女神の水晶はもう何も映さない。
「なんで、なんで、何でこうなるのよ?」
勇者は死ななかった。
勇者と共にあった女騎士は、咄嗟に勇者を庇い、自らの身で神風を受けた。
勇者と共にあった女魔導士は、飛び散る破片や爆風から、勇者を魔法障壁に包んで守った。
勇者と共にあった聖女は、それでも傷ついた勇者を素早く治療した。
しかし、勇者は、上半身を無くした女騎士を見て、
爆風で皮膚が爛れた魔導士を見て、
破片で、右目を失った聖女を見て、
怖くなって逃げ出した。
そう勇者は全力で逃げ出した。
勇者の与えられた身体能力を最大限に使って。
女神、アナスタシアは見ている。
勇者が逃げ出して、砲弾無効の加護を失った聖女神教連合軍が、砲弾、銃弾の猛威で崩れ去っていく様を・・・
勇者の取り巻きだった、身を挺して勇者を護った彼女たちは、勇者が逃げて絶望しただろうか?
いや、しなかったかもしれない。
何故なら、勇者が逃げ出して、真っ先に彼女たちが吹き飛んだから。
魔王は何をしたんだろう?
彼女たちが居た場所に、巨大な穴がある。
数十メートルに達す巨大な穴だ。
その穴を作った爆炎と、爆風が数百メートルに渡って、連合軍を薙ぎ倒す。
そして要塞の左右から、魔王の戦車が吐き出され、火を噴いて連合軍をさらに薙いでいく。
突然、加護を失い、何が起きているのか?判らぬままに兵士たちは死んでいく。
事態を把握した連合軍の王や諸侯たちが、兵を纏めて引き上げていく。
しかし、勇者が逃げ出す原因を作った空飛ぶ戦車が、執拗に煌びやかな衣装を纏った王や貴族、将軍を殺していく。
更に戦車が、兵士たちを銃で薙ぎ払い、大砲で吹き飛ばし、その鉄で出来た巨体で轢き殺していく。
戦車が兵士を轢き殺しながら、更に兵士を追い求めて進んでいくため、真っ赤な道が出来た。
何本ものその悲しい道が伸びて、兵士たちが死んでいく。
何度、水晶が映し出す映像に、辞めて!!と叫んだか。
でも、戦車は止まらない。
次に映し出された映像は、真っ先に逃げ出した勇者に向かって、空を飛ぶ戦車が直撃するところだった。
今度は、護ってくれる者は誰も居ない。
当然だ。
彼はそのまま即死した。
バラバラになった遺体を見た敗残兵は、誰も勇者だとは気が付かなかった。
勇者を殺したハルキも、女神も真実を言わなかった。
勇者は、後に逃亡者の二つ名を与えられ、背教者として、神殿にある勇者の名を刻んだ祝福の石板から名を削られた。
水晶はもう何も映さない。
女神がもう見たくないと願ったから・・・