phase.2-1
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カーテンの隙間から差し込む日差しで晴一朗は目が覚め、眠気の残る目を擦り欠伸をして携帯を手に取りホームボタンを押す。
時刻は七時過ぎ休日にしては早い目覚めだが何時までも寝ている訳には行かなかった。
「……よし。起きるぞ」
無駄な決意表明と共にベッドから降りて服装を正す。
コンコンと控えめなノックと共に声がした。
「マスター、起きてますかー」
扉の向こうから心の声が聞こえた。
ここは晴一朗の自宅ではなくアルバイト先、管理局の一室。
昨日の晩は結局大人勢が全員飲酒してしまったせいで帰るに帰れなくなってしまい仮眠室の一室を借りることとなった。
職員の女性陣は昨日掃除した方の仮眠室にすし詰め状態で放り込まれていた。
「マスター? まだ寝てますかー?」
泊まりと聞いて心は添い寝を希望したが流石にそれはと断ると何かできることは無いかと詰め寄られ結果、妥協点として朝起こしてくれと頼み、その命に従い心は朝早くから晴一朗を起こしに来ている。
「いや、起きてるよ」
「入っても良いですか?」
寝起きでまだ顔も洗ってないのだがと思いつつも晴一朗は扉を開けた。
「おはよう」
「おはようございます、マスター」
愛らしい笑顔の向こうで尻尾がこれでもかと言わんばかりに自己主張している。
「悪いけど先に顔洗ってくるよ」
そういうと心はスッと避けてくれたのでそのままお手洗いに向かう。 途中で気になって振り向くと入れ替わりで心が部屋の中へ入っていった。
なんだかなぁと思いつつも晴一朗はお手洗いで顔を洗い歯を磨いてさっさと部屋に戻る。
「戻ったよ」
ノックもせずに扉を開けると心がベッドの脇に座りそわそわしていた。
「早いですね」
何も悟られないようにと平然とした態度で心は受け答えしたが明らかに怪しい。
「何かあったの?」
「いえ、いえいえ。何もありませんでしたよ?」
まだ未遂ですと小さく心が口にしたので晴一朗は聞かなかった振りをして答えた。
「わかった。じゃあ着替えるから」
そういってシャツを脱ごうとすると目を輝かせて心が近づいてくる。
「お手伝いします!」
「必要ないから外で待ってて」
服を半分脱いだところでそういうと心はシュンとした様子で部屋を出て行った。
「ありがたくはあるんだけどさ。ちょっと、アレだよなぁ」
心が慕ってくれているのは嬉しいといえば嬉しいがその距離感があまりにも近すぎて慣れない晴一朗は色々と悩みながら着替えを終えて洗濯物を手に部屋を出る。
「おまたせ」
正面に心が背筋をピンと伸ばして立っていた。
「いえいえ。……その洗濯物洗っておきましょうか?」
晴一朗の手に持ったシャツを見ながら尻尾がピンッとしている。
「いや、遠慮しとくよ」
断りを入れると案外すんなりと心は身を引いた。
「朝起こしてほしいって確かに頼んだけど、心はこの後どうするの?」
「お傍に居てはご迷惑でしょうか?」
そう言われて、「はい、そうです」とは言えない晴一朗。
「迷惑じゃないよ。うん」
色々と察してほしい所ではあるが肯定した以上この前からの流れからすると心は傍を離れようとはしないだろう。
仕方なしと晴一朗は洗濯物を洗うためにシャワールームに併設されている洗濯機のある場所へ向かう。
「所で今日は非番なの?」
「はい。正確には今日がダイブ予定日だったのですが、昨日マスター達が行かれたので今日はお休みです」
二日から三日に一回のペースでのダイブが普通であり、数日連続で行うことはよほど重要な場合のみであると心は晴一朗に説明した。
「なるほど。あっ、忘れてた」
歩きながら晴一朗は洗濯物のズボンの後ろポケットから便箋を取り出した。
「危うく洗うところだった」
「何ですかそれ?」
「いや、昨日サルベージされる直前に見つけたものなんだけど。ほら、びっくりするくらい綺麗だろ? それで気になってさ」
心に便箋を手渡しそれを軽く確認して満足したのかすぐに返ってきた。
「私達には持ち帰ったものを提出する義務がありますがその中身の確認をしてはいけないと言うルールはありませんし、気になるようでしたら開けてみてはどうでしょう?」
そうなのかと晴一朗は思い、じっと便箋を見つめて頷く。
「よし、じゃあ開けてみるか。これを放り込んでからだけど」
手に持った洗濯物を持ち上げると心が口にした。
「私が持っていきましょうか? どうせすぐですし、マスターはペーパーナイフかはさみを探されてはどうでしょう」
流れるような提案に一瞬肯定しかけるが一考して晴一朗が答える。
「そんなに焦ってないし今日は俺もシフトじゃないから時間はあるし自分のことは自分でするよ」
そうですかと一歩下がって影を踏まない定位置に戻った。