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孤独の森〜空色奇談〜

作者: 紡 小唄

 人は生まれてくる前は、鳥だったんだって誰かが言ってた。

 誰かが言ってたって誰かが言ってた、そんな気がする。

 何故自分は此処にいるのだろう、此処?


「何を見ているの」


 それは空気に線を引くような、意識をぐいっと引っ張るような綺麗な音だった。

 音が零れてくる口元へとボクはぐるりと目の玉を移動させてみる。


「空」


 短く答えてからボクは、目の前の空洞を縁取っている薄い唇を見てゆっくりと鼻を見て、まるで金魚鉢に沈んでいるビー玉みたいな二つの目を見たんだ。そこまで見て、やっと目の前にいる存在の全体が目に入った。


 綺麗だなと思った。

 怖いなと思った。

 寂しいなと思った。


「空をね、見ているんだ」


 彼女は答えなかったから、ボクは聞こえなかったのかなともう一度同じ事を詳しく口にした。


「でも、枝が邪魔でよく見えないんだ」

「木々が見なくてもいいと言っているからでしょう」

「空を?」

「そう」


 彼女の音はやっぱり綺麗で、だけどなんだか耳の奥が痒くなって落ち着かない音だなと思う。

 そして、おかしな事を言う。


「どうして?」


 どうして木々が空を隠そうとするのだろう。

 あの真っ青な空を、何処までも広がる世界を。


「空を見ているとあの空が欲しくなる」


 彼女の声はなんだか震えているようだ。

 どうしてだろう?

 綺麗な空、果てない空、何処までも繋がっている空、その空がどうして怖いの?


「空を見ていると飛びたくなるでしょう?空を飛んでいる鳥を見ると妬ましくなる、私たちには羽がないから」

「だた見ているだけで、ボクはいいよ」

「今はね」


 憎らしいの?

 恋しいの?


 彼女は両手で顔を覆ってしまった。

 ボクはよくわからなくて、黙って見てた。


「そのうち」


 顔からあのガラス玉みたいな目をきょろきょろとさせながら、彼女は音を奏でる。


「空を見上げるだけで、飛びたくて仕方が無くなる。何故?何故?何故?此処に、“コンナバショ”にいなくてはいけないの」


「コンナバショ?」


「何でも受け入れるような顔をしておきながら」


 そこまで言うと、彼女は両手をだらりと落としてそのまま体全体から力を抜くようにして、その場に座り込んだんだ。

 ボクは、それをやっぱりじっと見てた。


「空を見ていると、拒絶されて飛べない自分がイヤでイヤで仕方なくなる」

「自分を好きにはなれないの?」


 そのガラス玉みたいな目は、空を映したらきっともっと綺麗だろうに。


「一度拒絶されると、自分の何処が好きかなんてわからなくなるものよ」


 いらない。

 いらない。

 いらない。


「いらないと真っ向から告げてくる空が怖い」


 チリンと風が吹いて壊れた自転車のベルが鳴いた。

 チリンチリン遠くでまた別の自転車のベルが鳴く。


 その鳴き声を聞きつけて、いいやそうじゃないのかもしれないけど一斉にまわりの様々なモノタチが鳴き始める。

 風を起こし、光を放ち、音を響かせ。


「誰にも会いたくない」


 チリン。


「何も聞きたくない」


 チリン。


「見たくない、飛べないのならいっそ、動きたくなどない」


 チリンチリンチリンチリンチリン。


「そうしてどうするの?」


 誰にも会わず聞かず瞳を閉じて動かず、そうしてどうするんだろうか?


 此処で。

 コンナバショで。

 コンナ寂シイ場所デ。


「木になるの」


 彼女はチリンと鳴きながらそう言った。


「そうしてどうするの?」

「森になるの」

「そうしてどうするの?」

「森になって、誰も傷つかないようにその枝で空を隠すの。空を飛ぶ鳥達がこの森に迷い込んで来ないように、決して見つからないように」


 風が吹いた。


 そこに放置されていた自転車から枝が伸びてきて、木になった。

 壊れたテレビの画面から枝が伸びてきて、木になった。

 小さなクマのぬいぐるみから枝が伸びてきて、木になった。


 みんなみんな木になった。


「それでも」


 空が見たいと思うのは間違っているだろうか。幾重にも幾重にもそこには悲しみが折り重なって、生い茂ってざわざわと嘆きを奏でていたけれど。

 あの人はもう此処にはいなかった。

 誰も居ない森の中、差込む光と外から聞こえる鳥の囀り。

 目の前に一本増えた大木の幹に耳を押し当てた。

 そっと耳を澄ますと、水の流れる音が聞こえてくる。大地から水を吸い上げるその音は、彼女の鳴き声にしか聞こえなかった。


「寂しいね」


 人は生まれてくる前は、鳥だったんだって誰かが言ってた。

 誰かが言ってたって誰かが言ってた、そんな気がする。

 誰が言っていたのだろう、傍で歌うように語ってくれたのは誰だっただろう。


 (鳥はその羽を休める為に果実を得る為に、木の枝へと身を寄せる)

 (人は暮らしていく為に、娯楽を得る為に、利便性を高める為に)


「ボクタチはその為にいるんだね」


 嗚呼、そうだ。

 その為に、人は生まれる前は鳥だったと教えてくれたあの子の為にボクは在った。


 音が響いている。

 ざわざわざわざわ。

 木々が紡ぐその言葉は、数々の悲しみに共鳴して反響していた。



 (一度拒絶されると、もう必要ないといわれると……それなら一人でいい)


「だから木になるの?」


 (何も語らない、何も動かない、何も聞こえない、何も感じない)


 きっとその方が楽なんだろうとボクも思う。何の痛みも辛さも寂しさも本当に感じることが無いのならば。ここで同じ痛みを持つモノ達と全てを拒否していけるのなら。

 チチチッと小鳥の声がした。

 なんて細い光だろう。

 木々の合間から、まるで光の糸のようにそれは幾重にも幾重にも重なりながら、それでも真っ直ぐ伸びてきている。


「暗い森より、鳥のいる森の方がいい」


 ボクの言葉に何本かの木々が風も無いのに枝を揺らした。

 なんだか、怯えているみたいだ、これ以上何も聞きたくないとでもいうように彼らは枝をゆすり、葉陰が揺らめく。


「鳥が見たくて、皆背伸びをしたんだね。上を見てもっと上に行きたくて、空を見上げすぎて……だから木になるんだよね」


 そうなんだ。

 首が痛くなるくらいボクも空を見上げた。

 必要ないと言われても、たとえこの手が届かなくても、それは寂しいことだけど。

 空を自由に飛び交う鳥達が枝でその身を休めてくれるのなら。


 それはきっと。




********




「それで?その森はまだあるの」


 暖かな布団の中で御婆の手に触れながら、幼子が尋ねる。それに対して、御婆はしわくちゃの口元をさらにくしゃりと笑みに任せて歪ませた。


「あるとも」

「その男の子はどうなったの」

「さあねぇ」


 木になったのか、はたまた鳥になったのか、分からないねえと御婆は呟きながらくしゃくしゃと坊やの頭を撫でてやった。

 その森の大木の麓には、小さな人形が眠っている。

 たくさんの孤独が犇く森で、その人形は静かに空を見上げて眠っている。

 木々達が空を見上げる姿を彼は見守りながらそこに在る。


「孤独の森に願わくは」


 孤独が費える事は無い。

 けれど、それでも尚……諦めないで、何かを誰かを求め続ける。


「空を見上げることを止めずにいられますように」


 御婆は眠りについた坊やの頭をもう一度優しく撫でてから布団を掛け直し、よいこらせと腰を上げた。


 夜だというのに、何処かでチチチと鳥が鳴いた。

 チリンと何処かで誰かが鳴いた。



 元々は、学校の課題脚本として出したものでした。

 あえて、ふわふわとした実態の掴めない感じのお話が書きたくて書いたものです。読み手任せにならないように、けれど読み手にある程度は答えを任せてしまうような作品にしたかったのですが。

 現時点では、これが精一杯ですがもっと精進いたします。

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