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話合

 莫也と別れた総と美珠は、杞龍家の近くまで来ていた。

ここまでの帰路の途中、近所のお兄さんやお姉さん(正確にはおじいちゃん、おばあちゃんだが、杞龍家ではそう呼ぶように教育されている)に会う度に、総が笑顔で挨拶をすると、野菜やお菓子等を、必ず総に渡す。

そして、“兄弟四人で大変でしょう?”“これおいしいから持って帰りなさい”との言葉と一緒に。その度に総は遠慮せず、“ありがとうございます”との心からの言葉で受け取る。

その場面に遭遇する度、美珠は不思議そうに見つめている。


「あ、ここがぼくの家だよ」


 前を歩いていた総が足を止めたので、美珠も同様に止まり顔を上げると、目を見開いた。

築八十年の平屋の杞龍家は、正直言って綺麗とは言えない。

あちこち補修がされ瓦屋根はない部分もある。四方の住宅が比較的新しいのも相伴って、より一層古く見えてしまう。

家に入ろうと玄関に足を進めた総だが、美珠が立ち止っているのに気づき引き返した。


「どうしたの?」


反応はなかった。美珠の両目は杞龍家へと注がれている。

首を傾げながら美珠の横に並び、同じように自宅を眺めてみると、ふと思い出し笑顔で尋ねた。


「もしかしてビックリした?僕の家があまりにもボロイから」


美珠は直ぐ傍にある横顔を見つめた。


「初めてぼくの家に来た人はみんな千紫寺さんと同じ顔をするよ。あっ、でも莫也君はハッキリ言ってた。“こんなボロ屋敷まだ日本に存在するんだな”って」


美珠は大きく首を横に振り手に持っていたノートに急いで字を書いた。


《杞龍君の家が古くておどろいたんじゃないの。わたしが前に住んでいた家に似てたから・・・》


「千紫寺さんもこんな家に住んでたことがあるの?」


《この町に引っ越してくる前。私の場合はアパートだったけど》


「そっかー、じゃあこの家でも大丈夫かな?本当はちょっと心配してたんだ。僕の家ボロイから、もしかしたら女の子は嫌かなって」


頭を掻きながら苦笑する総に、そんなことを気にしてくれてたんだと美珠は微笑む。


「総、家の前で何してる?」


家に入らず自宅前で佇んでいる不審な弟に、翔は無愛想な顔で声を掛けた。(何度も言うが本人にそのつもりは全くない)


「翔兄!おかえりなさい」


「・・・ただいま。で、何してる?しかも・・・・・友達、か?」


変わらず無愛想な顔で美珠を一瞥する翔だったが、内心は驚いていた。

自分の記憶では総が家に女の子を連れて来たのは一度としてない。もしそんなことがあったら上の兄達が黙ってはいないし、その日は間違いなく総の御祝だと言って、ヘソクリから赤飯の材料を購入し炊くに決まっている。


「翔兄は今日バイトじゃなかったの?」


他意のない、素朴な疑問を口にした総は、気づきはしなかったが、翔は一瞬言葉を詰まらせた。


「・・・今日は休みになったから、継兄の代わりに夕飯の買い出しに行って来たところだ。お前の手は今日も凄いことになっているな」


翔は右手に持っている買物袋を軽く持ち上げ、総の両手にある野菜やお菓子が入った紙袋に視線を移した。(勿論、紙袋も近所のお姉さんから頂いた物だ。)翔達もたまに野菜等をもらうことはあるが、総の比ではない。


「休みなんてめずらしいね」


弟の無邪気な笑顔に罪悪感を覚える翔。その為、少し厳しい口調になってしまった。


「総。俺の質問に答えろ」


笑顔から一転、子犬のような可愛さでシュンとした総の表情に、翔の罪悪感は更に増した。総の後ろでは二人のやり取りを心配そうに美珠が見つめている。


「・・・翔兄。できれば嗣兄と継兄とも一緒に話したいんだ」


「なら、さっさと家に入れ」


翔は総の頭を軽く叩き、両手から荷物を奪い取ると玄関へと足を進めた。


「え?嗣兄もいるの?」


「今日から暫く仕事が休みになった」


瞬間、総の表情がパッと明るくなった。


「やったー!じゃあ一緒に遊べるんだ!」


(・・・本当、総は単純だな)


素直に兄の休暇を喜ぶ無邪気な弟に苦笑しながら、自宅へと入っていく翔。

その後に総と、躊躇いながらも美珠が続いた。







 夜も更け、日中の賑わいもなく、杞龍家周辺は静まり返っていた。

洗濯を干し終えた継、明日の朝食準備を終えた翔は自室へと戻らず、静かに和室へと向かった。

ゆっくりと襖を開けると嗣が仏壇の前に手を合わせ座っていた。


「兄貴、片づけ終わったぜ」


二人が畳の上に座ると、嗣も仏壇の前から席を移し、二人と正面から向かい合った。


「総とあの子はどうしていますか?」


嗣の質問に継が答えた。


「様子を見たけどぐっすり寝てる。二人とも可愛かったぜ」


「まさか・・・二人一緒に寝てるの?」


継の気味悪い笑顔には全く触れない翔。


「いや、美珠ちゃんには俺のベッドを貸した。上は総だし、一緒の部屋の方があの子も少しは安心するだろう?見た感じ、あの子大人はダメみたいだから」


継は家に来た時の美珠の表情を思い浮かべていた。

平常心を装ってはいたが、総の傍を片時も離れず、ジッと嗣・継・翔を見定めていた。

その所作には、大人に対し、何か疑念を抱いているように見受けられたのだ。


「総と一緒に寝ればいーじゃん。継兄は総が大好きなんだし、それに継兄は外見大人だけど、中身は子供だろう。問題ないじゃん」


翔は嗣との共同部屋で、継達と同様、二段ベッドを使用しており、継が寝られるスペースはない。他に空いている部屋は、台所兼リビング、風呂、トイレ、そしてこの和室ともう一部屋あるが、そこは論外。となれば当然、この和室しかないのだが、体の大きい継が小さい総と一緒に寝る選択肢もあったのでは?と、皮肉を込めて口にしたのだが、継は違う意味で捉えた。


「翔、やきもちをやくな。寂しがりやの翔の為に今日からは一緒に寝てやる」


「!?・・・俺はやきもちなんてやいてないし寂しがりやでもない。継兄と一緒に寝るなんて・・・絶対に嫌だ」


「照れるな、翔」


翔の明らかな拒否反応も気にせず、継は笑顔で翔の頭を激しく撫で回した。


「やめろ継兄!・・・それより嗣兄、話って何?今日バイトを休めって言ったぐらいなんだから、大事な話なんだろう?」


必死に継の手を退かしながら、嗣に視線を送った。

両親がいない杞龍家では、収入源は嗣と、両親が掛けていた生命保険、それと国や市からの手当だ。両親の父母はまだ存命で、援助しようと何度も申し出てくれているが、祖父母に負担を掛けたくないとの想いから、嗣達はそれを断り続けている。

それに嗣の仕事は、給料は悪くない方なので、贅沢をしなければ、四人が食べては生きていける。

しかし、継と嗣は、少しでも家計を楽にする為、自分達の為、そして、総が将来金銭面で何も心配することのないようにする為、日々バイトに勤しんでいる。

今日もいつものように学校からバイト先へ直接向かう予定だった翔だが、時間に余裕があったので、学校から自宅へ一時帰宅すると、残業でいないはずの嗣兄が居たのには少し驚いたが、バイトを休めと言われたのには更に驚いた。

しかし、そんな時は決まって嗣兄の仕事の話だと分かっていたし、嗣兄の仕事を全く知らない総には秘密で、夜に三人だけで和室で話し合うのも分かってはいた。

嗣を見てみると、兄弟仲良くて結構ですと言わんばかりの笑顔で、継と翔の様子を見つめていた。


「・・・嗣兄?」


「兄貴?」


「!」


弟の呼び掛けに現実に引き戻された嗣は、コホンと咳をし、気を引き締め真剣な面持ちで話し始めた。


「すみません。ちょっと考え事をしてしまいました。今日集まってもらったのは私の仕事の件なのですが・・・暫く休みになったのはお伝えしましたね」


「兄貴の仕事が休みって珍しいよな。あの爺様、休みの日も何かしら理由つけて兄貴を呼び出すのに」


「そうですね・・・でも度が過ぎると私も理由をつけて休みますけどね」


冷笑を浮かべる嗣。これまでの悪夢の休日が頭の中を瞬時に駆け巡るが、今はそれを頭の片隅に置いておく。


「でも、休んだりして問題ないの?嗣兄の仕事は千紫寺様の護衛だろう?」


杞龍家は代々、千紫寺家当主を護衛する役目を担っている。

これは数千年前からの両家の取り決めで、それぞれの家に約定書が保管されている。

その一文には、『杞龍家家長は千紫寺家当主を未来永劫守護する、千紫寺家は杞龍家に恩賞等を与える必要はないが、千紫寺家が認めた場合はこの限りではない。』と記載されている。総達の父親、杞龍剛毅(きりゅうこうき)が生きていれば道成の護衛は父が担うはずだったが、六年前に交通事故で母と共に亡くなった為、嗣が十八の時に役目を引き継いだ。


「それは問題ありません。我らが主の海外訪問時に、私は絶対に同行しないと伝えています。それに私以外に護衛する者がいますから、今頃違う方が我らが主を護衛しているでしょう。彼らに比べれば私なんて素人同然です。今も護衛というより雑用の方が多いですし、それに我らが主には【夜棲嗣那(やすつな)】を預けています」


「そっか・・・」


笑顔で話す嗣に、継と翔は顔を見合わせはしなかったものの、頭の中で同じ言葉を浮かべていた。


((絶対兄貴が最恐に決まってる!))


「実は今回もお休みであってお休みではありません。これを見て下さい。我らが主からの手紙です」


嗣は胸元のポケットから、一通の手紙を取り出し畳の上に置いた。今日、鳴﨑から手渡されたものだ。


“暫しの間、儂の護衛の任を解く。好きに過ごすが良い。そのかわり千紫寺美珠を護衛し、同時に泰川葉波(やすかわはなみ)を徹底的に調べろ。~千紫寺道成~”


「休みじゃねーじゃん!」


休日の意味を知らないのか!と言いたくなるほどの、相変わらず人使いの荒い道成に継は呆れ、翔は手紙を黙視していた。


「嗣兄・・・やっぱりあの子・・・」


「そうです。総が連れて帰ったあの子こそ、千紫寺美珠です」


 最初、総が女の子を連れて来た時には御祝だー!と喜んだが、総から彼女の名前を聞いた瞬間、冷水を浴びせられたような気分だった。

杞龍家と千紫寺家の関係を全く知らない、否、知らせていない総が、クラスは違えど、千紫寺家の人間と同じ学校に通学し、あまつさえ、自宅に泊めて欲しいと懇願したのには因縁(脅迫?)としか云えないものがある。


「だから・・・家に泊まるのも簡単に許したんだ」


「勿論です。彼女がその手紙の人物でなければ絶対に許しません。結婚前の女性を預かる等・・・」


「でも兄貴、何であの子がこの手紙の子だって分かる?千紫寺は珍しい名字ではあるけど、連なる家は結構ある。それに爺様は冷酷非情で有名、身内だろうと容赦しない人間だ。それなのにあの子を護り、尚且つ自分の娘を調べろって・・・」


(当然の疑問ですね・・・)


千紫寺家当主である道成の住まう本家の他に、分家は多数存在する。他者に容赦なく冷酷無情な道成が、自分以外の人間を護れとは一体どういった心境の変化があったのだろうかと、この手紙を読んだ時は、嗣も天と地が引っくり返る程の衝撃を受けた。

しかし、あの子が千紫寺家直系に連なる者に間違いはない。


「総とあの子がこの家に来た時、私は地下室に居たのですが・・・醍継天斬おおでんた達が輝きだしたのです・・・」


継と翔の両目が見開かれる。杞龍家にとって命である醍継天斬達が、あの少女に反応を示した?ということは・・・・・。


「正直、前例がないのでハッキリとは言えませんが、その理由だけで十分だと私は思います」


沈黙が三人の間に流れる。


「・・・じゃあ、嗣兄はあの子を護るんだ?」


いつもの無愛想な表情ではなく、心配そうな面持ちで嗣を見つめる翔。嗣は弟の心配を払拭するように笑顔で答えた。


「はい。我らが主の命令でもありますから」


「・・・それなら爺様の娘、葉波様は俺と翔が調べてみる。でも、俺達杞龍家はその道のプロでもないのに・・・困った爺様だな」


口では面倒くさがる素振りを見せながらも、継の明るい声にホッとし、少々面白がっているなと、嗣は苦笑した。


「千紫寺家は有名な家です。仕事のことならいざ知らず、身内のことを全くの他人である者に頼んで外部に洩れるような事態が起これば、千紫寺家の名に傷がつきます。そんなことになるよりかは私達杞龍家に知られる方が幾分マシだと思ったのでしょう・・・付き合いだけは長いですから」


「だったら事前に身内情報をもう少しくれてもいーと思うけど・・・」


ボソッと呟く翔。今はもういつもの無愛想に戻っている。

嗣達が知っている千紫寺家の情報は、当主が道成で子供が二人いる。息子の尚明、娘の葉波だ。尚明は独身で本家に住み、葉波は他家へと嫁ぎ子供が一人いるが子供の名前は分からない。たったこれだけの情報しか嗣達の手元にはなかった。

護衛の観点から道成に何度も情報を求めたが、道成(馬鹿主)はそれ以上教えてはくれなかった。肝心の父、剛毅からは色々と引き継ぐ前に、事故で亡くなってしまい、手掛かりは少なかった。


「だけどあの子、美珠ちゃんは一体誰の子供なんだ?爺様の愛人の子供・・・それとも尚明様や葉波様の隠し子?それとも・・・!」


継の軽はずみな言葉に嗣の鋭く冷たい視線がとぶと同時に、継の顔が凍り付く。


「継。滅多なことを口にしてはいけません。そんなことはどうでも良いのです。我々は、主の命を真っ当するのみです」


「・・・すまん、兄貴」


「私に謝っても仕方ありません」


厳しい口調に項垂れる継。普段は大きな兄が、子犬よりも更に小さく見える翔だった。


(馬鹿だな、継兄)


「とにかく、私も美珠さんを護衛しながら葉波様を調べてみます。二人には迷惑をかけてしまいますが、宜しくお願いします」


「・・・迷惑なんて思うわけないし」


「兄貴がいつも言ってるだろう?兄弟仲良く、協力して生きていこうって!」


「・・・そうでしたね」


弟達の言葉に心が軽くなる嗣。父がいない今、杞龍家の長として自分には弟達を守る責任がある。しかし、それを弟達は一緒に分かち合おうとしてくれている。それが嗣にとって心の支えであり、気力ともなる。

しかし、弟達には唯一つ、気掛かりなことがある。


「兄貴。俺達も十分注意するけど、総のこと・・・頼むぜ。美珠ちゃんを護衛となると・・・」


言葉は続かなかったが、嗣には十分通じた。

それは、総が彼女、美珠を千紫寺美珠だと紹介した時、嗣の頭に一番に最初に浮かんだことでもある。

美珠を護衛となれば、何者かに命を狙われている可能性がある。とすれば、必然的に護衛につく自分の身の危険が及ぶのは当然のこと、弟達にだって皆無とは言えない。特にまだ小学生で美珠と同じ学校に通い、特にに共有する時間の長い総が巻き込まれる可能性は高くなる。

だからこそ弟達にも共通理解してもらおうと、今夜召集をかけたのだ。

嗣は弟達を見た。

二人は余裕等一切無い、切羽詰まった深刻な面持ちで嗣を見ていた。その顔は、九年前に両親と三人で約束を誓った時と同じだった。


「心配には及びません。例え美珠さんを護りきれなくても、総だけは護ります」


それは、嗣、継、翔の全く偽りの無い本音だった。

彼らにとって千紫寺道成の命よりも、千紫寺美珠の命よりも、総の命が一番なのだ。

これは何があっても決して変わらない。

例え主がどんな罰を下そうとも・・・・・・。

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