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phase.3-5

.3-5


ガレージの中は女の子らしいとは少し言い難いものだった。

木製の壁の一面にはレンチやドライバーなどの工具を飾りつけ、その隣には赤を基調とした鉄の引き出しに奥は簡易ベッド。

反対の壁にハンガーで吊るされた私服の様なものも。インテリアのようでありながら言い知れぬ色気を感じる。

「いやー、探せば結構色々とあるもんだよね。結構凝ってきちゃって」

照れ笑いを浮かべながら中央に置かれたテーブルを囲うように置かれた椅子を引き座る。

「二人とも座りなよ」

クロッカスと晴一朗は視線を交わし椅子に座った。

「色々聞きたいことはあるけれど、まずは貴女はどうしてこんな所で生活しているのかしら」

腹の内を探りあうような事をせず単刀直入に言うクロッカス。

「理由は一つかな。これを誰かに託すためだよ」

そういってリンは立ち上がり鉄の引き出しから見慣れない長方形の板を取り出した。

「それは?」

思わず口走る晴一朗にクロッカスが視線で嗜める。

「私の『アイザック・メモ』、空間液晶型のね」

これには流石のクロッカスも目を丸くし、晴一朗は状況が飲み込めないのか逆に冷静になっていた。

「どうして、『アイザック・メモ』を託すためにこんな誰が何時来るかも分からないところで待っていたの?」

「私には時間は幾らでもあるし、探すより待つほうが楽でしょ?」

当たり前のように言ってのけるのだから価値観の差異に言葉を迷う。

「それにほら、ちゃんと見つけてくれたじゃない。君達が、ね?」

そこを言われると反論の余地の無い晴一朗は頬を掻いて誤魔化すように視線を逸らす。

「……つまり、それを私達に譲ってくれるのかしら?」

最も知りたいことを容赦なく切り込むクロッカス。それに対してリンはあっけらかんとそれをクロッカスに手渡した。

「そのつもりで誰かを待ってたからね」

なんとも拍子抜け。クロッカスは逆に困った様な表情を浮かべていた。

それに対して晴一朗はそれよりも気になる事があった。

「この後は君はどうするの?」

晴一朗の背負う物がそれを問いかけた。

「色々考えては居たんだけどやっぱり旅かな」

そういってリンはガレージの入り口に立てかけられた自転車を見つめる。

「元々『アイザック・メモ』なんて無視してこの広い星を、海を、大地を旅してみたかったんだ」

リンの口からは自らの夢が語られる。

「この星は言わば生まれたばかりだし。誰も居ないし誰もしらない。そんな場所だらけの世界で旅が出来るんだからやらなくちゃ損じゃない?」

楽しそうに話すその姿は子供のようだ。

「だから私は旅がしたいの。ずっとここで待っていた分だけもっともっと自分でいろんな場所へ行ってみたいと思ったの」

ここが嫌いなわけでもなくただ単純にそうしたいと願ってリンは待ち続けていた。

言いたいことは言い終えたのかほっと一息ついて晴一朗を見つめる。

「ようやく、出会えた人も悪い人じゃなさそうだし。安心して人類の未来は託せそうだし、よかったよかった」

その言葉に晴一朗は聞きたいことが出来た。

「本当に俺達でいいのか?」

自分が間違っていることをしているつもりが無くともそのすべてが正しいとは限らない。

故に晴一朗は真意を聞きたかった。

「いいよ。私は悪人でも善人でもそれを渡すつもりだったから」

返す言葉に詰まる晴一朗はリンの目を見つめ返す。

「やっだなぁ、そんな怖い目しなくてもいいでしょ?」

困った風にリンは言って指で唇を撫でた。

「だって自由気ままの旅がしたくてもそんな重荷背負ってたら、こう、もやもやするじゃん?」

言いたいことを理解した晴一朗は気が抜けたのか肩を撫で下ろす。

「ごめん。ちょっと情けないな」

バツが悪いのか晴一朗はリンから視線を逸らす。

「いいよいいよ、気にしてないからさ。それよりも」

ズイッと身を乗り出してクロッカスと晴一朗の眼前に迫るリン。

「二人の話も聞かせてよ! 久しぶりに誰かと話すから色々とわくわくなんだよね!」

そこから数時間、根掘り葉掘り話をすることなり、気が付けばヴィクトリアと心も合流しチョーカーの向こうのオペレーター含む三人も追加され、ちょっとした女子会になっていた。

当然居た堪れなくなった晴一朗は隙を見てガレージから逃げ出した。

ポータルの設置を終えている方角へと一人、日が沈む森の中を歩く。

「弄られるのがわかっててあそこに居られるほど俺は人間出来てないよ」

誰かが聞いている訳も無く独り言を口にする。

適当な石に腰掛けて沈み行く太陽を眺める晴一朗。

「旅か……」

リンの語る夢を思い出していた。

この星のすべての景色や場所に一番最初に足跡を付けると考えるとうらやましく思えることだった。

それが出来るのはやはり飲食や睡眠を必要とせず人なら即死する怪我でも死ぬことの無い肉体があるからだろう。

するしないは別にしても文字通り裸でだって何処へでもいけるのだから本当に身軽だ。

だとすればやはり『アイザック・メモ』の存在が精神的に重荷になってくるのはその通りだと思う。

取り止めも無いことを晴一朗は沈み行く太陽に照らされ考えていた。

そのせいで迫る人影に気が付いていなかった。

「こんな所で一人何をしておるのだ?」

声を掛けられて晴一朗は振り向くと、そこには体を抱きしめるようにして腕を組むヴィクトリアの姿があった。

「ちょっと考え事をね」

嘘はついていない。最も目的は違ったが。

「うむ。そうか」

そういってヴィクトリアは晴一朗の隣に座り体を寄せてくる。

肩が触れ合うとヴィクトリアの体温を感じ、さっきまでの自分の考えていたことに対する浅ましさに自己嫌悪する。

たとえ体が機械で在っても彼女達は人間なんだと、それを認識すると自分自身が嫌になっていた。

「そなたはどう思う?」

不意にヴィクトリアが晴一朗に問う。

「余たちリベラアニマをどう思っておるのだ?」

まるで心を見透かしたような質問に晴一朗は視線をヴィクトリアの反対側に逸らし口にした。

「普通の人より少し丈夫な体の女の子だと思ってるよ」

そう、ただ偶然に体が骨と肉じゃなかっただけなのだ。

それを利点などと思いほんの少しでもうらやましく思えたことが情けなくて晴一朗はヴィクトリアを見れなかった。

だが、ヴィクトリアは思い人から自分が恋愛対象に含まれる可能性があること口にされて喜びを胸のうちで膨らませていた。

晴一朗が見栄やお世辞でそんなことを口にしないと思っているからこそ何よりも価値があると信じられる。

「では余がこうして傍に居ると意識してしまうという訳だな」

意地悪っぽくそういうが内心は口から心臓の様な何かが飛び出そうなくらいに緊張している。

「っ! まぁ、ヴィクトリアは綺麗だからね」

ヴィクトリアの言葉で距離の近い異性だと晴一朗は意識すると照れ隠しのように答えた。

「余が美しいのは当然であるが。そうか、うむ。うむ。うむ」

壊れたようにうむ。とだけ繰り返すヴィクトリアは顔が真っ赤になっていく。

心を惹かれた者に綺麗と言われるだけでこれほどまで嬉しいモノなのかとヴィクトリアは感銘を受けていた。

体中が幸せで溢れるような満ち足りた感覚に溺れる様に飲み込まれていく。

「ヴィクトリア?」

様子のおかしいヴィクトリアの方を向こうとするとそれを気取ったヴィクトリアは立ち上がり晴一朗に背を向ける。

「よし! 晴一朗!」

声を上げてヴィクトリアは森林の向こうに見える建物を指差す。

「帰るぞ!」

「どうしたの急に」

いきなり訳の分からないヴィクトリアに晴一朗は困惑する。

「実はな、リンは先ほど旅立ってな、『アイザック・メモ』は余が預かりそなたと二人で戻る予定になっていたのだ」

「そうなの?」

「そうである! そなたがチョーカーのスピーカもマイクもミュートにしておるから余が迎えに来たのだ」

ついでに少しだけ晴一朗と二人っきりになりたかったのもあった。

「あっ、ごめん。忘れてたよ」

そういって晴一朗はチョーカーを弄りサウンドを入れる。

『―――やっと繋がった』

「もういいの?」

『まぁね。それはそうと、さっさと帰ってきなさい。夜は流石に危険だから』

智恵はそういってオペレータ二人に指示を出してサルベージの準備を始めている。

「では行くか」

そういってヴィクトリアは廃墟へと歩いていく。

そして、その隣を晴一朗が歩く。

「ヴィクトリア」

「どうしたのだ?」

「ありがとう」

意味が分からなかったヴィクトリアは立ち止まり、歩みをやめず先を行く晴一朗の背中を見つめていた。

「それは余の言葉である」

小さく呟いて微笑みその背中に追いつく為に走る。

「礼を言わなければ成らぬほど思うことがあるのであれば余の為に何かしてくれても良いのだぞ?」

「……じゃあ」

震えた様な声で晴一朗は口にしてヴィクトリアの手を取って繋ぐ。

「なっ!」

想定もしない晴一朗の行動にヴィクトリアは言葉を詰まらせる。

「ほら、寒いだろ?」

夜風が確かに肌を裂くようではあるが、これはあまりにも。

嬉しさで訳が分からなくなりそうなヴィクトリアは握られた手を握り返し口角を上げる。

「そなたとて寒いのだろう?」

それもあったがそれ以上に晴一朗はヴィクトリアと言う少女を強く人として意識したくてそうした面もあった。

何も自分変わらないとより理解するために。

「まぁね。ヴィクトリアは寒いの苦手じゃないの?」

「あまり好むものではないが。嫌いでもない」

こうして手を繋ぐことも出来るのだから一概に否定することも無かろうと頷く。

「……そうだね」

晴一朗もまた、こうして手を繋ぐことは出来るのだからと考えていた。

互いに口にはしないが思うところは同じものだった。

何時の時代、どれだけの時を重ねても尚変わらぬ星の輝きが二人の道を照らしていた。


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