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夏の終わり、君は

 ――一〇七七年、熱の月

 

 

 ――不思議に思わない、わけではなかった。

「どうして、アンタが初代部長の挑戦状を知ってるんだ?」

 友達はおかしそうに笑って、いけしゃあしゃあと言ったものだった。

「そりゃあ、いい男に必ず一つや二つある『秘密』ってもんさ」

「いい男、には見えないけどなあ」

「酷っ!」

 ひとしきり友達はぎゃあぎゃあと抗議の言葉を並べ立ててみせるけど、最後にはお互いに顔を見合わせて笑ったことを思い出す。

 友達はこの町のこと、学校のこと、町にいた空狂いたちのことをよく喋っていたけれど、結局友達自身のことはほとんど語らなかった。今になって、それも当然だったのかもしれないと気づいたけれど。

 友達が何者かなんて、どうだってよかったんだ。俺は友達と一緒にいられるだけでよかったし、友達もきっと同じように思っていてくれたんだと、信じている。

 そういえば、設計した滑空艇が上手く飛ばないと落ち込んでいる時。友達はこんなことを言って俺を慰めてくれたんだった。

「ノーグ・カーティス曰く『気合と根性さえあれば、案外何とでもなる』ってな。諦めねえで挑んでれば、いつか届く日だって来るさ」

 そう――その言葉は、元々友達が教えてくれたもので。

「それ、本当にノーグの台詞?」

 もちろんその時の俺はブルーと同じように疑ってかかって、

「あら、俺様嘘だけはつかないわよ?」

 友達は本気とも冗談ともつかない顔で笑ってた。

 だけど、友達が言ったことはあながち嘘じゃなかったのだと今なら信じられる。

 初代部長『飛空偏執狂』ノーグ・カーティスとその仲間たちは、俺たちと何ら変わらない『空狂い』で、紛れもない天才でありながら俺たちと同じ、とんでもない阿呆だった。きっと、友達はそれを誰よりもよく知っていたはずだ。知っていたから、同じ阿呆の俺に、いや俺たちに、『机上の空』を託してくれたんだと信じている。

 その年の夏の終わり、秋の風が吹き始めるころ。友達は古びた長椅子から立ち上がって、おもちゃみたいな町並みを見下ろして言った。

「悪いが、来年はここに来られねえから、さ。その前に、お前さんに『宝』のことを伝えられてよかったよ」

 言われて初めて、ここに毎年友達が来るのが当たり前だと思い込んでいた自分に気づかされた。けれど、それ以上に意外だったのが、「来年は来られない」という友達の言葉を聞いてもさっぱり驚かなかったことだ。

 やけに落ち着いた気持ちで……理由を問うよりも先に、こう、聞いてみたことを思い出す。

「……それじゃあ、再来年は?」

 友達は、結局、俺の問いには答えなかった。

 微笑みを浮かべたまま、空を仰いで言った。

「ま、後は頼んだぜ、セイル」

 セイル。言葉にはさっぱり訛りがないのに、何故か名前を呼ぶときだけは軽く北方の訛りに似た不思議な音を響かせて。

 今まで見たことのない笑い方で、笑っていたのだと、思い出す。

「じゃあな」

 

 

 それ以来、友達には会っていない。

 きっと、二度とこの町に戻ってはこないだろう。

 その時はこれからずっと寂しい夏になるかと思ったけれど、その少し後にブルーが来てくれたから、結局これといった寂しさを感じることもないままでいた。

 唯一、心残りがあるとすれば……いつもの通りにその背中を見送ってしまったから、別れの言葉を忘れていたということくらいで。

 

 

 ――現在、熱の月

 

 ノーグからの手紙をもう一度広げる。

 阿呆な大人たちの盛大すぎた机上の遊び。阿呆だけれど、何よりも真っ直ぐな「大きな子供たち」の夢。

 本当は自分たちの手で叶えたかったのだろうそれを、フィデルせんせ……そして友達は、俺たちに預けてくれた。その思いの重さを、手の中に感じないわけじゃない。けれど、それは俺とブルーが初めから抱いていた決意と何も変わりやしない。

 全部、この手の中にある。最初から、最後まで……楽園の果てを見るその日まで。

 だから――

「部長、準備は大丈夫ですか?」

 ブルーの声が聞こえる。小さく頷いて、手紙を折りたたんで胸のポケットに。こいつは、お守りのようなものだ。

 今日は、久しぶりの飛行実験。ノーグ・カーティスとその相棒が残した設計図を元に造った滑空艇を、この丘の上から飛ばすのだ。

 ゴーグルを下ろして、操縦桿を握る。

 シェルを抱いたモニカせんせと、こんな暑いさなかにも黒い法衣のフィデルせんせが並んで手を振っているのを横目に……声を、上げる。

「ブルー、いつでも行けるぜ!」

「了解です、風読み開始します!」

 いつもはぼそぼそと喋るブルーの声も、今日ばかりは青い空によく響く。よく通る、澄んだ声をしているんだから、もう少し自信を持って喋ってもいいんじゃないかと思うけれど……こうやって明るい顔でいられるようになっただけ、ブルーなりに何か吹っ切ったものがあるんだと思う。

 ブルーと視線を合わせる。人前では決して外そうとしない銀縁眼鏡を外したブルーは、夏の空に溶け込んでしまいそうな青い、青い髪を風に靡かせ、鏡のような瞳で笑っていた。

「風向き南南西、強さ一。飛行に問題なし、秒読み開始!」

 十、から一つずつ下っていく秒読みを聞きながら、目を閉じる。

 なあ……俺の大事な友達。

 アンタはきっと、こうなることを知ってたんだな。

 あの頃、先代の部長がいなくなって、気づいたら周りの連中がいなくなって俺一人になっていて。不安で仕方なかった俺に、アンタは笑いかけてくれたよな。絶対に大丈夫だって、頭を撫でてくれたよな。

 腕に結んだリボンの感覚を信じて、目を開ける。

 ――今、俺の横には、仲間がいる。何よりも信頼できる、相棒がいる。

 この手のリボンのように、目に見える結びつきがあるわけじゃないけれど、ブルーと自分の間には切り離すことのできない絆がある。凸凹で、とっても不完全で、だからこそ手を取り合える、そんな素敵な相棒。

 友達は知っていたんだ。俺と同じ志を抱いた『空狂い』であるブルーが、いつかここに現れることを。そうでなきゃ、嘘のつけないあの友達が「絶対」なんて言うはずなかったから。

 ありがとう。アンタのおかげで、俺は諦めないでここに立っていられる。

 本当はこの姿をアンタにも見てもらいたいし……いつかは、必ず俺たちが飛んでいる姿を見せてやりたいと思っている。

 そうだ、その時は、空を飛んでこちらから会いに行こう。アンタたちが夢見た船に乗って、自慢の相棒と一緒に。だから、アンタにさよならは言わない。そもそも俺たちに、さよならなんて似合わないに決まってる。

 さあ、今はただ駆け出そう。

 これが俺たちの、幸せへと向かう本当の第一歩だ。

「三、二、一……離陸!」

 ブルーの声と同時に、地を蹴る。今まで固定されていた羽が前に向かって押され、上へと持ち上げる力によって浮き上がる感覚。足が地面を離れ、視界が高くなって……丘から海へと滑空艇が空気の上を滑っていく。

 ――飛んだ!

 そう思った瞬間に、船体を襲う不吉な音。

 ああ、という声が丘の方から聞こえてきて、すぐさま音の発生源を見ると……あれだけ時間をかけて作った羽が、半ばから折れ曲がってしまっていた。

 もちろん翼を失った鳥は、重力にしたがって落ちるだけだ。海に向かって真っ逆さまに落下していきながら、何だかおかしくなって腹の底から笑う。

 

 まあ、そんなに世の中、甘くはないわけで。

 だからこそ、空を目指すのは止められないんだ。

 

 ――そうだろ、俺の友達……最初の『空狂い』さん。

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