キャンディー
あ、よかった。屋上にいた。
そんな声が聞こえてきた。
森村の声だった。
「昨日雨降ったでしょ?屋上濡れてたらいないかと思った!」
森村は柔らかく笑うと、小さな袋を月哉に渡した。
「飴平気?」
「飴平気。」
そう言うと、少し微笑んで隣に座る。
いつもみたいな元気はない。
「どうした?」
「え?なんで?」
「なんか元気ない。」
「元気だよ。なーにいってんの。」
そんな言葉すら空元気に聞こえた。
それからいつもより月哉にぴたりとくっついた。
「嫌がってよ。先輩優しすぎるんじゃない?」
月哉は、たしかにそうだ、とおもった。
でも、拒む理由が見当たらなかった。
なぜ森村を拒めないのか、自分でもわからない。
ただ居心地が良い。ただそれだけの理由じゃ駄目だろうか。
それから、ふとこの前の食堂での会話を思い出した。
「なあ、森村さん」
「なに?」
「お前、前にさ運命の人に会いたいって言ってたよな。」
「うん。」
「それって、室さんの彼氏だったの?」
森村は黙って月哉を見た。
それはひどく驚いていて、さらに傷ついているように見えた。
でもすぐに下を向いて、小さな声で喋りだした。
「先輩もあたしを悪者にするの?」
その瞳は揺れていて、今にも泣き出しそうだった。
「しないよ。俺、森村さんの味方だよ。約束する。」
隣に座る森村は小さかった。
薄汚れたスカート。ボロボロの上履き。
「あたしがなんでいじめられてるか、先輩は知らないもんね。
どっかできいたんでしょ?あたしの悪口。」
運動部の人は大抵知ってるの。
でもなんでか先輩は知らないの。
どうして?どうして先輩は知らないの?
あたしの悪口みんな言ってるよ。
みんなあたしが悪いってことになってるんだよ。
噂話ってすぐに広がるんだね。
悪意が込められてるものってあっという間に知れわたるんだね。
その言葉はひどく重く感じた。
「でも、それは真実じゃないよ。」
月哉は言った。
森村と話すうちに、森村は悪い子じゃないとわかった。
いつもふらりと現れて、ふらりと帰ってゆく。
森村からは、誰かの悪口を聞いたことがなかった。
見た目以外にマイナスな点は無かったように思える。
「俺、噂とか興味ないし。ただ、たまたま聞こえたのが森村さんの話だから気になっただけ。
俺はね、森村さんのこと悪い子だなんて思ってないよ。
大体初めて会った時、お前いじめがどうこうどころじゃなかったじゃんか。あんなずぶ濡れなやつ見てお前が悪いなんて言う方がおかしいんじゃないの?」
森村の頬にこらえていた涙が伝わった。
月哉はゆっくりと森村の背中に腕をまわした。
ぎゅっと抱き締めたら折れちゃいそう。こんな小さな体に苦労が詰め込まれているなんて。
「ごめんなさい。」
「どうして謝るの?」
「先輩が優しいからっていつも先輩のところに図々しく遊びにきたりして。」
「俺は駄目なんて言ってないよ。」
「でも、駄目なの・・・・・・。」
「なんで?」
「駄目なものは駄目なの。」
月哉はただ森村が泣き止むまで抱き締めていた。
「ねえ、今さらだけど名前は?」
「名前?」
「下の名前。」
「キサト。」
「キサトちゃんね。」
「キサトでいい。」
「キサトね。覚えた。」
森村との会話は、この日が最後だった。
それからしばらく、森村は現れなかった。
数日後、靴箱には瓶に入ったキャンディと瓶につけられたラベルにメッセージがついていた。
差出人は書いていなかったが誰からかはすぐわかった。
カラフルで手作りで、こんなにも細かな模様の描かれた飴。
森村だ。
『先輩が幸せになりますように。』




