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phase.1-1

.1-1


晴一朗の目の前には見たことも無い美少女が立ってた。

爛々と輝く黄金の髪に、ルビーの様な赤く煌く瞳。

真紅に染め上げたドレスコートはあまりにも彼女に似合っていて、ドラマか何かの撮影でこの娘は女優かアイドルか、いやそれ以上か。

そんな美少女が手を差し出していた。

唐突に訳のわからないこと言われてもとりあえず手を取る晴一朗。

「うむ。先も申したが安心してよい。お主は運が良い、なぜなら余がここに居るのだからな」

「なんだか分からないけど、ありがとう」

ヴィクトリアに手を引っ張られ立ち上がりあたりを見回す。

思わず気を失いそうなほどに異様な光景。

あまりにも常軌を逸脱した状況下でヴィクトリアが居てくれたことに晴一朗は感謝していた。

「とりあえず、君の言葉を信じるよ」

なんとかなる。そう思うことで晴一朗は言葉に出来ない気持ちを押さえ込んだ。

「お主中々良い肝をして居るな。良い良い、この者も戸惑っておる故、余とこの者をサルベージしてもらえぬか?」

『そうね。うん。夏ちゃん悪いけどお願い』

『サルベージシーケンス。ブラックボックス、システムオールグリーン』

それと同時にヴィクトリアのバイタルデータをチェックが開始される。

晴一朗は意味不明な単語に訝しげな顔をする。

『ヴィクトリア、バイタルチェック。オールグリーン』

『サルベージシグナル発信します』

合図をするとヴィクトリアが晴一朗のほうを向く。

「ほーれ、近こうよれ」

そういって両手を広げるヴィクトリアを見て晴一朗は固まってしまう。

「……どうすれば?」

煮え切らない晴一朗の言葉にムッとなるヴィクトリアは手を取って引き寄せて首に手を回して抱きしめた。

「ちょっ!」

「照れるでない。よもや生娘でもあるまいて、余が合図したらジャンプするのだ」

絹のような金色の髪から香る匂いに晴一朗は心音が跳ね上がった。

「良いな? 余はお主にすべてを任せる、しっかり抱きしめておくのだぞ」

『シグナル受信確認、サルベージ何時でも行けます』

晴一朗がもう首を縦に振るしか出来なくなっていた所にヴィクトリアに合図が送られた。

「うむ。行くぞ? 3.2.1。飛べっ!」

その声に合わせて晴一朗とヴィクトリアがその場で飛ぶ。

するとヴィクトリアの意識が急に途切れたのか、ふっと力が抜けてしまい晴一朗が慌ててしっかりと抱きしめる。

不意の出来事に気を取られたうちに奇妙な浮遊感に襲われた晴一朗の背筋に鳥肌が立つ。

瞬間、視界がブラックアウトすると地に足が着いて二人分の体重が一気に掛かってしまいよろけるとヴィクトリアが目を覚ました。

「んっ。んんっ。……うむ。どうやら問題なく事が運んだようだ。良い良い、智恵聞こえるか?」

『うん。成功ね』

何が起こってどうなっているのか全く理解できない晴一朗は動揺していて自らの姉の名前が出てきている事にも気が付かない。

いつまでも晴一朗がギュッとヴィクトリアを抱きしめているとふふっと笑い声が聞こえて、ヴィクトリアに視線を移した。

「あっ! ごめん!」

慌てて晴一朗が手を放すとヴィクトリアもゆっくりと手を放す。

「うむうむ。良い良い、お主は思いのほか愛い奴よの」

暗くて晴一朗には見えていないが今ヴィクトリアは微笑んでいた。

ギッと音が聞こえると暗闇に光が差し込んでくる。

『悪いけど彼を連れて会議室に来てくれるかな』

ヴィクトリアはこれに頷き、晴一朗は自分が突如ワープしたであろう箱の中から足を踏み出していた。

「付いて参れ、お主の疑問を解いてやろう」

そういうと晴一朗は手を引かれそのまま黒い棺のような箱らしきものが設置された部屋を抜け白一色の病院を思わせるような廊下に出た。

つい先ほどまで居た廃墟とのギャップに口が開いたままの晴一朗だが、ヴィクトリアはそんなことお構いなしに廊下を突き進む。

途中でルームプレートの張られた部屋を幾つか通り過ぎ、一番奥の会議室に案内された。

「智恵はおるか?」

コの字型に配置されたテーブルと椅子には誰も座っていない。

『待って、今向かってるから。適当に座って待ってて』

「うむ。では、晴一朗好きなところへ腰を下ろすが良い」

そういいながらヴィクトリアは一番近くの椅子を引いて催促する。

避ける必要もないので晴一朗はおとなしくその椅子に腰を下ろし、その隣にヴィクトリアが座る。

「して、思いのほか落ち着いておるようだな。戸惑う事も必要であろうが冷静さを忘れぬのも重要である」

うんうんと頷いているヴィクトリアだが、晴一朗は冷静なのではなくただ単純に目まぐるしく変わる自らの置かれている立場を認識できていない上での自暴自棄を孕む諦めの類であった。

何度も自らを呪うかのように何とかなると言い聞かせているだけに過ぎず、孤独に放り込まれたら正気を保てていたかは定かではない。

「お待たせ、事が事だから所長も連れてきたよ」

会議室の入り口から声が聞こえて晴一朗が振り返ると口から思わず変な声が出た。

「ね、姉さん!? それに田処のおじさん!?」

晴一朗の姉、桜真智恵さくらまともえともう一人。田処だどころと呼ばれたスーツ姿の背の高い中年の男は気さくに声を掛ける。

「晴一朗君久しぶりだね。今年の初詣以来かな?」

「まさか、新手のドッキリですか?」

思わず晴一朗はあたりを見回しカメラの存在を探す。その間に智恵と田処はスクリーンの前の椅子に腰を下ろし、田処が咳払いをした。

「いや、そうじゃない。君の身に起きたことはすべて事実だ。戸惑うこともあるだろうからまず最初に君の身に何が起こったかは説明しよう」

落ち着いた田処の声音に晴一朗もジョークの類でない事を理解して口を閉ざし目を見る。

「よし。では簡潔に話をしよう。君の身に起こったこと、それは【神隠し】だ」

あまりにも素っ頓狂な田処の言葉に晴一朗は訝しげな顔をした。

「まあ、そうなるか。掻い摘んで説明しよう。比喩としてではなく本当に昔から起きている怪奇現象としての【神隠し】。それに君は巻き込まれてしまったんだ」

「いや、あの」

思わず口を挟む晴一朗だが田処がそれを制する。

「最後まで聞いてくれ。現代社会においては非常に珍しいことなのだが、現実として君は【神隠し】に巻き込まれた。では【神隠し】とは何だという事だ」

それに晴一朗は静かに頷く。

「それはとある研究にて証明されてしまった存在の不安定状態による不確定現象の自然発生だ」

いきなり意味のわからない単語を並べられて晴一朗は首をかしげる。

「詳しい説明は省くとして、要するにだ。他人に感知されていない状況下で条件が揃ってしまった場合に人間はこことは違う別の世界に行ってしまう現象。それが【神隠し】。我々はそれを【ダイブ】と呼んでいる」

「他人に感知されていない状況下で条件が揃うと……」

説明を繰り返し口にして晴一朗は一時間にも満たない記憶を遡る。

その時晴一朗は教師に頼まれ廃部となったオカ研の部室から荷物を体育館の地下室へと運び戻ろうとしている最中だった。

薄暗い地下室の階段を踏み外したと同時に理由は解らないが何かかショートしたのかブレーカが落ちる音が聞こえ完全に部屋が暗闇と化したのは覚えていた。

そこからの記憶が曖昧で目が覚めたらそこにヴィクトリアが居たのだ。

とりあえず、そのことを晴一朗が説明するとうわぁ……と口にする智恵に苦笑いを禁じえなかった田処。

「役満もいい所だわ、アンタ本当に運がいいのか悪いのか」

智恵がそう口にすると晴一朗もなんとも言えない表情になる。

「良いに決まっておるだろう。何せ余が傍に居たのだからな」

黙っていたヴィクトリアはここぞとばかりに胸を張る。

「というか。そもそも俺が行ってしまった違う世界って何ですか?」

気持ちの整理が出来て少し落ち着いた途端に山ほどの疑問が晴一朗の中から溢れ出た。

当たり前の疑問を受けて田処は一枚の紙とペン、それに朱肉を取り出す。

「これは?」

「分かりやすく言えば君の今後を決める契約書だ」

細かい文字が書きとめられた一枚の紙の下のほうに名前を書く欄と拇印を押すところがあった。

「これにサインしたらどうなるんですか?」

「君の質問に答えよう。だが代わりに君にはここでアルバイトをしてもらいたい」

「アルバイト?」

唐突な意味不明の提案に晴一朗は怪訝な表情を作る。

「ああ、情けない話だが正直なところ秘匿性の関係上君を監視しなくてはならないのだが。君の監視にリソースを割く余裕が無くてね。出来ればここで働いてもらう事で監視を付けない様にしたいんだ」

晴一朗はじっと契約書を見つめてから視線を姉に移すと好きにすれば良いよと言いたげな目をしていた。

どうするか。色々わけのわからない状況であることに変わりは無いが姉もいるし田処のおじさんもいる。

アルバイトか……。そう悩んで晴一朗は自らの身に起こった事が全体として何なのか、何故ここに姉がいるのか。その答えを知りたくなった。

「……わかりました」

晴一朗はペンを手に取りサインを書き拇印を押す。

「代わりに教えてください。あの場所はなんだったんですか」

腹を据えた晴一朗の瞳に田処はどこか満足げな表情を作る。

「勿論だ。この世界と位相世界について話そうか」

その名前を先ほどヴィクトリアが口にしていた事を晴一朗は思い出す。

「君は平行世界と言うものを聞いたことあるかな」

「ええ、映画とかでよく聞きますね」

田処は頷き続ける。

「事実を話そう。この世界に平行世界は存在しない」

思っていた事と違うことを口にする田処に晴一朗は首をかしげる。

「この場合の平行世界と言うのは人が取る一つの選択により生じる無限の分かれ道のことだ。世界と言うものは厳密に我々が観測できていない世界を含めて八つしかない」

ペンを手に取り智恵が差し出した紙に田処が絵を描いていく。

「便宜上時代の進みが速い世界から第一界、そして次が第二界、第三界と我々は名称付けている。そして我々の居るこの世界は第二界だ」

八つの円に一つずつ数字を振っていき二のところに「今」と書き足す。

「そして、先ほど口にした位相世界それはこの八つの世界すべて総じて位相世界と呼んでいる」

大きな円で八つの丸を囲み位相世界と書き足す。

「君がダイブしてしまったのがこの第一界。そして、どこの世界よりも先に人類が終焉を迎えた世界でもある」

第一界と書かれた円をペンで指した。

「人類が終焉をって事はあの世界には」

「言葉の通り絶滅している」

その言葉に晴一朗は言葉を詰まらせる。

廃墟と化した建物、窓の向こうの景色はあまりにも強烈だったことを思い出す。

「簡単に言うと位相世界というのはこれだけのことなんだがね」

そういって田処がペンを置いて晴一朗に視線を移す。

「他に知りたいことは?」

質問に対して晴一朗は手を口に当て考えて気になったことを口にした。

「……アルバイトって何すればいいんですか?」

想定していた内容とは違う質問に田処と智恵が思わず笑ってしまう。

「んんっ。いやいやすまない。そうだな、基本的には雑用をお願いしたいと思っている。掃除や備品の整理に荷物の仕分け、この辺りまで手が回らなくてね」

その言葉を聞いて確かにそれじゃあ他までリソースは避けないなと納得する。

「そもそも、どうしてそんなことまで手が回らないほど人が少ないんですか?」

「簡単だ。我々が探しているデータを読み解くハードウェアの一つが見つかった為、解析や研究のために東京の研究所に人員が割かれてしまってね」

喜ばしいことだがと口にする田処だが上の判断に納得していない様子だ。

「それはともかく、知りたいことは他にあるかな」

少なくとも自分の身に何が起こったかは理解することが出来た。

つまり神隠しと言う名のダイブとやらをしてしまい異世界へ飛ばされてしまった。

簡潔にするとそれだけの事。

だが、もし彼女たちが近くに居なかったらと想像するだけで晴一朗の背中に鳥肌が立つ。

身震いしたのを見て田処が立ち上がる。

「まあ急ぐことは無い。私はいつでも君の質問に答えよう。それにほんの少しだけだが見知らぬ世界に放り込まれたのだ。今日の所は家に帰って休むといい。智恵君、後のことは私に任せて晴一朗君を送ってあげなさい」

そのまま、田処は会議室を後にした。

残された智恵はため息をついて立ち上がり晴一朗の頭に手を置く。

「姉さん?」

「いや、気にしないこと。やっぱりアンタは運良いよ」

特に悪い気はしなかったので大人しく頭をなでられていた。

「ほんじゃま、帰ろっか」

そういって智恵も会議室を後にした。

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