クッキー
月哉はまた屋上にいた。
それから空を仰いだ。
まだ少し肌寒い季節だからか、屋上は人が少ない。
「だーかーらー!なんで教室にいないの!?」
それからまた、森村が来た。
そしてまた、少しふくれた顔をしていた。
「いいだろ、別に。」
「まあ、こっちもその方が助かるけどね。」
森村は隣に座った。
膝を抱えて座る森村は小さい。
「スカート汚れるよ」
「もうボロボロだからいい。」
「もうボロボロってまだ1年だろ」
そう月哉が言った時だった。
「青柳先輩」
森村は月哉の方を向いた。
それから、小さな包みを渡した。
少し香ばしい臭いがする。
「あのね、あたしがあんな目にあってて、誰かが助けてくれたことって一度もなかったの。
まあ、あんなに派手にやられたのはあの時が初めてだったんだけど。でもね、先輩はすぐ手助けしてくれた。
だからあたし、すごく感謝してるよ。
誰か一人でもあたしの心を守ってくれるだけでこんなにも世界が違うんだって思った。
今だって、あたしのこと追い返さないじゃん。」
ふんわりと笑った森村の顔に、悲しみが隠れているように見えた。
作り笑顔じゃない。でも、なんだろうこの違和感。
何故かそれが気になった。
「じゃあね。」
そう言って立ち上がった森村の手を、月哉は引っ張った。
「え?」
「お前、自分のことだけ解決してくの?」
「先輩悩みあるの?」
「あるよ。俺だって!」
思わず大きな声を出してしまった。
そんな月哉にびっくりしたのか、森村は目を大きくして驚いていた。
森村は月哉に隣に座り直した。
「仕方がないなあ。」
月哉はイノリのことを話し出した。
それから自分が何故屋上にいるのかも話した。
「イノリのラジオを聞くと、自分が自分でいられる。
誰かのイメージにとらわれたりしない。そのままで。
でも、みんな引くだろ!?俺が声しか知らない相手にこんなにぞっこんなんて。
しかもネットの中の人だなんて!本気で好きだなんて。
でも現実で俺をちゃんと見てくれる人いねえもん。
なのにコクってくる人ふったらふったで文句言われることあるし。」
月哉はそう言ってがっくりした。自虐的だった。
誰かにイノリの話をしたのが初めてだった。
森村は隣で静かに聞いていた。
そして、口を開いた。
「好きなものは好き。それのどこが悪いの?」
森村はそう言った。
その顔は大まじめだった。
「いいじゃん。好きでも。ネットだってなんだって、好きになるのは悪いことじゃないよ。」
何故かその目が月哉は離せなかった。
そして、何故かとても落ち着いた。
「この前も言ったけど、先輩も普通の人なんだね。
普通に恋して、普通に人を愛せる。
あたしも出会いたいなビビってくる人に!運命の出会いが欲しい!!」
森村ははにかんだ。
月哉はそれどころではなかった。
何となくニュアンスが似た感じがした。
イノリのこの前の放送に。
「森村さん、運命の人に出会いたいんだ・・・・イノリと同じなんだね。」
「え?そうなの?」
「うん。」
「似た考えの人もいるもんなんだなー」
月哉は心のなかで思った。
たった一人でも自分の気持ちを守ってくれるだけでこんなにも世界が違うんだと言った森村のその言葉を、そのままそっくり返したかった。
好きなものは好き。それのどこが悪いの?
月哉はその言葉を心のなかで復唱した。
それから、森村がくれた袋を開けた。
中身はクッキーだった。
口に入れるとバターの香りが広がった。




