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2 体育倉庫と相棒

五十里浜いかりはま署生活安全課、崑野百合こんのゆりです。よろしくお願いいたします」


署長室を出てすぐ、私は闇無くらなしさんに敬礼する。


「は、はい!県警本部長付き特別捜査班マギステル所属、闇無乃衣です」


闇無さんも慌てて敬礼した。やりなれていないのか、どこかぎこちない。

やがて右手を下ろした闇無さんは、急に情けない顔になった。

「ほんっとにごめんなさい!初対面から遅刻って、絶対にありえないですよね!?わかってます。でも、私の言い分も聞いてくださいよー。今朝お布団で二度寝を楽しんでた時に電話がかかってきて、いきなり五十里浜署に行くように言われたんです。しかも行き方は自分で調べろって突き放されたんですよ!ひどくないですか?あの三面冷血阿修羅!」

すごい悪口だ。その三面冷血阿修羅とは、きっと特別捜査班のチーフだろう、と私は理解した。

「あの、闇無さん。とりあえず車で明智高校に向かいましょう。学校側とも色々お話しないといけませんし」

闇無さんは少し落ち着いた様子になり、

「そうですね。取り乱しました」

と、両手でほほをパチパチと叩いた。


明智高校への車中。さきほどとは打って変わって、闇無さんは黙って助手席に座り、捜査資料を読み込んでいる。私はちらりと彼女を盗み見た。


明るい栗色の髪はサラサラで、白い肌にとてもよく似合っている。

固い黒髪を短めに切り、若干日に焼けている私とは正反対のルックスだ。

こんな可愛い人がどうして刑事を目指したんだろう。他の道もたくさんあったろうに。こんなことは他の女性警官の前では言えないけど、一つの本音だ。


「崑野さん」


「は、はい。何でしょう」

突然呼ばれて動揺してしまう。見てたのバレたかな。

「こういう言い方は失礼かもしれませんけど、この地域は抗争っていうか、そういうの多いんですか?」

「いえ、日常的に組織同士の抗争があるわけではありません。トップが亡くなって、跡目争いで本家と分家が揉めるとか、そういう流れがある時だけですね」

「いいですね!そういう話大好きです!」

なぜか目を輝かせる闇無さん。私は続けた。

「でもここ最近はいざこざも収まって、ずっと静かだったんですけどね。だから不思議で」

「つまり組織同士の争いが原因ではない、という可能性があるわけですね」

闇無さんは一人でうなずいている。私は言った。

「でも、銃は誰でも持っているものではありませんし、何かしらの理由でそういう組織が関わっているのは確かだと思います。それもこれも、まずは被害者の身元が分からないことには何とも言えないんですけど」

「そうですねえ」

資料を一枚めくり、闇無さんは顔をしかめた。

「うわ……死体って、一晩水に浸かったらこんなに膨れ上がるんですね」

「ええ。何度見ても、見慣れるということはありません」

「ところで崑野さん」

「はい?」

「まだ周辺に聞き込んでみないと分かりませんけど」

「はい」

「私、この被害者は別の場所で殺された可能性が高いと思います」

思わず顔を向けた私に、闇無さんは歯を見せて笑った。


事務員さんに応接室へ通してもらってすぐ、小坂というネームプレートを下げた男性職員が入ってきた。およそ教師という雰囲気には見えない。

やせた顔にメガネをかけていて、目がキョロキョロとあちこちへ動いている。四十はとっくに過ぎていそうなのに、この落ち着きの無さはどうしたことだろう。


「ええと、五十里浜署の方ですね。私は総務部の小坂と申します」

「初めまして。五十里浜署、生活安全課の崑野です。彼女は県警特別捜査班の」

「闇無です!闇が無いと書いてくらなしと読みます!」

「はあ……」

小坂さんは、珍しい物でも見るように闇無さんを見つめ、何事もなかったように正面のソファに腰かけた。

「お忙しいところありがとうございます。ご迷惑をおかけします」

私は座ったまま小さく頭を下げる。闇無さんが遅れて続いたのが目の端に入った。

小坂さんは面食らったようで、

「い、いえいえ。警察さんも仕事ですから。学校とはいえ、すぐ近くで殺人事件が起きたら調べに来るのは当然でしょう」

と、急にフォローに回ってくれた。これも生活安全課の仕事で身に着けたワザである。

「そう言っていただけると助かります。捜査といっても本当に型通りのもので、事件につながる証拠物件や痕跡が無いか、敷地内を一通り見たらすぐに帰りますので」

「そうですかー。それなら良かったですよ。うちも私立の新設校ですからね、悪い評判が立つと即経営に響く恐れがあって」

「わかります。今は親御さんが厳しい時代ですし」

「そう!そうなんですよ!刑事さんはわかってらっしゃる」

人差し指を上下に振りながら、小坂さんは力説した。日頃から溜まっているものがありそう。


「あの、ちょっといいですか?」


闇無さんが小さく手を上げて言った。

「はい、何か」

「こちらは新設校とお聞きしたんですけど、建物が新築っぽくないですね」

何を言い出すんだ、この人は。せっかく私がいい雰囲気にしたのに。

しかし小坂さんは「ああ」と言って、何でもないように答えた。

「新設校と言っても、廃校になった小学校を再利用してできた高校なんですよ。段階的にリノベーションしていく予定です」

「なるほど」

言って、闇無さんは窓から校庭を見た。


「だからあんな古い体育倉庫がそのまま残っているんですね」


「え?」

小坂さんが同じ方向を見る。

「ああ、あれですか。倉庫自体は新しいものがあるので、どうしても必要ってものではないんですがね。中の物の処分や取り壊しの費用を考えたらそのまま置いておく方がいいという判断です。一応、物置としては使っているようですが」

「中の物というと、マットとか?」

「ええ、あるでしょうね」

「跳び箱も?」

「跳び箱は体育館でしょう」

「あと体育倉庫と言えば、グラウンドのライン引きも欠かせません」

「ははは、確かに。石灰独特のにおいってありますよね。今は石灰ではありませんが」

「そうなんですか?」

「ええ。やけどしたり、目に入って大けがしたりといった事故が相次いで、今はホタテの貝殻を原料にしたものに変わっています」

「へええ、知りませんでした。やっぱり卒業して何年も経つと変わるものなんですね」

「刑事さんはまだお若いでしょう」

「わかりますー?」

段々話がそれてきた。

いつのまにか笑顔で闇無さんと談笑し始めた小坂さんに、私は言った。

「すみません、こちらの学校の見取り図を貸していただけませんか?」


丸めた見取り図を手に、私と闇無さんは応接室を出た。廊下を速足で通り過ぎ、グラウンドに出る。

「ちょっとちょっと崑野さん!待って、速いですよ!」

私は立ち止まり、大きく息を吐いた。呼び止める闇無さんに振り返る。

「闇無さん!」

「は、はい」

「どういうつもりなんですか!?死体の衣服にライン引きの粉がついていたことは捜査上の秘密なんですよ!不自然に思われたらどうするんですか!」

一瞬ビクッと身を縮めた彼女は、急にニコニコし始め、私の肩をバンバンと叩いた。

「なんだ、そんなこと心配してたんですか?大丈夫ですって。それに、ちゃんと目的は達成しましたから」

「何ですか、それ」

叩かれた肩が痛い。

「くわしいことはともかく、学校の近くで見つかった死体にライン引きの粉がついていた時点で、被害者は体育倉庫に一度入った可能性が高いと思うんです」

「それは、そうですが」

「それで体育倉庫の話を振ったら、向こうからわざわざライン引きの粉の解説をしてくれたんですよ。これで堂々と調べる口実ができました。粉を一部持ち帰って成分やメーカー照合して、裏が取れれば鑑識呼べますよ!」

「……」

そんなこと考えてたんだ。友好的に話を進めることだけ考えていた、自分が恥ずかしい。


と、闇無さんの携帯電話が鳴った。

「ちょっとすいません」

少し離れて、闇無さんは話し始めた。

「ええ……はい、わかってますよ!子供じゃないんですから。もっと相棒を信用してください!……え?何でですか。別にいいですけど」

闇無さんはこちらに電話を差し出しながら歩いてきた。口をとがらせている。

「崑野さんと話したいって、うちの相棒が」

「私ですか?」

相棒?って確か。


「もしもし、お電話代わりました。五十里浜署の崑野ですが」

戸惑いながらもとりあえず出ると、電話の向こうから落ち着いた男性の声が聞こえてきた。

「ああ、もしもし。初めまして、県警特別捜査班マギステルの灰川です。うちの闇無がお世話になってます」

写真に映ってた人だ。闇無さんのダブルピースに顔をしかめていた、失礼ながら地味な印象の人。

「い、いえ、こちらこそ」

「闇無が、何か困らせてませんか?」

心配そうに灰川さんは言った。

「ええと……今のところ、そういうことはありません」

「そうですか」

電話の声だけでも安心した様子が伺える。保護者みたい、と私は笑いをこらえた。

「色々面倒かけると思いますけど、よろしくお願いします」

「いえ、そんな」

本当にこの挨拶のためだけに私を電話口に呼んだのかな。律儀というか、細かいというか。

「あ、あと崑野さん」

「はい」

「闇無は考えなしに行動するタイプだから、後からもっともらしい屁理屈言っても信じないでください」

「……」

「もしもし?」

「は、はい。聞こえてます。他には、何か」

「うーん、そうですねえ」

灰川さんは少し考えて答えた。

「あいつは一人で考えて一人で突っ走る、団体行動のできないヤツです。おまけに方向音痴だし」

「はあ」

「でも」

口調が変わる。とても優しく。

「あいつには言わないでくださいよ?進む方向は必ず間違えないヤツなんで、何とかフォローしてやってください」

それだけ言って、灰川さんは通話を切った。


「もう、恥ずかしいですよ。あの人は私を中学生だと思ってるんです!」

体育倉庫に向かう途中、闇無さんはずっとプリプリ怒っていた。

灰川さんと話した私としては、結局相棒との信頼関係をノロけられた気がして釈然としないけど、言うなといわれたので黙っておこう。


チャイムが鳴った。一限目の終わりだろうか。校舎からは少し離れたここからでも、生徒たちがガヤガヤと動く気配が伝わる。


「ん?」


一人の生徒が、玄関から出てきた。男の子だ。周りをキョロキョロ見ながら、校舎の壁伝いに裏へと歩いていく。

「闇無さん、あれ」

「え?」

二人でもう一度確認した時、男の子の姿は見えなくなっていた。

「どうかしたんですか?」

「いえ……大したことじゃありません。体育倉庫に急ぎましょう。休み時間中、誰かが用事で入ってきたら困ります」

何でもないよね、きっと。


つづく

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