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諍い

「じゃあ、みんなまた明日、気をつけて帰るように」


 担任の鮓が教壇に立って挨拶をし終えると、児童達は次々に教室を後にする。習い事や塾に行く子もいれば、友達の家や公園で遊ぶ子など、放課後の予定は様々だ。

獅ヶ原莫也の予定も決まっている、杞龍家への訪問だ。

今朝、嗣が友達を家に招待するのはダメだと総から聞いたが、お見舞いなら問題ないだろうと、勝手に解釈した莫也だった。

それに、今日は総が獅ヶ原家に遊びに来る予定だったので、事前にその旨を両親に伝えていたから、今朝学校に行く前に、母から「お菓子を作って莫也と総君を待っているから、早く帰って来るようにね」、と言われていたので、とりあえず自宅に帰って母に報告と、お見舞いの品として母の手作りお菓子を持って行ってやろうとも思っていた。


(母さん達は総に会いたいだろうけど・・・・・我慢してもらおう)


総は獅ヶ原家でも人気者で、総が獅ヶ原家に訪れる度、両親は大喜びで総を出迎え、母はいつも以上に豪華な料理やデザート、お菓子等を準備し、父は仕事が忙しいのにもお構いなしに、さっさと仕事を切り上げて帰宅し、総の近況や新作ゲームなどの話しをして、その日は大いに盛り上がる。

総は獅ヶ原家の家族と言って、全く問題がなかった。


(それに、あの女を連れて行ってやらないと、総が心配するだろうし)


莫也はランドセルを背負い、クラスメイト達に帰りの挨拶をしながら、三年三組の教室へと向かった。

三組の教室は、四組の直ぐ隣ではなく、階段とトイレを過ぎた先にある。

三組の前に辿り着くと、莫也は教室には入らず、ドア付近から教室を覗いて千紫寺美珠を探してみたが、何人かの児童がいるだけで、姿は見当たらなかった。


(まさか・・・一人で総の家に行ったのか?)


すると、教室にいた三組の児童の一人が、莫也に気づき声を掛けてきた。


「獅ヶ原、うちのクラスに何か用か?」


一瞥すると、親しい仲ではないが、同じ塾に通っている見知った顔に、莫也は問いかけた。


「千紫寺美珠はもう帰った?」


「千紫寺?あいつならお前のクラスの鵜戸と一緒に教室を出て行ったぜ。鞄・・・・・はまだあるから帰ってないと思うけど・・・」


美珠のランドセルを確認しながら、莫也に声を掛けてきた生徒が答えた。


「栞菜と?・・・・・分かった、ありがとう」


莫也は礼を言うと踵を返し、階段を駆足で降りて行く。嫌な予感がする。


(あいつ・・・本当に気が短い女だな)








校舎の向かいにある体育館とその奥にあるプール。その二つの建物の間は、日中でも薄暗く、児童や先生が通ることは滅多にない。地面は湿っており、草も多少生えている。

そんな場所に二人の女子児童、千紫寺美珠と鵜戸栞菜がいた。


(鵜戸さん、私に何の用なんだろう?)


帰りのHRが終わり、美珠がランドセルに教科書を入れていると、目の前に女の子が立っていた。杞龍君と同じクラスの、名前は確か鵜戸さんだったかな?と考えていると「ちょっと一緒に来てくれる?」と、返事も待たずに教室を出て行こうとしたので、慌ててスケッチブックと鉛筆を手に持って、後を追いかけた。美珠は何故呼び出されたのか理由も分からず、戸惑いながら栞菜に視線を送った。

栞菜は怒りを包み隠さず、真っ向から美珠を睨みつける。


「千紫寺さん、私のことは知ってる?」


ゆっくりと頷く美珠。


「なら、自己紹介はしないわ。あなたを呼んだのは、聞きたいことがあるの」


(聞きたいこと?)


「あなた、杞龍君とはどういう関係なの!?」


(・・・・・・・・・関係?)


栞菜の言っている意味がよく分からなかった美珠は、手に持っていたスケッチブックに文字を書いて栞菜に見せた。


《ごめんなさい。意味がよくわからないんだけど・・・・》


栞菜は思わず怯んでしまった。ついこの間、母親と一緒に見ていたテレビドラマで似たような場面があり、カッコイイ!と思って試しに使ってみたが、テレビドラマのように「あなたには関係ないわ!」と美珠も怒らなかったので、肩透かしを食らった栞菜だった。


(そうだった・・・この子は今しゃべれないって、誰かが言ってた・・・)


「い、今のは私が悪かったわ。えーと・・・今日、杞龍君と一緒に登校して来たでしょう?どうして?」


少し躊躇する素振りを見せた美珠だったが、鉛筆を走らせた。黙っているのも、しらを切るのも、嘘をつくのも、今の栞菜に悪いと感じたのだ。


《昨日、私が一人で公園にいたら、杞龍君が声をかけてきてくれて、私が家に帰りたくないと伝えたら、杞龍君の家に泊めてくれて・・・・・だから今日一緒に登校してきたの》


読み終えた栞菜の姿に、美珠は瞠目した。

顔は俯いてしまって窺うことはできないが、怒りが、悲しみが、殺気が、羨望が、身体中からほとばしっていて、言葉をかけられる雰囲気ではなかった。


(鵜戸さん・・・・・どうしたのかな?)


この場合、大人しくしていたほうが賢明だと判断した美珠は、栞菜の次の行動を待った。


「・・・・・何で・・・どうして・・・・・!」


バシッ!!


「!?」


突然、左頬に激しい痛みを感じた美珠。

栞菜に叩かれたのだと気づくのに、少しの時間を有した。ゆっくりと栞菜に視線を向けると、仇でも見るかのような目つきで、真っ直ぐ美珠を見つめている。


「自分が家に帰りたくないからって・・・杞龍君の家に泊まってる?何ふざけたこと言ってるの?!」


(・・・・・・・・・)


「そんなのあんたのわがままじゃない!あんたの家はお金持ちで、大きな家に住んでて、着る服もたくさんあって、好きな物も食べれて・・・何でも持ってる子だって、みんな知ってる!そんなあんたが杞龍君の近くにいるなんて・・・・杞龍君が優しいからって、調子にのってんじゃないわよ!!」


くしゃくしゃな顔で自分を怒鳴りつける栞菜に、美珠は多少の恐怖を感じた。あの時(・・・)に比べれば、たいしたことはないのかもしれないが、こんなふうに他人から傷つけられるのは、美珠にとってこれが初めての経験だった。

栞菜は、美珠の両方の上腕部分を思い切り掴み、そのまま壁に叩きつけた。

手に握っていたスケッチブックと鉛筆が手からすり抜け、地面へと落ちてしまう。


「!!」


背中と両腕の痛みに、美珠は心の中で悲鳴をあげた。

何故自分にこんなことをするのか、こんな目に合わなければいけないのか、美珠には考えることができなかった。

唯、目の前にある、栞菜の真っ黒でドロドロした汚い感情に塗り潰された顔に、只々、魅入られていた。


「ほら、言いなさいよ!私はバカでした、杞龍君の家から出ていきます!私は自分の家に帰りますって!!」


その後も様々な悪態を吐きながら、何度も何度も美珠を壁に叩きつける栞菜。

今の彼女には美珠が話せないという事実が、頭の片隅にも存在していなかった。

このまま永遠に壁に叩き続けられ、悪態を吐かれるのかと思ったが、急に栞菜の動きが止まった。

栞菜は、自分を見ていなかった。両腕を掴んだまま、今にも倒れてしまうのではないかと思う程、血の気の引いた顔で右を向いて固まっていた。

美珠もゆっくりと栞菜の視線の先を見ると、そこには一人の少年が立っていた。


「・・・あ・・・あ・・・・」


栞菜は急いで美珠から手を放すと、言葉にならない声を出しながら、ゆっくりと後退って行く。

その表情は、尋常ではなかった。

いじめのようなこの状況を誰かに見られるのは多少なりとも覚悟はしていたが、それよりも、誰に見られたのかが、この場合、重要と言うよりかは効果的だったのかもしれない。


(・・・・・杞龍君)


総は二人を見比べると、迷うことなく美珠の元へと駆け寄った。

総はスケッチブックと鉛筆を拾うと、にっこりと美珠に微笑んだ。


「ごめんね、千紫寺さん。迎えに来るのが遅くなって。さ、帰ろう」


総は右手を伸ばすと、半ば強引に美珠の手を握り、その場から去ろうとした。


「ま、まって!杞龍君!」


追いすがるように栞菜は呼び止め、そして、それに応えるかのように歩みを止めた総だったが、栞菜の顔を決して見ようとはしなかった。

代わりに美珠が、哀れむような瞳を栞菜に向けていた。


「あ、あの、あのね・・・これは・・・その・・・」


必死に言い訳を、総が納得できる答えを探し出そうとした栞菜だったが、目や手の動きがとても不自然で、その様子は見ていて痛ましかった。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・何て言えば良いんだろう・・・)


「鵜戸さん」


凛とした強い口調に、栞菜の言葉は続かず、身体は硬直する。


「僕、今鵜戸さんと話したくないんだ」


「!!」


 瞬間、栞菜はヘナヘナとその場に倒れこんでしまった。

総はそんな栞菜の姿を一瞥することもなく、美珠の手を握ったまま足早にその場を去って行った。

一分一秒でも、美珠をこの場に居させたくなかったのだ。




角を曲がり、校舎の方へと足を進めていた総と美珠の前に、莫也が現れた。


「お疲れ、総」


「莫也君・・・・・」


栞菜が美珠を連れて行ったと聞いた瞬間、間違いなくバカな幼馴染が、総とのことを問い詰める為に美珠を呼び出したのだろうと察した莫也は、急いで人気のない場所をしらみつぶしに探し回ってみようとした途中で、下駄箱で早退したはずの総に出会ったのだ。驚きと同時に安堵するのも束の間、総に美珠のことを尋ねられ、現在の状況と自身の憶測を簡単に話すと、総は真剣な面持ちで、颯爽と体育館裏に向かって行ったのだ。


「莫也君、僕、悪いけど鵜戸さんに」


総の言葉を莫也は手で遮り、溜息交じりに笑った。


「総が謝る必要はない。悪いのはあのバカなんだ。総に怒られてあいつには良い薬になった」


思わず苦笑してしまう総。莫也はそんな総を見て少し安心すると、美珠に目を向けた。


「千紫寺、あいつお前に酷いことしたんだろう?悪かったな」


首を大きく横に振る美珠。確かにさっきは恐怖を感じていたが、今は総の手の温かさに癒されていた。

そして冷静になって考えてみると、何故栞菜があんなに怒っていたのかも、簡単に理解できた。


(鵜戸さんは杞龍君のことが好きなんだ・・・・・だけど、杞龍君は鵜戸さんの気持ちに気づいてないみたい・・・)


美珠はそっと総の横顔を覗きこんだ。総は四組の女子にも人気があり、中には総のことが好きな子もいるようだ。そんな人達からみれば、今の自分の状況は羨望であり絶望だろうと美珠は感じ、栞菜の行いが“悪”だとは思えなかった。

ふと、総と美珠の視線があった。


「千紫寺さん、どこか痛い?」


首を横に振る美珠。


「そっか、良かった」


「それより総、体の方は大丈夫なのか?」


莫也の言葉に美珠も反応する。クラスの女子達が、総が頭にボールをぶつけて早退したと噂していたのを聞いていたからだ。不安気な表情を見せる莫也と美珠に、総は満面の笑顔で答えた。


「大丈夫!見ての通り元気!!気づいたら学校じゃなくて家だったのはちょっと驚いたけど、何ともないよ」


「でも、頭を打ったっていうのに、よくあの三兄が外に出歩くのを許したな」


「嗣兄は千紫寺さんは自分が迎えに行くからおとなしくしていろって言ってくれたんだけど、でも、僕が千紫寺さんの面倒を見るって決めたんだから、最後まで責任を持たないとおかしくない?って言って、何とか説得して飛びだして来た!」


Vサインと屈託のない笑顔に、莫也は少しの脱力感を覚えた。


(通常の力関係は嗣兄の方が上だろうが、こういう非常事態の場合は、総の方が強い気がするな・・・)


二人のやりとりを見終えると、美珠は総の手からスケッチブックと鉛筆を受け取り一筆書いた。


《めいわくかけてごめんなさい。でも、ありがとう》


「めいわくなんて思ってないから、ごめんなさいはいらないよ」


総の笑顔の輝きが二倍増しになり、つられて美珠も思わず顔が綻んでしまった。

とりあえず総の言動に安心した莫也は、今日の見舞いを中止にすることに決め、二人がさっさと帰宅するよう勧めた。


「総、さっさと千紫寺を連れて帰って、家で安静にしていろ」


「うん。だけど莫也君・・・」


「心配するな。栞菜のことは俺に任せておけ」


莫也の力強い言葉に胸をなでおろした総は、美珠の手を引っ張りながら笑顔で去って行った。


「ありがとう莫也君!また明日!!」


手を振りながら、二人の姿が見えなくなるまで見送る莫也。

二人の姿が消えたのを確認すると、大きく溜息をつき、ゆっくりと体育館裏へと足を進めた。

総と入れ替わるように体育館裏に辿り着いた莫也は、地面に座り込んで真っ青な表情の栞菜を見ると、更に大きな溜息をついた。


(本当、バカだな・・・)


「おい、栞菜」


一刻の間があって、栞菜はゆっくりと莫也を見た。


「・・・・・・莫也」


その声に、全く覇気はなかった。死んだ魚のような両目を、只々、莫也に向けるだけだった。


「忠告しただろう、ハメを外すなって」


瞬間、栞菜の両目から、滝のように涙が溢れ出し、おまけに鼻水も出ている。


「・・・ひっく・・・う・・・なんで・・うぇ・・・・そんな・・うぅ・・・・冷たいこと・・・言うのよ・・・」


「お前が招いた結果だろう。俺はちゃんと忠告してやったんだから聞かないお前が悪い」


眉一つ動かさない残酷な幼馴染に、栞菜の涙は更に増量し、急に立ち上がると莫也を指差した。


「うぅ・・・何で・・・あんたは・・・いつもそうなの!・・・ひっく・・・幼馴染が・・・・ひっ・・・泣いてるんだから・・・優しくしてよ!!」


(・・・・・・見捨てないで、ここに来てやっただけ、ありがたいと思えよ・・・ってか、まず自分のしたことを謝れよ)


これ以上言うと栞菜の涙は一向に止まらず、家にも帰れそうになかったので、莫也は心の中でだけで思った。

泣きじゃくる栞菜が落ち着いたのを見計らって、莫也は口を開いた。


「で、栞菜。お前これからどうするんだ?」


「・・・・どうするって・・・」


両目を真っ赤にして考える栞菜。涙は幾らか収まり、感情も落ち着いてきたようだ。


(・・・最初は杞龍君とのことを聞ければ、それだけで良かった。でも、一緒に住んでいると聞いて、頭に血が上って・・・気づいたら・・・・でも・・・しょうがないじゃない!)


栞菜は自分のとった行動を反芻はしていたが、反省はしていなかった。


「どうもしないわ・・・・・千紫寺さんにはもう近づけないし・・・杞龍君には嫌われたし・・・」


(本当、自分のことばっかりだな・・・)


「お前、千紫寺には謝らないつもりなのか?」


謝罪との考えがこれっぽっちも頭の中に存在していなかった栞菜は、心外そうに莫也を睨みつけた。


「!?・・・何で私が謝らないといけないの!私は悪くない!悪いのは」


「栞菜!」


莫也の怒声に、栞菜の両肩が大きく震える。莫也が声を荒げる等、滅多にないのだ。


「本当は分かってんだろう?お前が悪いって」


「・・・・・・・」


「・・・・・これから総と関われなくてもいいんだな」


「!!・・・それは・・・嫌だけど・・・」


言葉が萎み、煮え切らない態度に莫也は大きな溜息をつく。


「俺はお前が千紫寺にどんなことをしたのか知らないけど、想像はつく。総がお前に何て言ったのかも。お前が総と友達に戻りたいなら、努力はするんだな」


慰めも哀れみもない無慈悲な幼馴染に聞こえるように、栞菜は頬を膨らませて呟いた。


「・・・・・・冷たい男」


「・・・・・・・・」


普段は冷静な男と、普段から騒がしい女の小さな紛争が、学校の片隅で勃発したのには、誰も気づかなかった。








四組の教室に美珠のランドセルを取りに行き杞龍家へ帰ろうと、小学校の正門を抜ける少し前で、美珠がスケッチブックに文字を書き始めたので総は歩みを止めた。

スケッチブックを総に見せた美珠の表情は少し不思議そうだった。


《さっき、ししがはら君がうとさんのことであやまってくれたけど、どうして?二人は兄妹?しんせき?》


総は穏やかな笑みで、ゆっくりと頭を振った。


「違うよ。二人は幼馴染。あ、ついでに僕と莫也君も幼馴染。僕と莫也君は同じ病院で生まれて、誕生日も一日違いなんだ。僕が八月八日で莫也君が八月九日。すごいでしょう?」


最後は自慢げに話す総に美珠は目を見開くと、再び何かを書き始めた。総は横からスケッチブックを覗きこむと、今度は総が目を見開いた。


《私も誕生日が八月八日!!》


「本当に?」


息がかかる程の至近距離で見つめられ、美珠はほんのり頬を赤く染めたが、何度も頷いた。


「すごい!すごい!!こんなことってあるのかな?莫也君が聞いたら絶対驚くよ!」


興奮して、その場で何度も何度も跳ね上がる総に、美珠は微笑みを向けていた。


「総!美珠ちゃん!」


二人は後ろを振り向くと、総の二番目の兄、杞龍継が両手を大きく振りながら近づいてきた。


「継兄!どうしたの?」


どうして小学校に継兄がいるのだろうと総は首を傾げ、美珠は瞬時に総の後ろに隠れた。

継は少し息を切らし、一息つくと、総の頭の上に手を置いた。


「どうしたのじゃねーよ!総、お前今日早退したんだろう?」


「え?・・・う、うん。何で知ってるの?」


「さっき家に帰って兄貴から聞いた。で、兄貴の代わりに迎えに来たんだよ。本調子じゃないのに無理をするな、美珠ちゃんのことなら俺達でも迎えに行けただろう?」


継は若干の怒気を含ませ話しながら、総の無事な姿を見て安堵した。

例の調査とバイトが終わった継は、家に入ろうと玄関を開けようとした瞬間、嗣と鉢合わせになったので、思わず驚きの声をあげた。

すると、嗣が自分の両肩を掴み「今から小学校に行ってくるので家をお願いします」との言葉だけ残し走り去ろうとしたので、反射的に嗣の腕を掴んで呼び止めた。普段なら何も聞かずに送り出すが、兄の鬼気迫る表情と、相反する青白い顔色に、何事かがあったと察し説明を求めると、嗣は簡単ではあるが事情を話してくれた。

総が頭にボールをぶつけて、意識がなくなったとの連絡を小学校から受けたので、迎えに行ったら、識は取り戻していた。唯、様子がおかしかったので早退させたが、自宅に戻るなり美珠ちゃんを迎えに行くと言って飛びだしたので、慌てて追いかけようとしたら、自分が帰ってきた、ということだ。

とりあえず、自分が代わりに総と美珠を迎えに行くから、兄貴は自宅に居ろ言って、小学校へと走って来た継だった。


(あんな兄貴の顔、初めて見たぜ・・・軽くパニックってたし、あんな状態じゃ二人を護れねーだろ)


異様な兄の様子にあの説明が全てではないと察していた継だったが、それは二人を連れ帰ってから尋ねれば良いと思っていた。

何はともあれ二人の安全が第一だ。


「・・・ごめんなさい」


自分が珍しく、というか初めて早退して、兄達は必要以上に心配しているが、自分はもう何ともないのだから、気にしなくてもいいのにと思いつつ、やはり心配をかけたことに自責の念を感じた総は、心から素直に謝った。

継は優しく頭を撫でながら笑った。


「わかったなら良い」


継は総の後ろにくっついている美珠に視線を移した。継と視線の合った美珠だったが、すぐに逸らした。継はその仕草に苦笑してしまった。


(まだ、慣れないか・・・・・)


「美珠ちゃんにも迷惑かけたよね、ごめんね」


「僕もごめん」


顔を上げず俯いたまま、必死に首を左右に振る美珠。


「よし、じゃあ帰るか」


継の合図で小学校を後にした三人だったが、車内から自分達を見つめていた男の姿には、誰一人気づいていなかった。

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