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phase.1-5

.1-5


『ダイブ』

特異な事象を人為的に引き起こし人を位相世界へと送る技術。

当然ながら、送ったならば戻す必要がある。

それを『サルベージ』と呼び、元の世界。この場合第二界より第一界の対象者へ一定のシグナルを送ることで第一界に居る筈なのに第二界のブラックボックス内部に存在しているという存在認識の矛盾を生み出す。

それにより第一界に居る対象者の存在の希薄性を作りその状況下で他に対象者を認識するものが存在しない状態で世界の接点。

つまり物理的接触を断つことにより『サルベージ』が行われる。

頭の中で簡潔に説明されたことを呟いて息を吐く。

理屈は分からないが理解したと晴一朗は内心つぶやく。

肩の力を抜き辺りを見回す、誰も居ないビルの更衣室。

適度に部屋は荒廃しておりひしゃげたロッカーや崩れているベンチなどが目に付く。

意を決して『サルベージ』されようとしていた晴一朗の視線の先に何かが光った。

ひしゃげたロッカーの隅、目立たぬように隠されたそれがチョーカーの光に反射した。

無性に気になり晴一朗が手を伸ばし掴む。それは気持ちが悪いほどに白く綺麗な便箋だった。

薄暗く蔦や苔も生えたような陰湿な部屋でこれほどまでに痛みの無い便箋は狂気に満ちているとしか言いようが無かった。

『晴一朗? 何か見つけた?』

突然聞こえた智恵の声に晴一朗は飛び上がるほど驚く、それと同時に一瞬で視界がブラックアウトして混乱に拍車が掛かり慌てて姿勢を保とうとするも壁にぶつかる。

「痛っ!」

さして痛みを感じた訳ではないが条件反射で口にしてしまいチョーカーから慌てた声が入り混じる。

『晴一朗! 晴一朗! 返事しなさい! どうかしたの!?』

大慌ての様子に晴一朗は苦笑して答える。

「大丈夫。ただの着地失敗だよ」

それを聞いて落ち着いたのかざわつきが収まる。

ふと右手に握られた便箋に視線を落とす。

『ちょっと待ってて今開けるから』

モーターの回転音が聞こえてからガコンと外れるような音が聞こえ扉が開く。

『お疲れ様。んじゃ、司令室まで来てくれる?』

手に持った便箋を後ろポケットに入れて答える。

「了解」

チョーカーを外し晴一朗はブラックボックスから出てチョーカーを元の位置に戻して部屋を後にする。

部屋を出た瞬間右手から心が飛び出してきた。

「うぉっ!」

驚いて一歩後退するとピタリと目の前で心が立ち止まる。

「お疲れ様です、マスター!」

「ただいま。そうだ、掃除ありがとう。助かったよ」

褒めて欲しいと言われていたのを思い出し晴一朗は頭を撫でてみる。

この為に頑張ったのだと言いたげに尻尾がぶんぶんと荒ぶる。

最初はずいぶんニッチなコスプレだと思っていたがそうではなく本当に生えているのだ。

もっと正確に言うのであれば付いているというべきだろう。そういう風に作られたのだから。

「はふぅー」

犬のようにへにゃんと気持ちよさそうな顔をしている。

「司令室に呼ばれてるんだけど、心も一緒に来るか?」

それを聞き耳をピンと立てて顔を上げた。

「はい! お供します!」

心は元気よく返事をして道を開け、軽く頭を撫でて晴一朗は司令室へと向かう。

斜め後ろを付いていく心に少しばかり居心地の悪さを覚える晴一朗。

その時、クロッカスの言っていたことを思い出した。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「はい、何でしょうか?」

無垢な表情で晴一朗を見つめる。

それを見て晴一朗は自分はなんて酷いことを聞こうとしているのだろうかと自己嫌悪した。

心にだけはリベラアニマであることやデザインモデルについて安易に聞いて良い話ではない。

彼女だけは特異で、もはや生き返ったといっても過言ではない。故にそれは死んだ瞬間のことを思い出させる事になると気がついた。

「いや、なんでもない。忘れてくれ」

「?」

不思議そうな顔をしながらも納得してくれたのか黙って後ろを付いてくる。

司令室の前まで来て扉をノックすると返事が聞こえ中に入る二人。

「おかえり、どうだった?」

顔も向けずに智恵が問いかける。

「思ったより体力勝負だったかな」

瓦礫を退かしたり机を運んだり折り重なった椅子を押したり、腰を痛めそうな探索だった。

「今回はそうかもね。この間まではひたすら移動でダイブの座標を記録したりフィールドワークばっかりだったけどね」

幾ら未来と言えそこはすでに未知の土地と言っても差し支えない以上データを取ることから始まるのは当然のこと。

『アイザックメモ』がどれだけ重要だとは言え右も左も文字通り分からないでは危険極まりない。

「でも、楽しかったよ。SF作品なら及第点だけど実際に未来の地球だって言われたら嫌でも思うところはあるさ」

「例の惑星だと救われない未来だったけどね」

冗談のように口にするが現実はそれ以上に悲惨で、誰一人として人類はその未来に生きては居ない。

「あの世界の何処かでアダムとイブが生まれたりするのかな」

ぼそっと晴一朗が呟くと甲高い音を立てながら椅子が回り、智恵が呆れた顔をしていた。

「背筋がムズ痒くなるようなことを平気で言わないでよ。相変わらず変なところはロマンチストなんだから」

「ッ ! いいだろ別に……」

聞かれたのが恥ずかしかったのか視線を逸らして反論するが鼻で笑われる。

「マスター」

袖を引かれて振り返る晴一朗。

「なに?」

「私は素敵だと思います!」

支持してくれる心に思わず嬉しくなり頭を撫でた。

「ありがと」

嬉しそうに目を細める様子に晴一朗は嫌でも犬のように見えてしまう。

「はいはい、ごちそうさま。晴一朗、そろそろ時間だから」

そういって腕時計を指差し、晴一朗は携帯で時間を確認する。

「もう七時か。了解、多目的ホールだっけ」

「そうそう。こっちはアンタが見つけたモノの解析をする為に申請やら何やらで時間が掛かるの。後から行くから。せいぜい楽しんできなさい」

しっしっと呼びつけたくせにぞんざいな扱いで背中を押される。

「じゃあまた後で」

心に視線を向けると笑顔を浮かべて返事する。

「行きましょうか、マスター」

二人揃って司令室を後にして晴一朗は後ろポケットに入れた便箋のことを思い出す。

「あっ」

「どうしました?」

電子デバイスでもない訳だし急いで知らせる必要も無いかと晴一朗は後回しでもいいかと思い後ろポケットにそれがあることを確かめて多目的ホールに向かう。

「いや、なんでもない。急ごうか、みんな待っているだろうし」

「はい!」




多目的ホールに入ると一斉にクラッカーが鳴り、晴一朗は一歩後ずさってしまった。

「お疲れ様、晴一朗君」

そういってワイングラスを片手に田処が晴一朗に声をかける。

「君のおかげでまた一つ成果を上げることが出来たよ。感謝する」

「いえ、俺が居なくても問題ない成果だったと思いますから、そういわれると困ります」

謙遜ではない。実際、晴一朗が居なくとも彼女達は同じところを調べていただろう。そうすれば自ずと成果は実っていたのだ。

だが、田処はたとえそうだとしても晴一朗が引き金となり発見できたのは事実、それを正当に評価すべきと考えていた。

「謙遜することは無い。それに今日の主役は君だ。小規模ながら君の歓迎会でもあるのだ。さあ、壇上に行きたまえ」

トンと背中を押され晴一朗は周りの視線を気にしつつも壇上に上がった。

見知らぬ職員も一堂に会したこの場で何かを口にしようにも晴一朗は緊張で何を言えばいいか分からず咳払いを一つして時間を稼ぐ。

「この度、アルバイトとして雇われることになりました、桜真晴一朗です。至らぬ点も多々在りますでしょうが皆さんよろしくお願いします! では、乾杯!」

勢い任せに適当なことを口走るも皆、機嫌よく乗ってくれたため問題なく歓迎会は開始されることとなった。

恥ずべきことではないが何故か耳まで真っ赤にした晴一朗は壇上を降りて手近な料理を摘もうと思いテーブルに近づく。

「桜間君」

名前を呼ばれ振り向くと、見知らぬ女性職員に声をかけられた。

「初めまして、芦野純子って言います。よろしくね」

そういって晴一朗の手を取り笑顔を向ける芦野という女性。

出遅れた、そんな雰囲気が室内に広がると瞬く間に晴一朗に群がる若い女性職員。そのほとんどがここ数年彼氏も居らず三十路前に足を踏み入れようとしている。

つまり、この擬似閉鎖空間に所長ではない、しかも若い男がやってきたというわけだ。

であればほとんどがこの職場で過ごし出会いなど少ない行き送れることに危機感を感じた女性職員があわよくばと群がるのも無理は無い。

たとえ本人が駄目だとしても友人やツテでいい男を紹介してもらえないかと言う算段もあったりする。

当然そんなことを理解できていない晴一朗は言い知れぬ狩人の視線にさらされ、見えない重圧に冷や汗をかく。

そうした晴一朗のことなどお構いなしに夜は帳を落としていく。

流れるままに時を過ごした晴一朗はこっそりと多目的ホールを抜け出して外の空気を吸うために屋上へと向かった。

「疲れた、本当に疲れた」

悪い気はしないがああも食いつかれると息つく暇も無い。

結局今日一日でほとんど顔も覚えていないような女性の電話番号とメールアドレスを両手では足りないほどに手に入れた。

普通の学生ならば大喜びしてもいいところだが今の晴一朗にそんな余裕はありはしなかった。

「はぁ……。いや、嬉しいのかも知れないけど。……はぁ」

階段を上りきり二度ため息をついて歩みを止めた。ゆっくりと扉を開けて外で深呼吸しようとしたその時。

赤いドレスを着た少女の背中が見えた。

彼女が見上げる空には無数の星々が輝きを放ち夜空を彩っていた。

それ以上に晴一朗の瞳には言葉に出来ない美しさを醸し出しているその背中に見とれていた。

強く風が吹き少女が体を抱きしめて身震いして、晴一朗はあっ、と声を漏らす。

「ん? おぉ、お主か、どうしたのだ? 主役がこのようなところで」

ヴィクトリアは体をこちらに向けて笑みを浮かべた。

「ヴィクトリアこそ、こんな所で何してるの?」

「余が会場に居ては目だって仕方ないであろう? 余ほどの美貌を持つものが居ては主役も形無しと言うもの。 なので余は星を眺めて居ったのだ」

その言葉を聞きながら晴一朗は近づいていき夜空を見上げた。 ここは周りに街頭も無ければ無駄に光を放つものもほとんど無い。

そうすれば自然と夜空は輝いて見える。

「美しいであろう?」

自慢げな笑みを浮かべてヴィクトリアは再び空を見上げた。

「たとえ数百年と言う時の流れがが人の歩みを止めたとしても星空だけは何時の世も輝きを放つのだ」

「第一界も変わらないって事?」

「うむ。 その通りだ」

肯定を受け晴一朗がヴィクトリアの方を向くと再び風が頬を切る。

「しかして、このようなドレスは華やかではあるが風通しが良すぎるな」

まぁ、風を引くことはないのだがなとヴィクトリアが言い終えて晴一朗は黙って上着をヴィクトリアの肩にかけた。

「余は上着を貸せといった訳では無いのだが」

そういって上着を返そうとするヴィクトリアに晴一朗は言った。

「でも寒いでしょ? 」

そう言われて厚意を無碍にするわけにも行かずヴィクトリアは少し微笑んで頷いた。

「うむ。これは暖かいな」

その様子を目にして晴一朗の心拍数が上がる。

「じ、じゃあ、俺は戻るよ」

急に自分のしたことが恥ずかしくなって逃げるように屋上を後にした。

そんな背中をヴィクトリアは眺めて口元がほころび上着を着たまま夜空に視線を移した。

「うむ。今日は良い日だな」


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