phase.3-2
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「今回の件で分かったと思うが第一界は少なからず危険の伴う場所だ」
先日の件で田処に晴一朗は呼び出され司令室に居た。傍には智恵の姿もある。
「はい。正直死んだと思いました」
素直な感想を口にすると田処は困った様な顔をする。
「そうだろう。だがもし、少しでも君が探索に参加する意志があるならば今後も彼女達と行動を共にしてほしい」
意外な言葉に晴一朗はきょとんとして智恵は明らかに嫌そうな顔をしていた。
「つまりそれは」
「正式に君をここで職員扱いで雇いたいと言うことでもある」
田処の本心が見えず晴一朗は回答を戸惑う。
「どうしてですか? はっきり言うと俺みたいな一般人よりそういうプロ的な人間が居るならそういう人に探索を支援して貰うべきかと」
当然の疑問に田処は頷き智恵がため息を漏らす。
「理由は幾つもあるがまず一番が秘匿性の問題と前も言ったがそれ故に信頼できる人物である必要がある。それに加え君と行動を共にする三人が許可する必要がある。あの場所でメインに動くのは彼女達だ。彼女達が良しと言わなければならない。そして彼女達は今まで誰一人共に行動することを良しとしなかった。主にヴィクトリアがだが。他の二人に関しては自分の身は自分で守れるならどうぞと言うスタンスで正直取り付く島が無くてね」
明らかに智恵が不機嫌な顔で視線を適当な所へ向けていた。
「だが、君に関してはヴィクトリアのほうから共に行きたいと進言してきたのだ。正直我々としても一人でも多く第一界へ行ってもらえるのは助かる。故にあの時許可したのだ」
なるほど、そういう理由があったのかと晴一朗は納得していた。
「いや、話がそれたな。まぁつまりはだ。君以外に適任者が居ないと言う訳だ。故にお願いできないだろうか」
「アタシは反対ですけどね」
ぼそっと素のままで智恵が田処の提案にけちをつけた。
「……智恵君の気持ちも理解できる。しかし、彼以外に望める人材が居ないのも事実だと君も分かっているだろう?」
両者の言い分も納得できるところであるのに間違いは無い。
職員と言う立場以上に家族として晴一朗の心配に軍配が上がってしまう。
「姉さん」
二人が口論になる前にと晴一朗が口を挟む。
「なに」
「俺やるよ」
その言葉を絶対に言うと分かっていたからこそ智恵は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「心配してくれいてるのも分かるよ。でも俺も行きたいんだ」
もう二度とあの少女の様な娘を出さないためにも、少しでもできることがあるならやれる限りのことをしたい。
口にすることは無かったが晴一朗の思いはそこにあった。
「知ってる。知ってた。知ってたから。馬鹿。馬鹿馬鹿。大馬鹿」
言いたいことは山ほどあったが言っても聞かないのを知ってるから智恵は怨み節を吐いて司令室を出て行った。
「すまない。君にも智恵君にも」
申し訳なさそうに口にするが晴一朗は田処の提案が無かったら自分から頼み込みに来るつもりだった。ただ誰が主体に動いたかの違いだけ。
「いえ。それより、今後の待遇と言うか。行くのは問題ないですが、俺まだ学生なんで放課後と休みの日しか対応できないですけど、どうなりますかね」
あくまで学生、せめて高校くらい出ないと両親に申し訳が無い。
「その件だが、学校のほうを優先してくれたまえ。基本は休日に君に動向してもらう方向で行こうと思っている。はっきり言ってこの仕事は一年二年でどうにかなる話じゃないのでね」
確かにまだまだ先は長いと晴一朗も理解しているがふと気になることが出来た。
「ちなみにここでの探索のゴールというと何処になるんですかね」
それを聞くと田処はまたもや困った風にするが今度は笑っていた。
「理想は『アイザック・メモ』すべての回収。だが第一界は広い。何せ分かりやすく言うならもう一つの地球だからね」
あぁと晴一朗は田処の表情の意味を理解した。
この広い世界と同じ規模で何処に何があるか分からない状態で365個に分かれた『アイザック・メモ』を探すのだ。簡単には終わらない。
確かに一人でも人員がほしいと言うのは切実だと理解した。
「それはそうと、晴一朗君」
「はい」
「今日から正式に探索班としてよろしく頼むよ」
そういって田処は握手を求めて、それに応じる晴一朗。
「さっそく出鼻を挫くようだけど今日はもう帰りなさい。昨日は本当に危なかったからね。両親には私のほうから伝えてあるから怒られることは無いだろう」
「わかりました。今日はこれで失礼します」
頷いて田処は晴一朗が部屋を出て行くのを見守ってディスプレイのほうを見る。
「すまないな」
画面の向こうには白衣の男の姿が在った。
『いや、君から連絡があった時にこうなると予想はしていたから気にはしてないさ』
呆れたように微笑む男は桜真仙次郎。晴一朗の父親であり位相世界の第一人者でありこの件の陣頭指揮を取る立場でもある。
「そういってもらえると助かるよ」
『それはそうと、息子を頼む』
「無論、私も出来る限り事はさせてもらうつもりだ」
『あぁ、期待している。おっと、そろそろ会議の時間だ。やれやれ、私のような学者を捕まえて会議会議とは困ったものだな』
じゃあ頼むと言い残して通信が切断される。
「皮肉なものだな、親子共に未知の世界に魅入られるとは。いや、親子だからか」
口角を上げて田処は冷めた珈琲を啜る。
「……砂糖を入れ忘れたな」