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phase.2-2

.2-2


洗濯物を洗濯機に入れた帰り、資料室で晴一朗は適当な椅子に腰掛けてはさみを手にしていた。

「さて、開けますか」

無論、心もすぐ傍に居た。 晴一朗の座っている斜め後ろに立ち視線をずっと晴一朗に向けて居る。

独り言に言葉を返す事無く佇む心を考えないようにして晴一朗は封を切った。

封筒の中には紙が一枚、A4サイズの紙が折りたたまれており、それを開いていく。

「……何だこれ?」

口から漏らす晴一朗の言葉にそっと心が一歩前に出て手元を除き見ると、そこには様々な言語が文章らしき羅列で並べられた奇怪な手紙であった。

「これは日本語だけど前後の文字が何処の言葉だこれ。かろうじて読めるのは中国語と英語、あとこれは何だろ、アラブ文字? これはドイツ語っぽいな、こっちはフランス語かな。それにギリシャ文字もあるのか」

指差しながら晴一朗は見たことのある言語を確認していくが、当然単語として意味は分からない。

「マスター」

そこで心が晴一朗に声をかけた。奇怪な手紙に意識を奪われていてはっとして心の方を向く。

「どうかした?」

「これ言頭文法方式じゃないですか? だとしたらこれ『アイザック・メモ』じゃないですかね」

心の口から飛び出したその言葉に晴一朗は言い知れぬ戦慄に身を震わせた。

今手にしているこの紙一枚がどれほど貴重なものなのかと言葉では表せない重圧が胸のうちに押し寄せてくる。

いうなれば兆単位の壷を持ち上げている気分と言うべきだろう。

「こ、これが『アイザック・メモ』?」

「おそらく。初めて見ましたが知識として私も知っているのでそうかもと言うだけなのですが、たとえばこことか」

そういって日本語が頭に書かれた行を指差す。

「えーっと、ここは頭の言語が日本語なので文法は日本語です。だから擬似は日本語で後は色々混ざってますが訳すると『擬似混合シナプスについて、神経活動において重要なファクターはフェムトスキンより微細な専用の微粒子構造体を採用している』って所ですかね」

心がわざわざ説明してくれているところだが晴一朗の内心はそんなところではなかった。

今すぐにでもこの手紙を姉に引き渡して安心したかった。

「そそ、それよりこれを早く姉さんにと、と、届けよう」

声が震えている晴一朗、それに対して不思議そうな顔をしている心だったが無言で頷いて晴一朗の後ろに立つ。

「でも、マスターはそれの内容を知りたいのでは?」

「こういうことは専門外だから、プロにお任せしよう。そうしよう」

もはや自分の発言にも落ち着きが無く手が硬直して紙を如何にかしてしまわないか必死で死守する構えで晴一朗は椅子から立ち部屋を出た。

神にも祈る勢いで晴一朗は安全第一で慎重に歩みを進め、曲がり角では心に頼み安全確認を行うほどであった。

心はと言うと、小さなことで雑用以下であっても頼ってもらえることが嬉しくて嬉々として晴一朗の命に従う。

司令室の前までたどり着き何事も無く紙を死守できている状態で居れていることに泣き出しそうになりながら部屋の扉を開けた。

「しし、しつ、失礼します!」

誰も見たこと無いような晴一朗の様子に視線を向けた全員がぷっと吹き出してしまいそうになる。

姉の智恵だけは声を出して笑っていたが。

「どーしたの変な声して、気持ち悪い虫でも出たの?」

笑いながらそういう姉の態度にさえまともに対応できず首を横に振りゆっくりと近づいていきその手紙を差し出す。

それを雑に手に取り目を通す智恵。

雑さに晴一朗はとんでもない声が飛び出しそうになるがギュッと押さえ込み要点だけ述べた。

「昨日、『サルベージ』される瞬間に拾ったんだけど、それ心が言うには『アイザック・メモ』らしい」

その一言、それだけでその場に居た全員が凍りついた。

特に智恵は自らの軽率な行動にまさかそんなことと祈るような態度で心に視線を向けた。

「おそらく『アイザック・メモ』だと思います。だってそれ一文字目がアラブ文字で分かり辛いかも知れないですが表題が『アイザック・メモ 2月15日』って書いてますから」

確定した、その手紙一枚の重さに今度は智恵が全身硬直に陥った。

対照的に晴一朗はその重圧から解放され肩の荷を降ろしたようにほっとした顔をしていた。

「い、色々聞きたい事とかあるけど、とりあえずこれを保存しないとね。えっと、でもどうしよう」

唐突な『アイザック・メモ』の出現に動揺と戸惑いを隠せない智恵は軽いパニック状態に陥っていた。

「智恵君、昨日の回収したデバイスの件でって、なんだねその面白い表情は」

事情を知らない田処が部屋に入ってきて誰もがすがる様にそちらを見た。

「しょ、所長、こここ、これ『アイザック・メモ』です」

完全に冷静さを欠いた智恵の言葉に田処はなるほどと頷く。

突然の出来事であったが田処は冷静さを欠いては居なかった。

「先ずはミーティングをしよう。『アイザック・メモ』は夏君。独立端末にデータとして保存して置いてくれ。原紙は所長室へ、私が金庫に入れておく」

田処は智恵に声をかけヴィクトリアとクロッカスを呼び出すように指示をする。

そのまま、智恵と心、そして晴一朗を連れ立って会議室へと向かう。

いきなりの呼び出しにも関わらずヴィクトリアとクロッカスは田処達よりも先に会議室で椅子に座っていた。

「緊急のミーティングって、何か問題でもあったのかしら?」

椅子に座りかけていた田処に問いかけるクロッカス。

「問題といえば問題だが、それを差し引いても吉報とも言えるだろう」

「煮え切らないわね。で、何があったのかしら?」

二人の掛け合いに対して何時もなら割って入りたがるヴィクトリアだが沈黙を是とし晴一朗のほうを向いていた。

「一言で言うなら『アイザック・メモ』が見つかった」

「……本当なの?」

疑った様子のクロッカスだったが田処の表情とちらりと視線を向けた先の心の無言の頷きにため息を漏らす。

「確かに吉報ね。ただ問題は私達三人の誰の物でもないって事くらいかしら」

皮肉を零すクロッカスに晴一朗は状況を把握できていない為、心の肩を叩き耳打ちをして状況の説明を求めると、心は花が咲いた様な笑顔で静かに答える。

「簡潔に言いますと、アンノウンのリベラアニマが付近に居る可能性が高く、そのアンノウンの行動目的にアイザック・メモの保守や回収が含まれていたら戦闘に入るかも知れないということです」

なるほどと晴一朗が言葉を漏らすと心は続けて話す。

「なので今の探索地点を捨てて新たな探索地点まで移動するか、戦闘を行ってでも現地点の捜索を続けるか。どうするにしても選択肢が幾つか在る以上ミーティングを行うことで方向性を決めようということですね」

割と丁寧に説明してくれた心に無言で頭を撫でて感謝を示す。

「うむ。ここは道理を取るべきであろう」

誰よりも先にヴィクトリアが方針について口にした。

「と、言うと?」

それに対して田処が聞き返す。

「『アイザック・メモ』が見つかったのだ。つまり現地点での探索はこれ以上無いほどに有益であった。であれば次の地点へと歩みを進めるのが道理ではないか?」

「現地点を放棄する。って事で良いかな」

田処が聞き返すとヴィクトリアはうむと肯定する。

それに対してクロッカスも意見を述べた。

「私も賛成ね。フィールドワークは骨が折れるけれどいつものことだもの。今回みたいに危険度が跳ね上がってしまった以上次の地点のその先まで移動しても問題ないと思うわ」

二人共に安全を優先する回答を出し、それに田処も同意する。

「よし。ちなみに他の三人は何か意見はあるかな?」

「いえ、私はそれで構いません」

実働隊ではない智恵はさっくりと答え、心も否定する理由も無いので肯定した。

晴一朗とて安全第一と考え全員の意見に賛同する。

「では方針としては現地点の放棄に加え、探索地点の移動。これで話を進めよう」

そこで田処が一つ咳払いをして口を開く。

「早速で悪いが念のため三人で『ポータル』を持って移動を開始してほしい」

「解ったわ。行くわよ」

クロッカスはヴィクトリアの肩を叩いて部屋を後にする。

ハッとしてヴィクトリアはクロッカスの後を追う。

「心?」

何故か心は晴一朗の袖を掴んでいた。

「マスターはどうされますか?」

「えっ?」

そういわれてようやく解った。俺はどうすればいいのだろうか?

このまま帰るというのもなんだか申し訳ない。原因が自分であるならなおさらであった。

ふと智恵と田処のほうを向く。

「あの、俺はどうしたら」

答えを用意していたように田処は口にした。

「行きたいなら行きたまえ。私達も行ってもらえるなら助かるのでね」

そういって田処はウィンクする。

あまりにも似合わないので笑ってしまう。

「わかりました。俺も行きます」

立ち上がると心が嬉しそうな笑みを浮かべて袖を引く。

「行きましょう!」

先日は心は一緒に行けなかったのでよほど嬉しかったのか尻尾がぶんぶんあらぶっていた。

「行ってくるよ姉さん」

二人に背を向けてヴィクトリアとクロッカスの後を追った。


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