九話 特典って魔力ゼロだけじゃなかったんですかっ!?
「よくぞ参られた。この城を我が家と考え、どうか気が済むまでゆっくりとこの城に滞在してほしい」
メアリーの前にいる壮年の男性が言った。
思っていたよりも若い年齢のようにメアリーは感じた。おそらく、四十代にすらなっていないのではないだろうか。
しかし、そんなことよりもその人物にメアリーは委縮するばかりだった。
何せその人物は――バルバトス国の国王その人なのだから。
「は、はい……」
(うわあ……。ただでさえ、こんな場所にいるってことだけで緊張するのにみんなから注目されてるよお……)
現在、メアリーがいる場所。そこはいわゆる謁見の間とでも言うべき場所だ。
そこにはメアリーを連れてきたフォルカーはもちろんのこと、多くの大臣らしき人物や側近の人達、更には魔法使いのような恰好をしたローブ姿の人も多く存在していた。
部屋の壁には兵士が立っており、その数もまた広い謁見の間を守るために数多くいる。
そんな人々の視線が向いているのはメアリーだった。
(気にしちゃだめだ気にしちゃだめだ気にしちゃだめだ……!)
内心で何度も同じ言葉を繰り返すメアリー。
しかし、それでも苦手なものは苦手なままだった。
青い顔をしているメアリーを見かねたのか、フォルカーが口を開いた。
「父よ。メアリー様は人の視線に慣れていらっしゃらないようです。人を下げた方がよいのではないですか」
「おお、そうか。メアリー殿、気づかなくて済まなかったな。――おい、人を下がらせろ」
国王が命令するとすぐに周りの人が動き出した。
兵士が先導し、人の群れがどんどん謁見の間から出ていく。
ほんの五分にも満たない時間で、広い謁見の間に存在する人物は国王、フォルカー、メアリーの三人だけとなった。
「……ふう。これで俺も気軽に話すことが出来るな」
人がいなくなった途端に声を漏らしたのはフォルカーだった。
先ほどまでの王子であると主張していた雰囲気は消え失せ、随分と気楽な様子だ。
「全く、お前ときたら……」
国王はフォルカーの様子に額へ手を当てている。
どうやら、フォルカーの言動はこれで素らしい。
「それでは、改めて自己紹介をするとしよう。私の名前はサルバトーレ・バルバトス。このバルバトス国の国王だ。よろしく頼む」
「は、はい、こちらこそ! わ、私の名前はメアリーです!」
メアリーの返答を聞いたサルバトーレは鷹揚に頷いた。
「うむ。後ほど祝賀会は執り行わせてもらうが、今日のところは用意させた部屋でゆっくりとしてほしい」
「お、お構いなく! 祝賀会とか、本当に結構ですから! 目立ちたくないので!」
「ははは。そういうわけにはいくまいて」
「ほ、本当ですから!」
どうやら、サルバトーレはメアリーの言葉を謙遜だと考えているらしい。
ただ笑うばかりで全く取り下げるつもりはなさそうだった。
「さて、ところで父よ」
「なんだ? 改まってどうしだのだ、フォルカー」
唐突にメアリーたちの会話に割り込んだフォルカーが何やら手の中の者をサルバトーレに見せた。
(え、あれって……)
フォルカーの手に握られていたものはメアリーの持っていたプレートだった。
(そういえば、まだ返してもらってなかったっけ。後で返してもらわないと)
呑気に考えるメアリーに気づくことなく、フォルカーが続きを言う。
「これに見覚えはありませんか?」
「うん? ……え、いや、ほ、本物、か?」
「はい、そうです。メアリーが持っていました」
(うん? どうかしたのかな?)
二人の視線がメアリーを向く。
一体何がどうしたのか分からないメアリーはただ不思議そうに首を傾げるばかりだった。
何かにひどく動揺しているサルバトーレを見たフォルカーはメアリーへ視線を向け、口を開いた。
「メアリー。少し話を聞いてくれないか」
「え、急にどうしたの? ……まあ、いいけど」
「ありがたい」
フォルカーはメアリーの返答を聞くと話を続けた。
「ここにいる父には弟がいてな。その弟は王族が嫌になり、市井に下ったのだ」
(ふむふむ。よくある漫画みたいな話だね)
「無論のこと、当初は下ったとはいえ、元王族だ。近場に隠れながらも護衛がおり、その護衛たちが密かに父の弟を守っていたらしい」
(守っていた? もしかして、権力争い関係で何かあったのかな? 市井に下ってもまだ何かあるなんてやっぱり王族って大変なんだね)
メアリーはフォルカーの言葉に頷きながら先を促した。
「しかし、ある日のこと。護衛がいつものように父の弟を守ろうとした時、その姿は消えていたらしい」
「え、消えていた?」
「ああ。魔法の痕跡があったことから、どうも強力な魔法使いによる魔法によって連れ去られた、いや、殺されたのだろうと言われている」
「そ、そんな……、魔法にそんなものがあるなんて……」
メアリーの言葉にフォルカーは首を横に振った。
「今、重要なことはその魔法についてではないんだ」
「魔法のことじゃない? あ、それならその弟さんのこと?」
またもやフォルカーは首を振った。
「じゃあ、何が重要だというの?」
「ああ、それは――父の弟には子供がいた、ということだ」
「子供がいた?」
「ああ、そうだ――」
「そこからは私が話そう」
フォルカーの言葉を遮り、サルバトーレが口を開いた。
どうやら、先ほどの動揺はようやく収まったらしい。
「私の弟がそもそも市井に下ったのは、妻となる女性が平民だったから、というのが一番の理由だ。弟は妻が周りの人々から謂れのない中傷を受けるのを快く感じなかったが故に市井に下ったのだ。いや、その理由は妻だけではなかったのかもしれないな。何せ、弟はその女性との間に子供をもうけていたのだからな」
(なるほど。その弟さんやるじゃん。奥さんや子供のことを助けるために王族を止めたってことだよね。……あ、でも、その弟さんは殺されちゃったのか……)
「その子供や女性もまた弟がいなくなった時と同時に行方が分からなくなっていた。多くの者が二人とも殺されてしまったのだろう、と考えていた。無論のこと、私もまたそう考えていた――今までは」
(……え? 今まで、は?)
「フォルカー。もう一度プレートを見せてくれないか」
「どうぞ、こちらです」
まだフォルカーが持ったままになっていたプレートをフォルカーがサルバトーレに手渡した。
「やはり、か」
そして、そのプレートを見たサルバトーレは一言呟いた。
「弟はある特殊な魔法が得意でな。その特殊な魔法はプレートを使ったものなのだ」
(……すごい嫌な予感がする)
メアリーは自身に嫌な汗が一筋流れるのを感じた。
「その特殊な魔法とはプレートに魔法を刻み込み、所有者に何かあれば発動するというものなのだ」
「な、なるほど……」
(あああっ! 違っていて!)
メアリーの内心を気にすることなく、サルバトーレは話を続ける。
「プレートには所有者の名前が刻み込まれ、魔力を流すことで王家の家紋が現れる」
言いながらサルバトーレはプレートに魔力を流し込んだ。
そして、プレートに浮かび上がる王家の家紋――羽ばたく鳥の姿。
「やはり、そうだったか」
「やはりって何なんですか!」
「ああ、これで証明された。メアリー殿。いや、メアリーよ。お主は我が姪ということだ」
(ああああああああああああ! やっぱりそうだった! もう、転生特典に魔力ゼロってことしか言っていなかったのに! 特典って魔力ゼロだけじゃなかったんですかっ!?)
特典というか、厄介の種でしかないけれども、そう転生させてくれた神様に叫ぶことしか出来ないメアリーだった。