phase.2-4 b
激情を抑えきれずに無言のまま刃を突き刺したのは心だった。
「お前は何を泣いている?」
抉るように刀を捻り引き抜く。
それでも尚泣き続ける蜘蛛少女の姿は心の激情をさらに買うこととなった。
「お前がそれをやったんだろ」
突きつける言葉ともに足を一本切り落とす。
「お前が! マスターをッ!」
正気とは程遠い激情をむき出しにして幾度も刃を振り下ろす。
「やっと!私の!マスターと!出会えたのに!」
心も彼女と同じく涙を流しながら刀を振るう。
「私のマスターだ! 私のやっと出会えた運命の人だ! なのに! なのに! お前みたいな奴になんでマスターが殺されなきゃならないんだ!」
反撃することも喚く事もなくただ涙を流す彼女は上半身と下半身を切り離されようやく自らが刻まれていることに気がついた。
それは彼女にとって死を得た瞬間であり、人に戻れた瞬間でもあった。
上体だけで這うように晴一朗に近づき右手を伸ばして頬を撫で糸を解く、そのとき微かな吐息に気がつきまた涙があふれ出た。
「私ね。やっと、一人ぼっちじゃないよ」
抱きつくように両手を晴一朗の首に回して唇を重ね、とびっきりの笑顔で微笑んだ。
それと同時に心が首を刎ねた。首を落とされた胴体は力なく手がすべり床に衝突すると砕けて散っていった。
最後の最後に彼女は本当に人に戻り、孤独で無くなった。
彼女が救われた瞬間、心は膝から崩れ落ち刀を手放す。
駄々をこねる子供が最後にうずくまって泣き出すように膝を抱えて心は大泣きしだす。
「マズダー! マズダー!」
心の泣き声が辺りに響く。気を失い酸欠状態の頭にきたのか晴一朗が目を覚ました。
「……っん。がはっ、えほっげほっ! うぇっ……? あれ生きてる」
自分でも予想していなかった事態に晴一朗が驚いていると目の前では泣き崩れている心の姿と大きな砂の塊がそこら中にあった。
「心? どうかしたのか?」
晴一朗の問いに心が顔を上げた。
「マズダーがしんじゃいましだぁぁぁ!」
「いや、まだ生きてるみたいだけど」
「ふぇっ?」
目元をごしごしと擦って心が晴一朗を見つめる。
「あっ! あっ! あ゛ぁぁ゛ああ゛ぁ゛! マスタぁぁ゛ぁぁ゛ぁぁぁぁ゛ぁぁ゛!」
勢いよく飛びついてくる心に晴一朗は内臓にダメージを負う。
「ずみまぜん! もう二度とお傍を離れませんから! みずでないでぐだざい!」
泣きながらそういうものだから頭を撫でて見捨てないよと優しく諭してやると尚のこと泣き出されてどうしたものかと困り果てていると。
「どうやら余たちは出遅れたみたいであるな」
安心した様子のヴィクトリアと面倒なといった顔で心を見るクロッカスの姿あった。
そうしてようやく晴一朗はほっとしたのか辺りをきょろきょろと見回す。
「あの、蜘蛛の形をした娘は?」
分かっていても口にせずには居られなかった。もし、あの娘が逃げたのなら一言でもいいから言葉を交わしたかった。
だが、その望みは満面の笑みを浮かべた心の一言で打ち砕かれる。
「アレなら私が殺しました!」
悪びれた風でもなくむしろ褒められると思っているのか無邪気な笑みを浮かべている心に晴一朗は戸惑いを隠せず、思わず抱きしめて頭を撫でていた。
「あっ! マスター、その。えへへ」
嬉しそうに晴一朗の肩に顔をうずめる心に対して晴一朗は今にも泣きそうな顔をしていた。
顔を見られたくない。ただその思いで晴一朗は心を抱きしめていた。
その様子を見ていたヴィクトリアは晴一朗の横顔に言葉を詰まらせる。
「はいはい。乳繰り合うのはそれくらいにして、貴方怪我はないの?」
手を叩いて雰囲気を切り替えるようにクロッカスが晴一朗に声を掛けた。
正直に言うと両手足は擦り傷だらけだが我慢できないほどじゃない。
「怪我と言うと首元が少し火傷してるかな。チョーカが壊されたときに火花が散ったみたいで」
痛むところを擦るがそれほどまで痛いわけではなく軽症のようだ。
「そう。とりあえずポータルをここに設置するから心と一緒に帰りなさい。チョーカー無しじゃ不安でしょ」
クロッカスは手に持ったポータルを床に置き先端を回転させて蓋を取るとその中のボタンを押す。
するとポータルは花開くように形を変え床に突き刺さり、起動した。
「起動するとそんな風になるのか」
「そうよ。システムチェックに十分ほどかかるけど、まぁサルベージに支障は無いでしょうから早く戻りなさい」
その言葉を聴いて晴一朗は納得して立ち上がり、心を抱き上げた。
お姫様抱っこである。
「わわっ!」
嬉恥かしの様子の心は顔を真っ赤にして晴一朗に抱きついていた。
「クロッカス、悪いけど先に帰らせてもらうよ」
早くしなさいといった風に肩を竦めてヴィクトリアと共に屋上から飛び降りて行った。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
晴一朗は屋上の入り口から校舎に入り、一番近くの扉の残っていた部屋に入ると心がチョーカーの通信を入れる。
「聞こえますか?」
『うん聞こえてる。さっきからね。今からサルベージのシグナル送るから』
それを聞いて心は晴一朗を見つめる。
「じゃあ。お願いしますね、マスター」
そういって心は初めてヴィクトリアとサルベージされた時と同じように気を失った。
サルベージは一人でしか行えず今の心は動かない。電源を切った状態であり、この状態でしか二人で帰ることは出来ない。
『シグナル確認。いつでも行けます』
それを聞いて晴一朗はよっと飛び上がり位相世界との接点を切った。