phase.4-2
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天文台に足を踏み入れた晴一朗だったが中は暗くて何も見えない。
どうするかと悩んだ矢先足元のタイルが淡く光り一本の線となり行く先を照らす。
まるで誘うように。
「毒を食らわば皿までって今ここで使ってもあってるかな」
少しでも気を紛らわせようとユーモアを見せるが内心では不安と恐怖が渦巻いている。
誘導する光の道を躊躇わずに歩いていく。
途切れたタイルの上で止まると目の前が薄く光ドアが開き、その先に進むとタイルの光が螺旋状に地下へと誘う様に照らされた。
「流石に怖いな」
暗闇の中に光るタイルだけが目印であり、まるで暗闇に浮いている様に見えるため下るのも躊躇いが出る。
「けど、行くしかないか」
手すりを見つけてそれをなぞりながら階段を下りていく。
決して短くない螺旋階段を下りきるとまたタイルの光が途切れていた。
「行き止まりか?」
行く先を案じた瞬間すべてのタイルの光が消えて完全なる暗闇の中に放り込まれる。
今の状況があまりにも危険であることを晴一朗は感じ取り力強く手すりを握った。
それと同時に何かの起動音が響き渡った。
『―――システム起動』
突然の機械音声に晴一朗は動揺する。
『生体反応を確認。識別。人類。非人造人間、非機械人間。認証終了。音声データの再生を行います』
何が始まるのかと晴一朗は身構える。
『…………初めまして、親愛なるの人類の君へ。私はアイザック、アイザック・ショパン。しがない科学者だ』
「なっ!」
まさかその名前を聞くことになるとは予想していなかった晴一朗は軽いパニック状態に陥るが首元にチョーカーが無いことを思い出しそれが逆に冷静さを取り戻すきっかけになる。
『君がどうやってここへ来れたのか、どうして生き残っているのか、私も問いたいことは色々在るのだがその答えを聞くことが出来ない事が非常に残念だ』
この音声データを聞いているのは自分だけなのだからすべてを伝える必要があると一字一句聞き漏らさないように晴一朗は静かに声に身をゆだねる。
『逆に君も問いたいことは山ほどあるだろう。しかし、これはあくまでデータだ。私の一方的な独り言なのだよ』
愉快そうなアイザックは話を続ける。
『では何のためにこんな馬鹿なの事をしているのかと言うと答えはこの先にある』
一息ついてアイザックは口にした。
『私には私なりに思うところがありとあるモノを作った』
晴一朗は息を飲み話に聞き入る。
『リベラアニマ。私の可愛い娘達だ。その中でも唯一の欠番になるはずだった娘がこの先に居る』
そのことを聞いて拳を強く握り締めた。
『もし、ここに人類が現れたならば彼女を託したいそう願って私はここで話している』
その声音は何かに縋る様で弱々しく感じた。
『願うことならば彼女に優しくしてあげて欲しい。人の営みの中で生まれなかったというだけで、彼女もまた私の可愛い。可愛い娘なんだ』
後悔している。そう言わないために必死に声を絞り出しているのではないか、そう思えるほどにアイザックの言葉は木霊する。
『ふははっ……。そう、可愛い娘達なんだ。なのに私はなんと業の深いことをしているのだろうな』
心の内が見え隠れするようなアイザックの言葉に晴一朗はそれに応えてやりたいと強く思う。
『すまない。今のは忘れてくれ。とにかく、この先に今だ眠っている私の娘を君に託したい。迷惑をかけることも多々あるだろう。嫌になることもあるだろう。だけれど、どうか見捨てずに優しくしてあげてくれ』
アイザックの言葉と同時に目の前の扉がゆっくりと開き冷たい風が頬を撫でた。
『それが私の最後の望みであり願いだ』
最後の言葉を残すとコードを引き抜いた様に音が途切れ再びタイルに光が灯る。
その上を晴一朗は歩いて行き、その奥で何かが視えたと同時にあたりの照明が点灯した。
傾けらた円柱のカプセル。
その中で一糸纏わぬ姿で少女が眠っていた。
ざくろ色の長い髪に整った顔立ち。
間違いなく美少女であることは確かなのだが首元に言葉を失う。
鋼色。
皮膚が構成されていないのか内部の機械部分がそのまま表に出ていてあまりのアンバランスさに口元を押さえてしまう。
それだけじゃない。
一糸纏わぬ姿に頬を染めることよりも先にいたる所に見受けられる焼け爛れた様な機械部の露出に痛々しさを感じる。
カプセルの側面の一部に薄い緑色をしたランプが点灯していた。
その辺りを調べるとOPENと書かれたカバーのされたボタンがランプの傍にある。
……本当にこれを押すべきなのだろうか。
このまま何も知らず眠りの中にたゆたう方が彼女のためではないのだろうか。
しかし、もしここで躊躇うのなら新たな重荷を背負う覚悟も無しに自分はここに居るという証明でもある。
逃げ出すくらいなら、やって後悔するべきだ。
決心のついた晴一朗はカバーを開けてそのボタンを押し込んだ。
『起動チェック、開始します。安全チェック―――完了。動力チェック―――完了。メイン回路チェック―――完了。No.366。[アルメリア・ペリドット]起動』
機械音声が停止すると同時にカプセルの蓋が白い煙を吐きながら開く。
完全に開ききったカプセルの中では未だアルメリア・ペリドットと呼ばれた少女は眠っていた。
唾を飲み込み静かに少女に近づき上着で体を覆いそっと頬に触れる。
「……暖かい」
目を開く事無く少女はそう呟きその手に頬ずりをする。
「おはよう。アルメリア」
晴一朗が名前を呼ぶとゆっくりと瞼を開き髪と同じ色の瞳を輝かせる。
「貴方は誰?」
「俺は桜真晴一朗。君の事を頼まれてここにいる」
言葉の意味を理解していないのかほわっとした様子で頬に触れた手に頬ずりをしている。
「……うん。分かった。晴一朗は私の旦那様なのね」
飛躍した回答に硬直してしまう。
「えーっと」
「暖かい。優しい声。落ち着く匂い」
アルメリアは晴一朗の手から腕に抱きついて上体を起こす。
「……晴一朗」
語尾にハートマークでもついているかのような声音に晴一朗は困惑する。
「と、とりあえずここを出ようか。他にも俺の仲間が待っているから」
「晴一朗が傍に居てくれるならいいよ」
一体何がどうしてこうなった。
雛鳥の刷り込みの様な現象が起きているのだろうかと心の中で頭を抱える。
「分かった。立てる?」
「……ん」
体を覆っていた上着が床に落ち、その姿に晴一朗は息を飲む。
痛々しさの残っていた体には傷一つ見当たらず見事なまでに綺麗な体をしていた。
はっとして晴一朗は自分の上着を拾いアルメリアに羽織らせると嬉しそうに上着に身を包み笑顔を見せる。
「手、握ってもいい?」
「あ。あぁ、いいよ」
そういって晴一朗が差し出した手をアルメリアが握る。
カプセルの外に出てアルメリアは晴一朗の腕にしがみ付く。
「行こうか」
小さく頷いたのを確かめて晴一朗は来た道を引き返す。
何のためにアイザックはここにアルメリアを眠らせていたのか。
その答えは今は誰にも分からない。
だから晴一朗はただ単純に託されたこの娘の為に出来ることをしてあげたいと考えていた。
光の道を歩みきり、天文台へ入ってきたで在ろう入り口の前に立つ。
『―――ありがとう。親愛なる人類の君。そして、アルメリア』
突然流れ出したアイザックの声に驚きアルメリアを抱きしめていた。
「はい」
名前を呼ばれアルメリアは返事をした。
『君は自由だ。誰よりも何よりも。だから幸せになりなさい』
「……はい、お父様」
この声の主が誰なのか、アルメリアはそれを理解していた。
『では、往くといい。さようなら、親愛なる人類の君と最愛なる我が娘のアルメリア。幸あらんことを』
音声が止まると目の前の扉が開き、冷たい風が吹き抜ける。
「……行ってきます。お父様」
アルメリアの言葉を聞いて晴一朗は握った手を強く握り返して天文台を後にした。
外に出ると十数メートル先に腕を組んでこちらを眺めているクロッカスの姿があった。
「あの人は?」
「クロッカス、俺の仲間で君の姉妹だ」
「姉妹……。クロッカスお姉さま」
確かめるようにそう呟き二人でクロッカスの方に歩み寄ると後ろのほうで地響きの様な音がして振り返ると天文台の周辺の大地がひび割れ大きな音を伴って海へとすべり落ちていく。
何も調べることも出来ずに天文台が海へと沈み往く様を眺めることしか出来なかった晴一朗は悔しさを残しながらもその景色に背を向けた。
クロッカスがその地響きに慌ててこちらのほうへ近づいてくる。
「早くこっちに来なさい!」
どうやらこちらの姿がクロッカスにも見えるようになっていたようだ。
「……はぁ。貴方って人は本当に厄介ごとを持ってくるのが得意な様ね。もう呆れるわ」
隣に居るアルメリアの姿を見てクロッカスは酷いため息を吐いた。
「ご、ごめん」
反射的に晴一朗が謝ってしまう。
「誤る必要はないけれど? それよりこの娘は誰かしら」
クロッカスが向ける視線の先にはアルメリアが居る。
「私はアルメリア・ペリドット。初めましてクロッカスお姉さま」
「アルメリア・ペリドット……。そう、初めましてアルメリア・ペリドット。私はホワイト・オパール・クロッカよ」
何か思うところがあったのかクロッカスはアルメリアの名前を呟いた。
『どこの誰か知らないけど親睦深める前に晴一朗は何があったか話して』
クロッカスの手から受け取ったチョーカーから聞こえた智恵の声は不機嫌さを隠そうともしてなかった。
また何かしてしまったのかと内心か頭を抱えるが天文台の中で何があったのかを晴一朗は説明した。
『そう。ふーん。で、その子が366番目の娘って事ね』
「No.366アルメリア・ペリドット。貴女は?」
『私はそこの間抜けな顔した男の姉よ』
なるほどと呟いてアルメリアは姿勢を正す。
「……初めましてお姉さま。私はアルメリア・ペリドットです」
聞いたからと呆れたように智恵が口にする。
「晴一朗とは夫婦です」
発言と共にすべての場が凍りつく。
『晴一朗?』
「待って姉さん、待ってくれ。俺の言い分も聞く余裕はあるだろ!」
「ずいぶん手が早いのね」
クロッカスは解っててからかう風にそう言って口角を上げる。
『言い訳は所で聞くわ』
悪乗りしてくる智恵に今度こそ本当に頭を抱えて困った風にする晴一朗。
その様子を見てアルメリアが晴一朗を抱きしめた。
「アルメリア?」
「晴一朗、私は―――」
アルメリアが何かを言いかけたがそれは聞きなれた声での悲鳴にかき消された。
「なっなな、なななな何をして居るのだ晴一朗に!」
先にフィールドワークを行っていたヴィクトリアと心が駆けつけ、最悪のタイミングで合流してしまった。
「マスター?」
張り付いたような笑顔を見せる心に晴一朗は何も悪くないのに背筋に嫌な汗を掻く。
「ハグ。晴一朗は私が好き。私も晴一朗が好き。だから何もおかしくない」
ふん。と自慢げに抱きついたままのアルメリア。
ヴィクトリアとアルメリアは互いに直感的に敵同士であると認識が一致していた。
「ぐぬぬっ」
真直ぐな物言いに羨ましさと悔しさを重ねてヴィクトリアは下唇を噛み締める。
その間に心は晴一朗に近づき後ろから晴一朗を抱きしめた。
「お主もか!」
「私もマスターのことは愛していますから問題ないです。ですよねマスター?」
いやとは言えぬと分かっていての行動にヴィクトリアはわなわなと震える。
「まぁ、嫌ではないけれど」
どうしてこうなったと晴一朗は頬を掻く。
その近くで気の抜けたようなため息を吐くクロッカス。
「もう好きにして。私は先にフィールドワークに行ってるから」
そういい残してクロッカスは森の中へと消えていった。
唯一の常識人が目の前から遠ざかっていくことを止めることの出来なかった晴一朗に残された選択はこの場ですべてが落ち着くまで耐えることだけだった。
「晴一朗! そなたも何か言わんか!」
「……もう好きにしてくれ」
To the next dive ... ?