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3 ライトと水路

極力目立たないように、私と闇無くらなしさんはグラウンドの端を歩いていく。


グラウンドを見ても、白線が引かれた跡はない。ここ数日雨も降らなかったので、ライン引きは使われていないと判断して良いと思う。ということは、被害者の衣服に粉がついた場所は限られてくる。


私は歩みをゆるめて校庭を見渡した。


元小学校というだけあって、言われてみれば確かに高校にしてはグラウンドがせまい気もする。学校を取り囲む壁や金網も最新のセキュリティとは言い難い古さ。全然お金をかけてない。

もしも被害者が、誰かに追われている立場でこの辺りを通りかかったとしたら、この警備のゆるい学校に逃げ込もうと思っても不思議じゃない。


崑野こんのさーん!こっちですよー」

闇無さんが呼んだ。

私はいつのまにか、体育倉庫とは違う方向に向かっていた。

「はい、すみませーん」

私は慌てて闇無さんの元へ走った。


その体育倉庫は、確かに古かった。私が通っていた小学校にも同じようなものが校庭の隅にあったような気がする。立方体の素っ気ない鉄筋造りで、上に平べったい屋根が乗っている。元はクリームらしき壁が黒くくすんでいて、いかにも年季を感じさせる。

校舎や体育館とも離れていて、まるでここだけみんなに忘れ去られたような場所。


「はっ、そうだ!」

入り口の前で、闇無さんが素っ頓狂な声を上げた。

「何ですか?」

「崑野さん!カギ、カギです。倉庫のカギをもらってこないと!」

「ああ、それなら」

と、私は入り口を指さした。

重い鉄の引き戸が二枚、中央に隙間を残して半端に閉まっている。

「さっき総務の方に、カギは壊れてるから自由に入っていいと言われましたけど、聞いてませんでした?」

「……き、聞いてましたとも。開けますよ」

闇無さんはスッと目をそらし、ハンカチを当てて扉を横に引いた。


「わー……」


薄暗い倉庫の中は、予想通りと言えば予想通りの物であふれていた。申し訳程度の窓からほんのりと入る光が中を照らしている。


大きな鉄のカゴにみっちり詰まっている大量の小型サッカーボール。あと二つのカゴは、それぞれバスケットボールとバレーボールが山盛りにあふれるている。

壁際にはアルミ製の棚が設置されていて、これまたボロボロの段ボールが隙間なく並んでいた。

正面奥にはホコリにまみれた白いマット、もとい、白かったマットが山ほど積まれている。

それら全てが、私の中のノスタルジーを呼び起こす。

「懐かしいですね。この感じ」

闇無さんが中を覗き込んで言った。私もうなずく。

「そうですね、雑然としてて、いかにも昔の体育倉庫っていう雰囲気です」

「ですよねー」

「でも、ちょっと」

「何ですか?」

中に足を踏み入れた闇無さんが振り返る。

「いえ、その、あまり使ってないわりには、綺麗だなと思って」


闇無さんが一歩戻って、重たい鉄の引き戸を両方とも全開にした。鉄扉がぶつかる轟音が、無人のグラウンドに吸い込まれていく。意外とパワフルだ。この細い体のどこにこんな力があるんだろう。


彼女は地面にヒザをつき、ポケットから細長いライトを二本取り出した。そして笑顔で一本の持ち手を私に向ける。

「これ、使ってみてください。面白いですよ」

私が受け取ると、反対側のポケットからオレンジ色のゴーグルを取り出した。

「これをかけて見るんです。ドラマで見たことありませんか?」

「そういえば、見たことあるような」

ALSライト、というんだっけ。青いライトで現場を照らして、ゴーグル越しに見ると体液や血痕が浮かび上がって見えるというアレだ。

「いつも持ち歩いているんですか?」

ゴーグルをかけながら私は聞いた。視界がぼんやりとオレンジ色になる。

「いえいえ。普段は鑑識が先に現場を見るんですけど、こないだ別の現場で拝借……いえ、一時お借りしたんです」

「はあ、なるほど」

拝借、という言葉は気になったけれど、今はとにかく証拠を探そう。


それからしばらくの間、私たちはライトであちこちを照らしながら体育倉庫内を見て回った。

「……何も出ませんね。闇無さんは、どうですか?」

闇無さんを見ると、彼女はいつのまにか積み上げられたマットの上によじのぼっていた。短いスカートがまくれあがっている。

「闇無さん!スカート!」

「大丈夫です!スパッツはいてますから」

そういう問題?

「あ、あの職員さんウソつきました!」

マットの向こう側を腹ばいになって見て、闇無さんが言った。

「何がですか?」

マットの山に腰かけ、向こう側を指して彼女は言った。

「跳び箱、ありました。無いって言ったのに」


結局二十分ほど倉庫内を捜索して、浮かび上がったものと言えばマットの一部についていた乾いた体液らしきものだけだった。もちろん血痕じゃないけれど。気になる点と言えば、マットについていた体液が比較的新しいものだということ。

ちなみに跳び箱を発見した闇無さんは、一番上のマットのついた部分を持ち上げ、空っぽの中までしっかり確認していた。やっぱりパワフルだ。


私は証拠品袋にライン引きの粉を少量、そしてもう一つの袋に体液のついたマットの繊維を少々削り取って保管した。


「ちょっと電話しますね」

倉庫から出てすぐ、闇無さんがスマホを耳に当てた。

「あ、もしもし、安藤さん?闇無です」

彼女は画面をタッチして、私に見せてくれた。スピーカーホンにしてくれたんだ。


『ちょっと聞いてよ乃衣ちゃん。このラボ最高!県警で専用ラボなんて持ってるのわたしだけだよ!マギステル入ってよかった!』


安藤さん、と呼ばれた女性がとても嬉しそうにしゃべっている。若くて元気な人だ。広報の写真に載ってた髪の長い女性だ、きっと。多分これ、スピーカーホンに気づいてない。


「それは良かったですね。それでですね、安藤さん」


『でもさー、あのインケンチーフ、何とかなんない?私にコンピュータももっと扱えるようになれってしつこいの。そりゃ今までも結果の照合とかにソフトは使ってたけどさー、いきなり情報課の人たちみたいにはいかないって。そう思わない?』


「ええ、それはよくわかります。安藤さん、実は」


『それにさあ、聞いてよ。灰川さんもすぐ一人でフラッとどっか行っちゃって、全然構ってくれないの。こないだだっておしゃれなバー行って飲んで家まで送ってくれたのに、玄関に放り込んで帰るってどういうこと?あいつ本当に同僚と飯食ってるだけのつもりなの?』


「安藤さん、今スピーカーホンにしてます。隣に五十里浜署の崑野さんという方がいます」


『え』


数秒の沈黙が訪れる。闇無さんは……肩で口元を押さえて体を震わせていた。要するに、笑っている。


『……乃衣ちゃん。一旦通常の通話モードに戻して』

「はい」


闇無さんが再びスマホを耳に当てる。

「自分から勝手にしゃべり出したんじゃないですか……だから何度も言いかけたって……もう、わかりました。パフェ一回分ですね。太って灰川さんに嫌われても知りませんよ」

スマホの向こう側から何か叫んでいるのが聞こえる。闇無さんは耳から離し、「じゃ、スピーカーホンにしますよ」と向こうに告げた。


『初めまして、崑野さん。私、県警特別捜査班マギステルの主任科学分析官、安藤知可です』


「……は、はじめまして。五十里浜署生活安全課の崑野百合巡査です」


安藤さんの声が落ち着いた大人の女性に変わった。お母さんが電話に出た時みたい。


『さきほどは大変失礼しました。うちの闇無が何か失礼をしていませんか?』


「いえ、そんな。私は捜査課じゃないので、闇無さんに引っ張ってもらってます」


『本当ですか?』


「ええ。さっきもALSライトを貸してもらって」


『ライト?』


安藤さんの疑問形の返事に、私は闇無さんを見た。

彼女は人差し指を口に当てたまま、目を閉じていた。


『ちょっと乃衣ちゃん!ALSまだ返してなかったの?午前中ずっと探してたんだから。盗まれたかと思ったじゃない!』

「ご、ごめんなさい。朝チーフから急に言われて、返しそびれて」


またしばらく通話モードに戻り、闇無さんはお昼ご飯一回とパフェを約束していた。

再びスピーカーホン。


『それで、何か見つかったの?』


「さっき体育倉庫の写真をいくつか端末に送ったんで、見てください。どうもこの倉庫に人がいた形跡があって」


『はーい、ちょっと待っててね』


スマホの向こうでカチカチと音がする。


『あー、いかにもって感じの体育倉庫ねー。これ使ってるの?』


「普段は物置代わりで、めったに使わないそうです」


『ふーん。その割にはきれいね。ホコリがない』


「そうなんですよ。犯人が掃除したんでしょうか?」


『だとしたら、その犯人は頭がいいね』


思わず私は口を開いた。


「あの、すみません。どうしてですか?普段使わない場所を掃除なんてしたら、誰かいたって証明するようなものだと思うんですけど」


『あ、今の崑野さん?そうねー、確かに理想は何も変化が無いように見せかけることだけど、それが難しい時は徹底的に綺麗に掃除しちゃう方がマシなの。だって、何か痕跡が出れば現場として捜査されるけど、綺麗すぎて不自然っていう理由じゃ捜査の根拠にはできないから』


「そういうものですか」


なるほど。今回の事件なら、凶器の銃や弾、または血痕が倉庫で見つかれば証拠となって鑑識が入るけど、何も出なければそこまで人を出せない。せいぜい今の私のように、粉を持ち帰って調べるくらい。

あのライン引きの粉が被害者に付着していた粉と同じ成分だとしても、たまたま同じメーカーから買った粉という可能性がある以上、この体育倉庫が殺人事件に関与している根拠としては弱いのだ。


「ありがとうございます。とても勉強になります」


『いやいやー。あなたって素直でかわいい子ねー。トレードしたいくらい』


「誰とですか?」

闇無さんの声を無視して、安藤さんが続ける。


『あ、ちょっと待って。これ何のボタン?』


パッと画像が切り替わり、スマホ画面に若い女性が映った。丸顔で可愛らしい人。写真とちがうのは、来ている服が青い鑑識服から白衣になっていること。


『あはははは、ごめん。これ映像も遅れるんだね。知らなかった。あ、崑野さん。ショートなのね』


私は何となく髪を触って答える。


「はい、短いのが好きなので。安藤さんは、白衣になったんですね」


『そうなのー。鑑識のあの青いやつも好きだったんだけどねー。ザ・鑑識って感じで』


闇無さんが一つせきばらいをした。


「安藤さん。とりあえず、現時点で採集した証拠を県警に送りますから、分析お願いします」


『了解。崑野さん、じゃあねー。今度飲もうよ』


「あ、はい、ぜひ。お疲れさまでした」


安藤さんとの通話が終わった。

「あのね、崑野さん」

「はい」

「私たち普段はもうちょっと、知的な会話もしてるんですよ?そこはわかってくださいね」

「あはは……わ、わかりました」

何と言っていいかわからず、私は笑ってごまかした。


二限目終了のチャイムが鳴った。


私たちは、死体が発見されたという水路を見に行くことにした。

水路は体育倉庫とは反対側、体育館の裏手にあたる敷地外に通っている。木や草が生い茂っていて、あまり大事にはされていない印象だ。

「もしも被害者が、犯人に追われて体育倉庫に逃げ込んだとして」

闇無さんが歩きながらつぶやく。

「反対側まで走って、フェンスをよじのぼって、そこで追いつかれて撃たれて水路に落ちた。もしくは近くで撃たれて水路に捨てられた」

「妥当な線だと思います」

「じゃあ、体育倉庫を綺麗にしたのは誰なんでしょう?何のために?」

「それは……」

必死に頭を働かせる。

「共犯者がいた、とか」

闇無さんはうなずいた。

「それはありえますね。銃弾が一発だったからといって、犯人が一人とは限りませんから」


金網越しに水路を覗き込むと、数人の顔見知りの警官を見つけた。水に入って凶器の銃を探しているのかな。捜査課の若い男性刑事たちだ。みんな下半身がすっぽり入るゴムの作業着を着ている。


ふと闇無さんを見ると、ガチャガチャと音を立てて金網をよじのぼっているところだった。

「ちょ……闇無さん!?」

「みなさん、お疲れさまでーす!県警特別捜査班、闇が無いと書いて闇無です。何か見つかりましたかー?」

頭上からの突然の声に、警官たちが顔を上げる。

それぞれがしばらく顔を見合わせた後、ここで一番年上の苅谷かりや巡査部長が口を開いた。


年は三十八歳で、現在警部補試験の勉強中だ。ちょっと真面目過ぎてめんどくさいところもあるけど、悪い人じゃない。


「五十里浜署巡査部長の苅谷です。散々探しましたけどねえ、今のところ銃も弾も見つかってないですよ。そっちはどうでした?」

「体育倉庫で、痕跡が無さすぎるという痕跡を見つけました」

「はあ?何ですかそりゃ」

言って、私に視線を移す。

「百合ちゃん、学校だから大丈夫だとは思うけど、危なかったら逃げろよ」

「わかってます。子供じゃありません」

私の抗議はいつものように笑って流された。


そう、これが私の日常。

女の子なんだから、危ないことはしなくていい。

いつも、いつも。


「ほっ」

闇無さんが掛け声とともに地面に降りる。

そして手をパンパンと払いながら言った。


「苅谷巡査部長、崑野さんなら心配しなくても大丈夫ですよ。すでに頼りになる相棒です」


え。

思わず見つめる私に、闇無さんは言った。

「崑野さん。死体が見つかった水路で凶器の銃が見つからないということは、どういうことかわかりますか?」

「えっ。そ、そうですね」

もしかして、私は今試されてる?

「別の場所に捨てた……いえ、それは変です。流水の中に捨てれば、指紋やDNAも洗い流されるから、これ以上ない捨て場所のはずです。でも犯人はそうしなかった」

「そう」

彼女は笑った。とても嬉しそうに。

そして背後に広がるグラウンドを見渡した。


「そして私の勘では、凶器の銃はこの高校のどこかにあると思います」


私の脳裏に、さっき見た男子生徒の姿が浮かんだ。思春期ゆえの好奇心なら、この水路を見に来るはず。でもあの子は校舎の裏へまっすぐ向かった。

「闇無さん」

私は言った。

「校舎の裏、行ってみませんか?」


つづく

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