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phase.2-4 a

.2-4


訳も分からず捕獲された晴一朗は長い距離を引きずられ手足が擦り剥いて痛いし両手足を白い糸で縛られていた。

磔刑に処される死刑囚のように縛られている。その糸を引きちぎろうとしたがビクともしない恐ろしく頑丈、まるで鋼の糸だと諦め辺りを見回す。

場所は廃墟と化した学校の屋上。 他の木々より背が高いために何処よりも当時の面影を残す場所だった。

状況診断が出来る程度には意識ははっきりしていることを晴一朗は確かめてさらに状況判断を進める。

幸いなことにチョーカは未だ無事で向こうからの音が出ないように引きずられているときにミュートにしておいてよかった。

だが、一体どういう目的でこんなところまで連れてこられたのか。

その答えを晴一朗は導き出せないでいた。

考えても答えは出ないと悟り静かに息を吐く。時間は今は自分の味方だと思うことで静かに流れるこの時を乗り越えようとしている。

「お待たせ」

その言葉に体をビクつかせ、声の主を見る。

「何を脅えているの?」

蜘蛛の下半身に腰から上が蜘蛛の頭部に移植された上半身。何処からどうみても悪趣味な蜘蛛女だった。

「少しおどろ―――ッ!」

少しばかり見栄を張ろうとした途端開いた口に白い糸が巻きつけられる。

「誰が喋っていいって言ったの?」

そういって大きな体躯を揺らし近づいてくる。どれだけ人の部分が残ろうとその見た目の恐怖が圧倒的に上回る。

「ねぇ、私は醜い?」

喋れないようにしたくせに質問攻めとはなんとも倒錯した思考の持ち主だと思うがその答えを晴一朗は出せなかった。

見た目は確かに異形の塊だが不安に揺れ、怒りが見え隠れするその表情はあまりにも儚げで息を飲むほどであったから。

「そう。やっぱり、そう思うのね」

細く長い指先が輪郭をなぞり首筋に降りて行きチョーカーに触れる。

「男の癖に女々しい趣味」

首筋に電流が走り焼ける様な痛みを感じると彼女の細い指に黒いチョーカーが引っ掛けられていた。

最後の希望が打ち砕かれる瞬間に晴一朗は言葉を失うが顔に出さないように必死だった。

「邪魔なのこれ」

引っかかったチョーカーをグラウンドのほうへ投げ捨てた。

「ねぇ、聞いてる?」

晴一朗は問いに頷く。

「そう。なら聞いてよ」

細い指が首に巻きつくように触れる。

「私がどれだけ辛かったか。寂しかったか。怖かったか」

右手の人差し指に圧を感じる。

「貴方をどれだけ怨んでいたか分かる?」

そのとき晴一朗は意味が分からずに硬直した。一体自分が彼女に何をしたのかと頭の中で必死に可能性を探していた。

「知らない森の中で一人眼を覚ました恐怖が分かる?」

左手の人差し指に圧を感じる。

「体の感覚がおかしくてパニックになって這ってでも動こうとしたのに体が重たかった、そして気がついたこの醜い体に」

紡がれる言葉に晴一朗は息を飲む。

「怖かった。誰も居ない自分一人、目が覚めたら怪物になっていた。それがどれだけ怖かったか分かる?」

右手の中指に圧が掛かる。

「醜い体で、誰も居なくて、見知らぬ場所で。夜も怖くてずっと震えてここに居たの。誰か私を見つけてくれるかも知れない。誰か私を知っているかも知れない。そう願って」

左手の中指に圧が掛かる。

「でもずっと、ずっと、ずーっと誰も来なかった。一人でずっと待ってたの。お腹も減らないし眠たくも無いからずっと、じっと隠れて待ってたの」

右手に薬指の感触が鮮明になる。

「ねぇ、どうして誰も来ないの?ねぇ。そう言葉にすることもなくずっと怖いのを我慢して待ってたの」

左手の薬指の感覚が鮮明になる。

「でも我慢できなくなって死のうと思ったの。死ぬために色々やったの。屋上から飛び降りてみたり、首を釣ってみたり、大きな木の下敷きにもなった」

言葉を詰まらせる彼女の眼から涙が零れた。

「死ねなかったの。何を試しても死ねなかったの。そこで私はようやく自分が化け物になったって気がついたの。餓死もしないし不眠で動き続けても問題ないし何をしても死なない。私は私が怖いのに誰も助けてくれない!」

感情の捌け口を見つけたように彼女は言葉を吐き続ける。

「一人で寂しくて泣いても!怖くて助けてほしくて叫んでも!誰も、誰も来ない。誰も助けてくれない。ずっと一人ぼっち。どうしようもないの。ねぇ、どうして私をこんなにしたの?」

右手の小指が首を締め付ける。

「貴方が私をこんな風にしたのはなんで? どうして私はこんなに辛い目にあわなければならなかったの!?」

左手の小指が首輪締め付ける。

「朽ち果てることも出来ない体で一人ぼっちで彷徨う気持ちが分かる? 生きることがこんなにも怖くて辛くて寂しいなんて知りたくなんてなかった!」

両手の親指が食い込んでくる。

「答えてよ。貴方が、貴方が私を作ったんでしょ!」

そこでようやく晴一朗は点と点がつながった。彼女は俺をアイザックと勘違いしているのだと。

確かにヴィクトリア達三人と行動を共にする人間となれば確かにそう勘違いしてもおかしくはない。

だがそれを言葉に出来ない。口を塞がれているからでもなく、彼女の孤独を口で理解したなどと言って終れる訳じゃないからだ。

ここまで一人でずっと待っていたんだ。ならば彼女は報われなくてはあまりにも可哀想だ。

「――――――――――――ッ!」

頭の血管がはちきれんばかりに右手に力を込めて必死に糸から抜け出そうとする。

その様子を見て彼女は泣きながら嗤った。

「少しくらい抵抗してもいいよ」

ふっと右手が軽くなり右手が視界に写った。

それは自らが人間程度の力で傷つかないと自負しているからだ。抵抗など無意味だと絶望を叩きつけるために。

急に首を締め付ける力が強くなり、無意識に右手がそれを引き剥がそうと抵抗する。

「ふふっ。ふふっふははっ。あはははははははははははははははは!」

狂喜に満ちた笑いが木霊する。

そこで晴一朗は自らの意識と引き換えに最後に彼女のことを救わなくてはと強く思った。

朦朧とする意識の中、研ぎ澄まされたように右手だけ意識が残っていた。

ゆっくりと伸ばす手が彼女の瞳に近づいていく。

そっと指先で彼女の流れる涙を拭い頬を撫でる。

「えっ?」

予想しなかった晴一朗の行動に両手から力が抜けた。

しかし、それは遅く意識は遥か彼方へと飛んで行きそれでも彼女のために晴一朗は微笑んで気を失った。

頭を垂れ、釣られた体は力なくぶら下がりそれはまるで死んでしまったかのようだ。

撫でられた頬を指でなぞり彼女は目を泳がせる。まるで意味が分からない状況だった為に。

殺そうとした相手の涙を拭う必要が何処にあるのかと、何故頬を撫でて笑って居たのか。

そこでようやく彼女は自らの震える手に気がついた。

「あっ……」

血で染まっていないだけで彼女の手には首を絞めた死の感覚がこびり付いていた。

思わず後ずさり首を横に振る。違う、違う、違う。私は化け物じゃないのに!

「いや、違うの。だって、私は人間だもの」

人を吊り下げ首を絞めて殺す。これが本当に正常な人間のやることか?冷めた思考は徐々に自らの過ちを攻め立てる。

彼女は心まで、一人ぼっちで泣いていた少女の心さえも怪物と成ろうとしていたことに気がついた。

それを晴一朗がその身を挺して救ってくれたのだと彼女は思った。

「ごめん……なさい。そんなつもりじゃ……だってずっと一人で寂しくて……」

そう。また一人ぼっちなってしまったのだ。

誰も居ない。話すことも笑いあうことも涙を拭われることもない。ただひたすらの孤独。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 待って! 行かないで!」

初めて人の首を絞めて目の前で気を失ったのだ。それが死んでしまったと思い込んでも仕方のないことだった。

「私を一人ぼっちにしないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

涙を溢れさせすがるように晴一朗に近づいていく。

目の前が霞んでよく見えない。どうして、ねぇ。もう一度その指で私のことを慰めて。

我慢できずに彼女は泣き崩れ両手でその顔を隠す。

そこに、一つの影が現れた。音もなく刃が彼女の背から心臓を貫いた。


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