二話 もしかして魔力ゼロってやばい……?
「――きなさい。いい加減に起きなさいな、メアリー」
「……え?」
目を覚ますと真理の目の前には修道服を纏った五十歳ぐらいの女性がいた。
優しそうな笑みを浮かべており、服装も相まっていかにもシスターといった感じだ。
「あなた以外みんな起きていますよ。もう朝食が出来ていますから、早く下に降りてきなさいな」
「は、はい……?」
いまいち飲み込めず、疑問交じりに返答する真理。
しかし、シスターはその返答で満足したらしく、頷いた。
「では、下で待っていますよ」
そう言うとシスターは部屋を出ていった。
「……ここどこ?」
覚えている最後の記憶はあの白い空間で穴を通り抜けたところ。決してこんな場所には覚えが――
「――っ」
唐突に頭に痛みが走る。
そして、脳裏に記憶が流れていく。
――自身が暮らしている教会兼孤児院で、他の子供と遊ぶ日々。
――時折、訪れる冒険者から聞くことのできる冒険譚。それを聞いてみんなでいつかは冒険者になるんだ、などと話した日。
様々な記憶が真理の中に現れては消えていく。
そして、一分は経っただろうか。真理の中ではもっと長い時間に感じられた記憶の奔流は収まった。
「そっか。私って転生したんだ」
記憶を思い出し、声に出すことでようやく飲み込めた。真理はメアリーとして、この世界に産まれたのだということを。
真理――メアリーは自身の手のひらを見る。
「あはは。随分ちっちゃいなあ。何歳ぐらいだろ」
自身の記憶の中には何歳といった記憶が明確にはなかった。
今、メアリーがいる場所は孤児院だ。普段は教会としても解放しているが、メアリーの感覚としては全く教会と感じていない。
そんな孤児院だが、それほど裕福というわけではないらしく、各人の誕生日を祝うといったことは基本的になかった。いや、孤児院の子供はほとんどが捨てられてやってきたが故にそもそも各人の誕生日を知らないという方が正確かもしれないが。
メアリーは自身がどうしてここに来たのかということをシスターに聞いた記憶も思い出したが、記憶の中でシスターは少しだけ悲しそうに笑いながら、「神様から贈り物をもらったのよ」と言っていた。転生前の記憶が蘇る前のメアリーはそれで納得していたが、今考えればメアリーも他の子供と同様に捨てられていたのだろう。
「――アリー! 早くいらっしゃいな。みんながお腹を空かせて待っていますよ」
部屋の外から声が聞こえる。
「早く行かないと、だね」
メアリーは呟くと自身が寝ていたベッドから抜け出し、移動を始める。
幸いにも記憶は真理としてのものとメアリーとしてのもの両方を違和感なく保持している。故に他の子供たちにも違和感など与えることなく、生活を続けていくことが出来るだろう。
そう考え、メアリーは一階にある食堂へ向かった。
――そして、その考えは全く甘かったと否応なしに理解させられるのだった。
◇
「全く……。急にどうしたんだよ、メアリー」
呆れるように漏らすのはエドガーだ。青みがかった黒髪を持つ孤児院のお兄ちゃん的な存在だ。
しかし、そう感じていたのは昨日までのこと。記憶を思い出したメアリーからすると、自身が真理だった時と同じぐらいの年齢に見える彼をお兄ちゃんとは思えるはずがなかった。
どうしようか、と悩むメアリーの目の前に赤い色の混じった瞳が現れた。
エドガーが漏らした言葉を聞いたエレナがメアリーの顔をのぞき込んできたのだ。
「本当よね。一体、どうしたのよ、メアリー。いつもみたいな気弱さが吹っ飛んじゃったみたいじゃない」
「え、あ、そう、かな……」
思わず目をそらすメアリー。そんな彼女を余計に訝しく感じたのか、エレナの眉が顰められた。
メアリーの周りにいる年上の彼ら、彼女らも同様に昨日と比べて変わっているメアリーの様子を気にしていたようで総数は十人も満たないはずにもかかわらず、ひどく視線を感じた。
(あはは……。これは、ちょっと予想外だったな……)
昨日までのメアリーは随分と気弱だったらしい。今、よくよく記憶を思い返してみれば、メアリーだった時に周りの人の反応をいちいち気にしている自分がいた。
更にはメアリーが孤児院で最も年齢が低いこともあり、メアリーは随分と気に掛けられていたらしい。
そんなメアリーだったわけだが、先ほど記憶を取り戻した際に気弱な性格が変わってしまっていた。……そもそも、ほとんどの子供が真理であった時よりも年下であったため、彼らと接する際に怖いという感情よりもほほえましいといった気持ちが芽生えてしまっていたことが大きな理由かもしれないが。
「まあまあ。よいではないですか」
シスターがエレナ達を宥めすかすような声色で話しかける。
「メアリーはきっと来月の魔法の儀を気にしていて、いつもと様子が違うのですよ」
(魔法の儀?)
確かにメアリーの記憶の中にそんな儀式が近いらしい、ということはあった。
しかし、その儀式自体はどんなものかということをメアリーは覚えていなかったらしく、何をする儀式なのか、いまいちよく分からなかった。
「ああ、そうか。メアリーもそんな時期なのか」
「メアリーはどんな属性になるのかしらね」
口々に言いあうエドガーやエレナ達。
一体、どんな儀式なのだろうか。そう、メアリーが首を傾げていると、シスターがこちらを見て優しく微笑んだ。
――しかし、その顔は何故か悲しみを帯びているとメアリーは感じた。
「そうですね。おさらいの意味も兼ねてもう一度、魔法の儀についてお話しましょうか。こちらにいらっしゃいな、メアリー」
幸いにもシスターが説明をしてくれるらしい。メアリーはシスターの後ろについて、食堂を出ていった。
◇
案内されたのはシスターの部屋だった。
メアリーが寝ていた子供部屋とは異なり、簡素なベッドと机が置いてあるだけの小さな部屋だった。
魔法の儀について話すにしてもどうして部屋を移動する必要があったのだろうか。
メアリーが疑問に思っているとシスターが抱き着いてきた。
「ごめんなさいね……」
そして、何故かシスターは謝罪の言葉を口にする。
意味が分からず、固まっているメアリーにシスターは話し始めた。
「五歳になる孤児院の子供は必ず魔法の儀を受ける必要があるの。拒否することは出来ないのよ」
「そうなんだ。……あれ? 孤児院の子供だけ? 他の人は?」
メアリーが聞くとシスターは悲しそうな表情を強めて言った。
「他の人は遅くとも十歳になるまでに受ければいいの。……孤児院の子供だけ、というよりも無料で魔法の儀を受けられるのが五歳までなのよ……」
(世知辛い、世知辛すぎるって……! お金が原因だったなんて……)
後半の言葉は小さく言っていたが、メアリーの耳にしっかりと入ってしまっていた。
「で、でも、それでどうして謝るの?」
「……魔力の多さは髪に色となって現れるわ。白に近いほど魔力は多くなり、黒に近くなるほど魔力は少なくなるの。そして、その魔力は十歳ぐらいまで伸びると言われているわ……。でも、魔法の儀を早く受けてしまうと魔力の伸びはひどく落ちてしまうと言われているのよ……」
(ふむふむ。つまり、本当なら魔力が多く出るって言われる可能性のある十歳ぐらいで測った方がいいってことか。……それにしても、魔力の多さって髪の色で分かるんだ)
今思えば、孤児院の子供たちは黒を基本とした他の色が混ざったような髪をしていた。
シスターの言葉から判断すれば、孤児院の子供は魔力が少ないのだろう。
そして、そこまで考えたメアリーは自身の髪をふと手に取り、見てみた。前世から何ら変わることのない黒一色の髪だった。
「気づいたみたいね……。そう、貴方の髪は黒に近いわ。他の色がほとんど見えないぐらいに……。そして、それはつまり、魔力がほとんどないということなの」
悲しそうにシスターが言う。
どうやら、魔力が少ないということはかなり大きな問題になるらしかった。
(……あれ? そういえば、私って魔力が少ないんじゃない、よね……?)
嫌な予感が頭をよぎり、メアリーはシスターに尋ねることにした。
「魔力ってやっぱり少ない方がまずいもの、なの?」
「大丈夫よ。魔力がたとえほとんどなくても生活するのは問題ないわ。大きくなったとしても、孤児院で働けばいいのだし、心配しなくても大丈夫よ」
(それってようするに他では働けないってことじゃ……)
やはり、相当魔力が少ないことはまずいことだったらしい。
しかし、シスターの言葉からはどうにも前提条件がおかしな気がした。
「魔力ってなかったらどうなっちゃうの……?」
魔力が少ないことが問題。シスターはそう言っているが、魔力がないことについては何も話していない。
まるで、魔力がないということがありえないとでもいうかのように。
メアリーのした質問にシスターは首を傾げた。
「あらあら。メアリーは忘れてしまったのかしら。人はもちろんのこと、どんな種族でも必ず魔力を持っているものよ。魔力がないなんてありえないの」
だから、魔力が少ないからといって心配する必要はないのよ、と続けるシスターの言葉をメアリーは聞いていなかった。
何せ、シスターの言葉が正しければ――
(う、嘘でしょ!? 魔力を持っていないなんてありえないってことは、魔力ゼロってとんでもなく目立つってことじゃない! 私、目立ちたくないのにっ――!)
図らずも転生特典が厄介の種になることが確定した瞬間だった。