見える。


「でも、ありがとうございました」

「え?」

突然のお礼に戸惑っていると、闇無さんは笑った。

「え、じゃないですよ。崑野さんの機転のおかげで、体育倉庫を立ち入り禁止にできたんですよ」

「あ、ああ。あれはその、単なる思い付きです」


本当は、闇無さんが強硬に現場封鎖を主張する気だったから、間を取り持つつもりで言っただけなんだけど。揉め事は起こる前につぶす。私が生活安全課勤務で学んだコツだ。


「いえ、誰にでもできることじゃありません。私は、自分のやりたいことを邪魔する人間はすべて敵に見えるタイプなので、ああいう対応が苦手なんです」

闇無さんは、ため息交じりにつぶやいた。

すべてが敵に見えるタイプって、何?


署に戻ると、すぐに捜査会議が始まった。うちの五十里浜署はお世辞にも大きな警察署ではないので、会議室の広さもそれなりだ。

でも闇無さんによれば、

「九十九署の会議室よりは広い」

らしい。


会議室に入ると、まだ署員は半分くらいしか揃っていなかった。水路で会った苅谷さんはすでに戻ってきている。


「さっきはどうもー」


目ざとく苅谷さんを見つけた闇無さんが、さっそく声をかけている。

苅谷さんは少し戸惑った様子を見せながらも、

「あ、ああ、どうも」

と無難に答えている。こんな苅谷さんはあまり見たことがなく、私は必死で笑いをこらえた。

「あの後、何か出ましたか?」

「いや、な、何も出なかったよ。銃だけじゃなくて弾も探したんだけどさ」

「無かったんですか……付近の聞き込みはどうですか?銃声とか」

「いや、近隣で銃声を聞いた人はいなかった。あ、おい、来たぞ」

会議室はいつのまにか捜査員で一杯になり、前の入り口から穴井捜査課長が入ってきた。


「げ」


闇無さんが、隣でカエルがつぶれたような声を出した。

穴井捜査課長と一緒に入ってきたのは、特捜班マギステルの写真に映っていた、板東チーフだった。


「……何でチーフが来てるの?」

露骨に不満げな顔で、闇無さんは言った。

「仲悪いんですか?」

私が小声で聞くと、

「そういうわけじゃないんですけど……いつも私を正論でいじめるんです」

と同じく小声で答えた。


正論でいじめる。


ごめんなさい、意味がわかりません。


板東チーフの登場で室内がざわつきだした。

「あれ、誰だ?」

「知らんのか?何とかっていう特捜班のリーダーだよ」

「あ、俺広報で見た」


実は私も同じ程度の知識しかない。特捜班のリーダー、板東さん。

穴井捜査課長と二人で前の席に腰かける。


写真で見た印象どおりの、スラっと背の高いハンサムな人。でもイメージよりは冷たそうに感じない。仕事に対する厳しさは感じるけど。

隣に座った穴井課長が横幅の割に小柄なおじさんなので、余計にシャープに見える。


「あ」


板東さんと目が合った。反射的にぺこりと頭を下げてしまう。

意外にも、板東さんは会釈にも似たうなずきを返してくれて、その後隣の闇無さんを見た。

「……」

板東さんの目が一瞬細くなり、そのまま視線を切ってしまった。

「……シカトされた!」

口を開けて固まる闇無さんに、私は何も言えなかった。


「えー、じゃ、捜査会議を始める前に、紹介する。こちらは県警特別捜査班の板東チーフだ。今回の事件は捜査対象が広くなることが予想されるということで、特捜班の絞り込み作業によるスピードアップと捜査員の増員をご協力願うことになった。板東さん、一言ありますか?」


穴井さんが無感動な調子で一気にまくし立てた。あの人がこういうものの言い方をする時は、上のやり方に納得していない時。過去に何度か聞いたことがある。

つまりこちらから協力をお願いした、という名目だけど、実際は違うということなのか。


板東さんはイスから立ち上がり、室内を黙って見回した。ざわついていた雰囲気が一瞬で静まりかえる。

「県警特別捜査班マギステルのチーフ、板東哲人ばんどうてつひとです。今回は、そちらにいる闇無と二人で捜査協力という形で参加いたします」

みんなの目が一斉にこちらを向く。闇無さんは笑顔でVサインを返している。すごい度胸だ。

「他にも一名、灰川巡査部長が遅れて参加します。私たちの主な捜査は、この地域に多数ある反社会的組織、あるいはそれに準ずる組織に属する捜査対象をプロファイリングによって絞り込むこと。もちろん人手不足の場合は通常業務にも参加します。基本的な捜査方針は捜査課長に従います。私からは以上です」

高圧的でもなく、媚びるでもなく、ただ淡々と必要なことを述べて、板東さんは座った。


戸惑った様子の穴井捜査課長が、せきばらいを一つして、後を受ける。もっと生意気な若僧だと思ってたら、そうでもなかったってところかな。

「えー、そういうわけで、みんなも板東さんたちにきちんと協力するように。じゃあまず苅谷、今日の捜査報告」

「はいっ!」

苅谷さんが元気よく立ち上がる。こういう人だから上司ウケはいい。


「遺体が発見された明智高校脇の水路は、幅二メートル強、水深三十センチほどですが、道路からの深さは約一メートル五十センチ。被害者はうつぶせの状態で、水路の途中にある

トンネル部分にひっかかって発見されました。凶器は拳銃で、弾は9mmパラベラム弾だと思われます。水路及びその周辺に、凶器の銃と弾は発見されませんでした。被害者は推定40代男性。身長は百七十八センチ。細身ですが筋肉量は多かったようで、何かしらの武道かスポーツの経験者の可能性があります。詳しい身元は現在調査中です」


「ごくろう。要するに、まだ何もわかっていないということか」

「えー……とですね。周辺住民に聞き込みをしたところ、銃声らしき音を聞いた人はゼロでした」

「ほう、つまり?」

穴井課長の目が鋭く苅谷さんを見据える。

「つまり、銃や弾が水路から見つからないところと合わせて考えますと、殺害現場はあの水路付近ではない、という可能性が高いと思われます」

「見つからないって、それは殺害現場が別の場所である根拠になるのか?」

課長の目がさらに細くなる。

「そ……それは……」

苅谷さんが、ちらりと私を見た。

え、何?

そして息を吸い込み、言った。

「凶器の銃をいつまでも持ち歩いていることは、犯人にとって得策ではありません。殺した後、水路に捨てれば指紋もDNAも水に洗い流されてむしろ捨て場所としては最適なはずです。なのに犯人はそうしなかった」


……それ、私が闇無さんに聞かれて言った内容そのままだ。何か盗まれた感じ。


手を挙げようか。いや、でもそんなことしたら苅谷さんのメンツをわざわざつぶすだけになってしまう。それに後から彼に恨まれるのもいやだ。

悔しいけど、私は捜査課じゃないんだ。


「あの!」


黙って聞いていた闇無さんが、よく通る声とともにまっすぐ手を挙げた。

「ん?君は……特捜班の子か」

闇無さんが立ち上がる。視線が一斉に彼女に集まる。

「はい、闇が無いと書いてくらなしです。少し、こちらの苅谷さんに質問してもよろしいでしょうか?」

気のせいか、闇無さんの眉間にシワが寄っている。机の下に隠れている左手は、強く握られていた。

「個人への質問なら、後で本人だけにしてもらえるかな」

面倒くさそうに穴井課長は言った。隣の板東チーフは、机の上で両手を組んだまま、黙って闇無さんを見ている。

「凶器の隠し場所にも関わってくる内容です」

「んー、そうなの?じゃあ、手短にね」

穴井課長が手をひらひらと振る。

闇無さんはニヤリと笑い、苅谷さんを見つめた。


「な、何ですか?」


苅谷さんは露骨に警戒した顔で闇無さんと私に交互に視線を送る。

「今苅谷さんは、銃と弾が水路に無いのは、そこが殺害現場ではないから、とおっしゃいましたよね?」

「あ、ああ、言ったよ。それが何だよ」

「実は、私とこちらにいる崑野さんも、現場で偶然同じ考えに行きつきました。現場は水路ではないと」

室内がざわついてきた。


板東チーフの口元が、少しだけ緩んだ気がした。


「その上でお聞きしますけど、苅谷さんは本当の現場はどこだと推理していますか?」

「は?そ、そんなの、これから調べるんだよ!」

「では凶器の銃は、どこにあると考えていますか?」

「だから!それもこれから」

エキサイトする苅谷さんを、闇無さんは手のひらで制した。

そして、隣で座っていた私の腕をぐいと引っ張りあげた。


「わっ、ちょ、闇無さん」


会議室に、苅谷さんと闇無さん、そして私の三人が立っている。みんなの視線が痛い。

「あの、何を」

「捜査課長、私と崑野さんを、もう一度明智高校に捜査に行かせてください。凶器の銃は、かなり高い確率で学校の敷地内にあると思います。そして殺害現場も、学校内である可能性があります」

穴井課長が、今度は目を大きく見開いた。

板東チーフは横を向いて、拳を口に当てている。

……笑ってる、のかな。


しばらくぽかんとした顔で私たちを見ていた課長が、改めて口を開いた。

「ま、本当に苅谷と同じ考えに君らが行きついたかはともかくとして、凶器の再捜索自体は学校側に許可させる。板東さん、それでよろしいか?」

穴井課長が板東チーフに振った。

「ええ。私からも、学校側に迷惑をかけないよう、闇無によく言っておきますので、よろしくお願いします」

「じゃ、そういうことで。闇無さんと崑野は、会議終了後、もう一度明智高校へ。いいね?」

「はい!ありがとうございます!」

満面の笑みの闇無さんが、私に親指を立てた。

よくわからないけど、私も同じことをした。


一人苅谷さんだけが、釈然としない顔をしてイスに座りなおしていた。

私のせいじゃないですよ。


それから三十分ほどして、会議は無事終了した。


と同時に、闇無さんがツカツカと板東チーフに歩み寄った。私も慌てて追いかける。

「チーフ!来るなら来るって言ってくださいよ!何のために私一人で道に迷いながら来たと思ってるんですか!」

迷ってたんだ。


板東チーフは顔色一つ変えずに、

「朝の電話で言おうとしたら、君が勝手に通話を切ったんだろう。私も来るのは予定通りだ」

とサラリとかわした。

さすがチーフ。闇無さんの対応に慣れてる。

「まったく、チームなのに蚊帳の外はやめてください。で、灰川さんはいつ来るんですか?」

「予定では明日だ。県警本部での調べ物が済み次第だが」

「安藤さんは?」

「大掛かりな鑑識作業でもない限り、本部待機だ」

言うと、今度は私に目を向けた。

「君が崑野百合巡査か。特捜班チーフの板東だ」

言って、右手を差し出した。

「は、はい!初めまして!五十里浜署生活安全課の、崑野百合巡査です」

意外と大きくて節くれ立った手を、私は握った。警察官になって以来、自己紹介で握手したのなんて初めてだ。

「闇無が色々お世話になっているみたいだな。チーフとして礼を言う」

「いえ、そんな。私の方こそ」

「それに、さっきの推理だ。凶器の銃は水路に捨てた方が痕跡が流れるはずなのに、そうしなかったのはおかしいと。あれはなかなかだ」

「えっ……」

でもさっき、それは苅谷さんが。

「あの苅谷という刑事は、穴井課長に詰められて切羽詰まった顔になった。そこで君を一瞬見て、今までとは異なる口調で、まるで丸暗記したようなことを言い始めた。どう見ても自分の意見ではない。言ってみれば盗作だ。彼は盗む直前、罪悪感か気の小ささかはわからないが、君の顔色をうかがったというわけだ」


……わかってくれてたんだ。


「えっと、ありがとうございます」

「生活安全課に置いておくのはもったいないくらいだな。ところで、その後だが」

言うと、今度は闇無さんをジロリと見つめた。

「あれは何のつもりだ?」

闇無さんは目をそらした。

「いえ、別に。あそこで乗っかれば、もう一度明智高校に捜査に行けるかなって思ったんです」

「ほう。私はまた、苅谷刑事を踏み台にすることで、崑野巡査の仇討ちをしたのかと思ったぞ」

「えっ」

思わず闇無さんを見ると、彼女は「そんなこと本人の前で言わなくても……」と赤くなってぶつぶつ言っていた。

失礼ながら、この人にも照れることってあるんだと思った。

「闇無さん、ありがとうございます。私のために」

「ち、違いますよ!私は私情に流されないクールな女刑事ですよ!利用できるものは何でも利用するんです!」

真っ赤な顔でクールって言われても。

私は必死に笑いをこらえながら思った。

いいな、こんな特捜班。


唐突に、廊下が慌ただしくなった。一人の刑事が板東チーフに耳打ちする。

「何か動きがあったんですか?」

聞くと、板東チーフはうなずいた。

「ああ。被害者の身元が分かった」

「もうですか?」

「正確には、被害者を雇っていたという会社の社長が、今この署に来ているらしい」

「どんな会社ですか?」

立ち直った闇無さんがずいと食い込んでくる。

「今の刑事の話だと、港の側で輸入雑貨店を営んでいる会社だ」

言うと、今度は私に視線を向けた。

「今から事情聴取が始まるが、君も見に来るか?明智高校へはその後行けばいい」

闇無さんもわたしを見つめる。

私は、今度だけは即答した。

「行きます!見に行かせてください!


つづく

二週間に一度……ペースがひどすぎる。反省。

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