十八話 魔力が少ないってこんなに馬鹿にされるものなの……?
「それじゃあ、この子に攻撃をしてほしいのだけれど……武器は?」
「…………貸してもらえると嬉しいなーと」
「……本当に剣を使えるのよね、貴女?」
呆れた顔をしながら、ヨハンナは部屋に置かれていた剣をメアリーに渡す。
「あ、あはは」
苦笑いしながらも、メアリーは剣を受け取った。
(し、仕方ないじゃん! こんなことになるなんて想像もしていなかったし!)
心の中で叫ぶメアリー。動揺する原因は武器を持っていないということだけではなかった。
(そもそもこの子に攻撃するとかどういうことなのっ!)
メアリーの前に立つヨハンナが攻撃するよう指示している存在。
それは庇護欲を誘うつぶらな瞳をメアリーに向け、何が起こるのか分からないのか、逃げずにその場にいる。
黒い毛に覆われた小さな身体は、不吉な象徴などと呼ばれることもあるとメアリーは聞いたことがある。しかし、とてもではないがそんな象徴であるとは見えなかった。
そんなメアリーの前にちょこんと座る存在。それは――黒い子猫だった。
(むりむりむりっ! こんな子に攻撃するとかどんな外道なのっ! ……というか、そもそも子猫はいないんじゃなかったの!)
台座に座る子猫は興味を失ったのか、メアリーから視線を外してあくびをする。
そして、そのままその場で眠ってしまっていた。
「……あの」
「どうしたの?」
「つかぬことをお聞きしますが、本当にその子を攻撃するんでしょうか……?」
「……え?」
メアリーの言葉に視線を台座へ向けるヨハンナ。
そして、何故か首を傾げた。
「おかしいわね。幻影が出ていないわ」
「幻影?」
どういうことだろうか。そんな思いから口にしたメアリーにヨハンナは頷いた。
「本当ならこの水晶が人形を映し出してくれるのよ。その人形に攻撃をしてもらうことでその人の適性を測るの」
そこまで言うとヨハンナは台座――子猫が眠る場所――を触ろうとし、目を覚ました子猫がその場から飛びのいた。
そして、ほぼ同時に台座に置かれていた水晶から光が放たれ、メアリーの前に人形が映し出された。
「あら? 急に出てきたわね。……どこかおかしかったのかしら?」
随分と不思議そうなヨハンナ。
(……もしかして、この子が見えないのかな?)
今までのヨハンナの反応から判断するメアリー。
「ちょっと待っていてね。念のため、確認するから」
メアリーにそう言うとヨハンナは水晶をのぞき込み、何か異常がないか確認を始めた。
そんなヨハンナをよそにじっと子猫を見つめるメアリー。
メアリーのことが気になったのか、子猫もまたメアリーを見返している。
そして、子猫はおもむろに口を開き――
「もしや――お主は吾輩のことが見えるのか」
(…………え? 喋った……?)
予想していない状況にメアリーの目が点となった。
「ふむ。どうやら本当に吾輩のことが見えるようだな。実に興味深い」
未だに驚愕が抜け切れていないメアリーをよそに子猫はなおも続ける。
「久々に吾輩を見える者に会ったが故、心行くまで話をしたいところだが、そうもいくまい。そこな者がいる中、お主が吾輩に話しかけては不審がられようからな。また後程会おうではないか」
そう言い、子猫は地面から宙に飛び跳ね、姿を消した。
(え、えー……。一体、なんだったの……?)
「どうやら何もおかしいところはなかったみたいね。不思議ではあるけれど、今は置いておきましょう。早く貴女の適性を測っちゃいましょうか。あの人形を攻撃してみて」
「え、あ、はい」
子猫のことを考えていたところに声をかけられ、思わず空返事となってしまった。
しかし、ヨハンナにはその返事で十分だったらしい。
攻撃をするよう促されたメアリーは、いつの間にか目の前に投影されていた人形へ視線を向けた。
(木偶人形ってこういう感じのことを言うのかなあ……)
人の形はしているが、顔には何も描かれていない。木で出来ているかのように見える人形がメアリーの目の前に立っていた。
(えっと……。単に攻撃するだけじゃ、やっぱり駄目だよね。……どうしようかな)
ここで剣の適性を認めてもらえなければ、魔力測定を行うことになる。
そして、魔力測定をすることになれば、魔力がないと分かった場合でも魔力が少ないと判断された場合でも目立ってしまうことは間違いない。
(やっぱり剣を使えると言ったからには木で出来た人形を一刀両断するぐらいじゃないと認めてもらえないに決まっているよね。……うん、やってみよう!)
メアリーはヨハンナから借りている剣を握りしめ、目を閉じる。
(剣はあくまで強化はしないようにしないと……。下手に強化しちゃうと剣を調べられた時に言い訳できないもんね。でも、人形を綺麗に切らないと……。剣が通った軌跡に合わせて人形が切れるようにすればいいかな……? ……なんか、こうやって構えていると剣豪になったみたい)
次第に気分が乗ってくるメアリー。
目を閉じ、剣を握りしめている姿が琴線に触れたらしい。
(……私の剣に切れぬものはないっ! ……なんちゃって)
そんなことを考えながらも目を開き、前を見据えるメアリー。
そして、剣を振りかぶると――
「えいっ」
そんな気の抜けそうな掛け声を出しながら振り下ろした。
その速さは素人であるはずのメアリーが振るったにもかかわらず、目にも止まらないとでも言うべき速さを誇っていた。おそらくはメアリーの思考によって魔法となって発現したのだろう。
そして、一拍遅れて一刀両断された存在が地面に落ちる音がメアリーの耳に入ってくる。
メアリーの考えていたこと。人形を両断すること――に加えて切れぬものがないという思考が反映されたのだろう。メアリーの目の前に存在していた人形。そして、その軌跡に沿って奥に置かれていた台座が綺麗に両断されていた。
(……う、うそぉ……)
予想外な光景にメアリーは心の中で呟いた。
そして、ヨハンナの方を向くと――
「…………」
そこには、あまりにもあんまりな光景に口が開いたままとなっているヨハンナがいた。
(こ、これは、まずいんじゃ……)
ヨハンナの表情に汗を一筋流すメアリー。
そのまま数秒固まったままだったヨハンナだが、ようやく石化が解けたらしい。
メアリーの方を向いたかと思うと、肩をがっしりとつかんだ。
「……え?」
「――逸材だわっ!」
「…………え?」
肩をつかまれただけでも理解できなかったメアリーだったが、更なるヨハンナの言葉でなおのこと困惑を深めた。
「水晶で投影された人形はパステル様が作成してくださった最高級の幻影なのよ。攻撃を吸収してしまう人形に普通なら傷をつけることすら難しいわ。――でも、貴女は違った。剣が使えるって言っていたけれど、まさか人形を真っ二つに出来るほどの腕前なんて!」
(ちょ、パステル爺! なんてもの作っているの!)
木で出来ていると思っていた人形は予想以上の存在だったらしい。
「あの銀翼の勇者すら人形に傷をつけることしか出来なかったのよ! 貴女、本当に素晴らしいわ!」
「あ、あはは……」
(どどど、どうしよう……。まさか、こんなことになるなんて……)
嫌な汗がどうにも止まらない。
一体どうすればよいのか。
思考がまとまらないメアリーにヨハンナは言葉を続ける。
「これだけの実力を持つのだから、たとえ紹介状がなくてもCランクから始めても大丈夫よね。……いや、むしろBとかAとかから始めても問題ないか――」
「ちょ、ちょっと待って! そ、そんなランクにしなくてもいいですから! 普通、普通の初心者が始めるランクにしてくださいっ!」
「……遠慮なんてしなくてもいいのよ?」
「遠慮なんてしていません!」
メアリーの必死な様子に残念そうな表情を浮かべるヨハンナだったが、どうにか納得してくれたらしく、ようやく首を縦に振ってくれた。
(良かった……。ここで下手に高ランクになっちゃったら、絶対に目立つもんね……。……あれ? もしかして、マーシャの紹介状を渡していたら問答無用で高ランクになっちゃってた、のかな? うん、魔力測定をしなくて済んだし、結果オーライだよね)
紹介状をなくしたことで目立たないようにできたことに気づいたメアリーは小さく息を吐いた。
「……本当にもったいないわね……」
未だに呟いているヨハンナのことは全力で見なかったことにするメアリーだった。
◇
「さて、それじゃあ、改めてギルドの説明をしましょうか」
「お願いします」
技能を認められたメアリーはギルドの説明を受けるため、改めて受付へ戻っていた。
「ギルドは主に町の人々や王城から依頼される仕事をギルドに所属する人々であるギルドメンバーに斡旋する業務をしているわ。クエストと呼ばれる依頼はそこの掲示板に貼られているから、どんなものがあるのか見てみて。あ、クエストには受けられるランクがあるから、自分に見合ったランクのクエストしか受けられないから注意してね」
(ふむふむ。よくあるゲームの設定って感じかな)
メアリーが頷くとヨハンナは説明を続けた。
「ランクは最低ランクであるHから最高ランクであるSランクまで八つあるの。上から順にSABCDEFGHという感じね。貴女はギルドに入ったばかりということでGランクから始まるわね」
「あれ? 入ったばかりなのにHランクから始まらないんですか?」
「……Hランクは本来該当する人がいないランクなのよ」
「該当する人がいない……?」
一体どういうことだろうか。
メアリーがそう問いかけようとした時、何やら周りが騒がしいことに気が付いた。
改めて周囲を見てみるとメアリーが最初ギルドに来た時と比べ、人が増えてきている。
夜が近づいてきたから依頼を終えた人々が集まってきた――というわけではないらしい。
「あら? どうしたのかしら?」
このざわめきは普段の様子とは異なるのだろう。ヨハンナも不思議そうにしている。
「――から、本当のことなんだよ!」
食堂に出来ていた人だかりの中から、どこか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
声が気になったメアリーは受付から人だかりの方へ移動する。
「はっ、誰が信じるっていうんだよ。俺たちが何人いてもどうにもならないぐらいの逆位置がいるなんてな。そもそもお前ら孤児院出身の奴らなんて、弱い奴ばかりじゃねえか。そんな奴が対処できないのは当たり前だろうが。……ああ、お前は特に掃き溜めの中でもどうしようもない奴なんだな。――その色がほとんど混じらない髪が何よりの証拠だし、よ」
声のすぐ後に周りの人が笑う。
「そんな奴が言った言葉なんて誰が信じるかよ。――ああ、そうた。認めてみろよ。お前たちがゴミだということをよ! そうしたら、ちっとは信じる奴も出てくるかもしれねえぞ」
下卑た声が俺は信じねえがな、なんて言葉を続けて少年に投げつける。
「俺たちは、俺たちはゴミなんかじゃない! ……もういい! お前らに頼もうと思った俺が馬鹿だったんだ!」
そう少年は言うと少年は人だかりを押しのけるとギルドから出ていく。
人だかりを押しのけた際、少年の顔がメアリーの目に入った。
(……え? あれって……エドガー?)
先ほどまで言い争っていた少年。それは孤児院のエドガーだった。
「……彼ともう一人いるのだけれど、その二人がHランクなのよ」
いつの間にか、近くに来ていたヨハンナが言う。
(……Hランクってもしかして、魔力が少ないからなるランクってこと? ううん、それよりも……魔力が少ないからってこんなに馬鹿にされるものなの……?)
真理の記憶が戻る前から一緒に過ごしてきたメアリー。そんな彼がここまで馬鹿にされるのは見ていて気分が悪かった。
(……あれ、でも、もしかして……)
「ちょっとヨハンナさん。聞いてもいいですか?」
「何かしら?」
もしかすると何とかなるかもしれない、そんな思いからメアリーはヨハンナに問いかけた。




