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憤怒

 男の主は、庭の紅葉を釣殿から眺めていたが、その美しい両目と外見に合わない無邪気な心には、何も映し出されてはいなかった。


「・・・・・本当に契りを結ぶのだな?」


両目は庭に向けられたまま、後ろに控えている男に言った。

その声は震えていたが、男は全く気づかなかった。

男ははっきりと答えた。


「はい。私は我が主とこのお屋敷を未来永劫守護しなければなりませぬ。されど、私も人、いつまでも現世に留まること叶いませぬ。我が主との約束を保護する為、妻を娶り、子を残したいと思います」


迷いなど一切感じられない、無慈悲な男の言葉だった。誠実に、唯誠実に、主である自分に対しての忠義を果たそうと考え出した結果なのだろう。


(家人として文句はないが、男としては・・・・・)


主は心の奥底で男を非難した。

それを言葉にしたかったが、それを望んだのは自分自身でもあったので、本心がどうであれ言葉にすることはなかった。

男に背を向けたまま、主は決意を込めて告げた。

その声は、もう震えてはいなかった。


「ならば妾は、お主が約束を違えぬよう、お主の子らに呪詛を捧げよう」


男は主の後ろ姿しか見ることは叶わなかったが、我に返り、主と視線が合わぬよう、慌てて視線を逸らした。


「呪詛・・・でございますか?」


男から主の表情を読み取ることは出来なかったが、その口元ははっきりと弧を描いていた。


「そうじゃ。妾にとっては祈願だが、お主にとっては呪詛であろうからな」


それ以上、男の主が言葉を発することはなく、二人の間には沈黙の時間が流れた。










「結局、総の家に泊まったのか・・・」


「うん!」


 翌日。小学校に着いた総は、一目散に莫也と別れたあとの経緯を話した。

莫也は読んでいた本を直し、嬉しそうに話す総の言葉に途中相槌を打ったりしながら、黙って聞いていた。

聞き終えた莫也は顔には出さなかったが、率直に驚いていた。

総の三兄を良く知る者として、男しかいない居住地に女の子を住まわせるのは、堅物な一番上の兄が絶対反対すると思っていたからだ。

結果、自分の予想は外れ総の意志が尊重されたようだ。杞龍家の内情(・・)を知らない莫也は違う方へと勝手に解釈していた。


(結局、弟の頼みには弱い三兄か・・・・・父さん達には帰ってから言うか)


昨日、二人と別れ帰宅した莫也は父と母が仕事から戻ると、直ぐに美珠のことを話し、可能であれば何日か家に置いてあげられないかと相談していた。莫也にとって他人はどうでもいいのだが、総が気落ちする姿は見たくないので、無理を承知で両親に我儘を言ってみた。

母は女の子が困っているのは放ってはおけないと快諾してくれたが、父は経営者として千紫寺家の名に気後れしていた。

しかし、考えようによってはこれで少しは千紫寺家に恩を売っておけると、邪な考えが勝ち承諾してくれたのだったが、水の泡となった。


「じゃあ、遊ぶのも無理なんだな」


「うん・・・嗣兄が・・・・」


(総が連れて来たのですから、美珠さんが自分の家に帰る日まで病気やケガをしないよう、四六時中責任を持って総が面倒を見なさい。暫くの間、学校帰りの寄道や友達を家に招待、または友達の家に訪問するのも禁止します。美珠さんに負担及び心配を掛けないよう、くれぐれも注意して行動をしなさい)


「って言ってたから・・・ごめん莫也君」


目の前で深々と頭を下げる総にそこまでしなくても良いのにと思いながら、莫也は苦笑した。


「そうか・・・まっ、いつでも遊べるから気にするな」


「うん、ありがとう莫也君」


総がいつもの笑顔に戻りホッとすると、母から家を出る前に言付かった総への伝言を思い出した。


「総、遊ぶのはダメになったけど母さんが・・・」


「おはよう杞龍君、莫也君」


莫也の言葉を遮り、一人の女の子が二人に声を掛けてきた。莫也の幼馴染で同じクラスの鵜戸栞菜(うとかんな)だ。


「おはよう、鵜戸さん」


総に笑顔を向けられると、栞菜は頬を赤らめ、惜しみながらも莫也に視線を移した。


「莫也君、話したいことがあるんだけど、ちょっと良いかしら?」


栞菜の笑顔と猫撫で声に莫也は眉間に皺を寄せた。


「・・・ここで話せないのか?」


栞菜は総に一瞬目を向けると、笑顔で莫也の腕を引っ張った。その手に異様な力が込められているのは、決して莫也の気のせいではない。


「いいから来て!杞龍君、莫也君を借りるわね」


有無を言わさず連行されていく莫也を、総は笑顔で見送った。


(莫也君と鵜戸さんって本当に仲が良いんだ)


そう思いながら、総の表情は何か気に掛かっているようだった。






 栞菜は莫也を図書室に押し込み、誰もいないことを確認すると壁際に追い詰め、息が距離がかかるまで近寄った。


「・・・顔が近い」


「あれはどういうこと!?」


冷静男兼幼馴染の訴えは無視し、栞菜は朝から内に溜めていた疑問を莫也にぶつけた。

両目は大きく見開かれ、莫也の胸倉を掴んでいる手は小刻みに震えている。


(・・・怒り狂ってるな)


莫也は大きく溜息をつくと手を振り払い、襟を正した。


「あれってどれだ?」


瞬間、栞菜の鋭い視線が突き刺さる。しかし、莫也は全く気にしていない。こんなのは日常茶飯事だ。但し、今日はいつもより真剣度が高い。


「相変わらず意地悪い男ね!分かってるでしょう?何で杞龍君と千紫寺さんが一緒に登校して来るのよ!昨日までそんなこと、一度だってなかったのに!」


莫也は再度大きな溜息をつくと、図書室の椅子に腰掛けた。


「・・・栞菜、ハッキリ言え。総が他の女子といるのが気に入らないって」


「!!・・・そ、そ、そこまでは言ってないわよ!」


「同じだろう。さっきなんか俺が一人の時に声を掛ければいいのに、わざわざ総が俺に話し掛けてくるまで待っていたくせに。この猫被り女」


栞菜の顔が、あり得ないほど真っ赤に染まる。

四月の席替えで窓際になった栞菜は、毎日誰よりも早く学校に来て、正門から入ってくる友達の姿を密かに見るのを日課としている。

勿論見るのは彼女の一方通行の片思いの相手、杞龍総。

その為に、毎日眠たい目を擦りながら頑張って早起きをし、両親を驚かせているぐらいだ。

そんな彼女が毎日の楽しみ、否、生きがいと言っても過言ではない日課に、異変が起こった。

総が登校して来る時、クラスの男子達と一緒に登校しているのがほとんどで、女子と登校する等、皆無に等しい。

それなのに今日に限って、同じクラスの女子ならまだしも(本当は嫌だが)違うクラスの女子と一緒に登校してきたのだ。

今まで一度として総と登下校したことのない栞菜には、それだけで心を粉々に打ち砕かれる衝撃だった。


「うるさい!今はそんなのどうでもいいの!さっさと教えなさい!」


「・・・・・偶然、一緒に登校してきただけかもしれないって考えはないのか?」


栞菜の目が更に鋭くなる。


「莫也、私を本気で怒らせたいの?」


「・・・・・」


既に本気だろうと言いたかった莫也だが、これ以上栞菜の怒りを増長しても面白くなさそうだし、授業も始まるので教室へ戻ろうとした。


「莫也!まだ聞いてないわよ!」


「・・・この件に関しては俺からは話せない。どうしても聞きたかったら総と千紫寺に聞け」


「莫也!」


非難するように叫ぶ栞菜を、莫也は無視した。唯、扉を閉める直前に一言だけ残して。


「栞菜、あんまりはハメを外すなよ」







図書室を後にした莫也が教室へ戻る為に階段を上っていると、上から総が下りてきた。


「莫也君!」


「総、どうした?」


「もうすぐ授業が始まるから莫也君達を呼びに来たんだ」


「そうか」


得意気にニッコリと笑う総。ふと、栞菜が一緒にいないのに気づいた。


「あれ?鵜戸さんは?」


「・・・・・あとから来るさ」


「そっか・・・莫也君、鵜戸さん何かあったの?」


「?・・・何でそう思う?」


「さっき莫也君と一緒に教室を出る時、顔が違って見えたから・・・いつもの鵜戸さんならもっとキラキラしてるのに、今日は何て言ったらいいか分かんないけど・・・違っていた」


「そうか・・・」


素っ気なく答えた莫也だったが、感心していた。

人と関わる時、自分は論理的なものの考えで人を考察しているが、総は感情で人の機微に触れて見ている。それは総の美点の一つであり、皆が総に好感を持っている理由でもあると、莫也は思っている。


「じゃあ、栞菜の幼馴染として総に頼みがあるけど聞いてくれるか?」


「うん!」


「総の都合の良い時間でいいから、栞菜に話し掛けてやってくれ。あっ、俺が言ったっていうのは秘密で」


栞菜に一方的に気持ちをぶつけられるのは毎日のことなので全く気にならないが、幼馴染であり、総の前では女の子らしく振舞おうとして、なかなか話し掛けられない栞菜に対する、莫也なりのちょっとした気遣いだった。


(栞菜が俺に話すみたいに、総にも話せばいいだけなんだが・・・あの猫被り女は・・・)


「分かった!僕に任せて!」


「よろしく頼む、総」


理由を一切聞かずに答える総。

二人の話に切りがついた頃、一限目のチャイムが鳴り始め、慌てて階段を駆け上がる二人だった。

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