決意の始まり(1)
「――っ!」
悲鳴にならない叫び声を上げ、見慣れた部屋のベッドから飛び起きた。
痛みを発する箇所は二か所。スノーに攻撃された顎と、その勢いで木にぶつけた後頭部。どれも新鮮な痛みが走り、後頭部に関しては立派なたんこぶができていた。
この事実は夢と現実世界がリンクしている確証が得られた事にもなり、昨日の頬の傷もまた事実となる。
「……つまり夢の魔王様を回復すると、現実世界の俺も回復される訳か」
新たに得られた確証は同時に俺をどん底に落としてくれた。二つがリンクしているのであれば、夢の世界の魔王様が戦死すれば、現実世界の俺はベッドの中で息を引き取る事になる。
魔王軍の総大将なのだが戦時中は常に死と隣り合わせで、相手の戦力は未知数だ。しかも現在の魔王軍は人間族にボッコボコにやられている。何かしらの打開策を講じなければ近い未来、俺は確実に打ち首になるだろう。
その光景を想像しただけでも俺の心臓は高鳴り、体全身が小刻みに震える。
「平和な日本の一般人に救えるはずがねぇだろ……」
確かに人生を満喫している訳でもないし、朝起きて仕事に行って帰ったら寝る。その繰り返しで思い出らしい思い出も特にない。付き合っている異性もいなければ、良い雰囲気の異性どころか連絡を取っている異性すらいない。
だが、死ぬのは嫌だ。痛いのも嫌だ。怖いのも嫌だ。
それなら理不尽でも戦わなければならない。俺の意思とは無関係に呼び出され、勝てる見込みが薄くても、それでも生きるために戦わなければいけない。それが同族の人間族が相手でも。
上面だけの意気込みを胸に、俺はベッドから立ち上がりソファーに腰を下ろす。タバコを口にくわえて火をつけ、一気に紫煙を吸い込んで吐き出す。
人を殺める覚悟はまだないし、今も『お互い仲良く手を取り合って』と、この期に及んで甘い考えもある。
その考えは命取りになるかもしれないし、正常な判断がとれないかもしれない。だけど甘い考えを忘れ自分の命を優先した先、果たしてそこには今まで通りの自分が立っているのだろうか?
人間族を見るたびに殺戮に走り、気が付けば夢の世界と現実世界の区別がつかなくなる。それこそ本当の意味で俺が魔王様となる瞬間だろう。
それでは本末転倒である。殺戮を快楽と感じ、快楽を求めて殺戮に走る事は許されるはずがない。あっていいはずもない。
「……痛い」
生き延びたい想い、自分が本当の魔王として垣間見る殺戮。矛盾する二つの想いに俺は悶々とする。
どちらを優先しても俺には何の利益もない。それどころか失うものしかない。自身の生命か、人間としての心か。もしくは両方とも失うか。
「……痛いな」
だけど、それとは別に俺の中には『せっかくの異世界を捨てるのか?』と矛盾だらけの本心も潜んでいた。
スノーは言った『人間族は欲深い種族』だと。確かにその通りかもしれない。俺が魔王様として出来る事は皆無に等しいだろう。魔族の事を考えれば魔王を辞退し、今まで通りの平凡な生活に戻れ――るのかは別として、新しい魔王に席を譲る方が賢明な判断だと思う。だが俺は何かしらの理由を取ってつけ、二日目とはいえ戦時中にも関わらずスノーと行動を共にしているのは、本心に潜んでいる『異世界』の文字があるからだ。
この手の話が好きな人なら誰もが妄想する世界。それが異世界であり、少なからず俺も異世界に夢を抱いた時期もあった。
魔王から世界を救う勇者。テレビ画面に広がるドット絵の世界で、ありきたりな冒険物のロールプレイング。モンスターを討伐してレベルを上げ、強力な武器をゲットして仲間を増やし、それらを駆使して魔王を討伐する。俺が小学生の頃に流行ったゲームだ。
それと似たような世界が目の前に、ついさっきまで身をもって体験していた。まぁ立場は逆なのだが、それでも一度は夢見た世界がそこにある。
「……痛い――って何で痛いわけ!?」
シリアスに色々と考えているのに、背中から伝わる痛みが徐々に増していく。そう思ったら次の瞬間には痛みが嘘のように引き、数秒の間も開けずに再び背中に痛みが増していく。
俺の背中に何が起こっているのか確認するため急いで洗面所に向かい、慌てて服を脱いで背中を確認する。
「マジかよ……」
鏡越しに映る俺の背中には無数の擦り傷。それが目に見えて確認できるほど傷が悪化し、それと同時に血が流れ落ちる。
その擦り傷で背中が埋め尽くされた時、擦り傷も流れ落ちた血液も嘘のように消えてなくなる。そして再び擦り傷が量産される。そんなホラー映画のような光景が鏡越しに広がっていた。
痛みに対して全く耐性がないため、尋常じゃない痛みが背中から伝わるが、それ以上の衝撃に頭は真っ白になり痛みも遠のいていく。
傷ついては治り、治っては傷つく。その光景を何度か繰り返し見た時、徐々に怒りがこみ上げてきた。
犯人は十中八九でスノーなのは間違いないのだが、今からベッドに入り込むほど時間に余裕がない。何だかんだ今の時間は早朝五時。今から二度寝に走れば会社に決して間に合わないし、痛みを我慢して寝られるはずもない。
腹いせとばかりに心の中でスノーを叱咤する。
結局、背中の擦り傷が落ち着いたのは六時ごろの事だった。仕事が始まる前に落ち着いた事だけは不幸中の幸いだった。
* *
本日の仕事も終わり俺はソファーに腰かけ、机に置いたノートパソコンと睨めっこをしている。ちなみに日中は最悪だった。なぜか肩と腕は常にスゲー痛いし、帰宅直後から頬は痛いし寒気で体は震えるし、散々な一日だ。これでも全部スノーの仕業に違いない。
話は戻るが、俺はノートパソコンで調べものをしている。ざっくりと『戦争の戦略や戦術』についてだ。
そもそも学校の授業で習うような事柄を抜きにして、俺は戦争について何も知らない。戦争や戦を題材にしたシュミレーションゲームすらやった事もないし、たまにテレビで放送されている戦争番組もまじまじと見た事もない。
そんな中で戦場に放り込まれても指揮どころか、ただの討ち死コースまっしぐらだ。そのため具体的に何を調べていいか分からないが、それでも何となく『戦略や戦術』について調べてみた。
早い話、軍事力――技術力が圧倒的に負けているなら、それに見合った立ち回りをしない事には話にならないらしい。敵の戦力や技術力の最低限の情報は当たり前とし、それを踏まえて地理を利用したり、時には味方すらも駒に使ったり、外道かもしれないが土地を殺したり、と。あの手この手を使えって事らしい。
「うん、こりゃムリゲーだ」
ざっくりと調べただけで、たどり着いた感想がそれだ。
だって仕方がないじゃないか。頭を使うのは苦手だし、調べた内容を深く掘るほど時間もないし、何より一レベルの魔王では無双もできないし。
やる前から諦めるのはどうかと思うが、そんな次元ではない。良心が全くない世界で逆転劇を繰り広げるのには限界がある。ムリゲーでクソゲーなのだ。
「平和な世界観だったら楽しめたのになぁ~……」
そんな事を嘆いても仕方がない事は分かっているし、どうにもできない事も理解しているし、それと向き合わなければいけないのも覚悟している。
それでも無理なものは無理で――。
「……はぁ、寝よう」
それ以上何かを考えても仕方がないので、俺は寝る事にした。
まだ二十三時と、寝るにはいささか早いような気もするが、この二日間は早寝早起きだ。今朝も早起きをしたと思えばこのベッドに入っても不思議ではない。
それに今日こそは目的地に到着し、戦争になった経緯も聞かなければならないしね。できればヒロインも登場してくれるとありがたい。まっ、期待は持てそうにないけどね。
そうして俺は異世界へと続く眠りについた。
ここまで見ていただきありがとうございました。
甘口から辛口の感想やご意見、お気軽に下さると嬉しいです。
以前の執筆した作品なので当分は毎日投稿となります。
よろしくお願いします。