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胎動

 夕刻前。総が通っている遠小学校の校門から授業を終えた児童達が続々と下校していた。


「失礼しました」


職員室の扉を静かに閉め、総は一息つくと、階段をゆっくりと上りながら三階の三年四組の教室を目指した。

日中の賑やかな学校とは違い、殆どの児童が帰った校舎はとても静かでどこか悲しく、残っている児童達の声が良く響く。

三年四組の教室に辿り着き、扉を開けた瞬間、窓から射し込む西日が両目を直射し、総は咄嗟に目を瞑った。


「おかえり金髪少年」


ゆっくりと目を開けると、教室には親友、獅ヶ原莫也が椅子に座り、不敵な笑みを浮かべながら本を手にしていた。

総と莫也は幼稚園からの幼馴染である。

性格や家柄等、あらゆる面で正反対の二人なのだが、とても気が合い、互いの家を頻繁に行き来し、寝泊りしたり、休日は二人で遊んだり、他の友達も交えて遊んだりと、一緒にいるのが当たり前の二人だった。


「ただいま莫也君。ごめん、待っててくれてたんだ」


今日は莫也の家で、彼の父親の会社で作った未発売の新作ゲームをする予定だったのだが、総の(正しくは継の)起こした金髪染め事件によって、総は放課後担任の先生から職員室へ呼び出され、今日の約束を莫也に断わっていたのだ。

しかし、莫也は総を待っていた。

机上のランドセルに本を直し背負うと、総のランドセルを手渡した。


「途中まで一緒に帰ろうぜ」


「うん」


ランドセルを受け取ると、総は笑顔で答え小学校を後にした。






「今回の説教は長かったな」


「先に継兄が先生にじじょうを話してくれていたから、お説教はそんなに長くなかったんだけど、その後の先生の話しが・・・・・」


(杞龍君。あなたのご家庭の事情は、先生十分理解しているつもりよ。ご両親を亡くされて兄弟四人での生活・・・・・毎日が大変でしょう(涙)

お金が無くて家で食事が出来ず、お腹が空いていたら遠慮せず給食をおかわりしていいの。何だったら先生の分をあげてもいいわ。大丈夫、先生一日位抜いたって平気よ。ダイエットにもなるし。

それと洗濯ができなくて体操服がないのなら学校のを貸してあげる。ノートやシャーペンが無ければ先生が買ってあげる。あ、これは教師としていけないのかしら?

あなたが今着ている制服だって、少し大きめのサイズで補正箇所が何か所もあって・・・お兄様方のお古なんでしょう?それにご自宅なんて・・・(涙)

(中略)本当だったら悪い道に走ってもおかしくないのに・・・あなたはそんな気配すら感じさせない本当に素直な良い子で・・・(涙)成績は普通だし、これもお兄様方の教育の賜物ね。特に一番上のお兄様は・・・(ポッ))


(先生?)


(あ、えっと、とにかく今回もちょっとした兄弟間の意思疎通の問題だったのよね。お兄様方の学校への呼び出しはないわ(泣)

(中略)先生はね、例えあなたが金髪のままでも、青髪のままでも、赤髪のままでも、あなたは大丈夫だと信じているわ。もちろん私だけじゃない他の先生方も。だけど早めに髪は戻すようにね。友達に苛められたくないでしょう?二番目のお兄様にも電話ではお伝えしたけれど・・・とても明るくて頼りがいのありそうな声だったわ・・・(ポッ))


(・・・先生?)


(あ、あ、えっと、じゃあまた明日ね、杞龍君。気をつけて帰るのよ。お兄様方にも、後日呼び出しはありませんので心配しないで下さいと伝えてね)


「・・・って感じだったんだけど、先生何が言いたかったのかな?」


腑に落ちない様子で歩道を並んで歩く総を横目で見ながら、莫也は心の中で溜息をついた。


(今年の担任はハズレだな)


総達の担任、鮓馨(ずしかおる)は今年一年目の新米教師である。

自分なりに杞龍家の家庭環境を調べたようだが、莫也に言わせれば零点だ。

少なくともこの四兄弟は苦労していると思っていない、というか感じてもいない。

そんな単語あった?と思う四兄弟だ。(注:頭が悪いという意味ではなく)

『者や物を大切にする』が脳は勿論、体の隅々にまで染みついた家なので、給食をおかわりしようがどんな衣服を着ようが、些細なことは全く気にしない。

仮にそれが原因で総が苛めにあい、クラスの友達が彼から離れていっても、自分だけは絶対に総の傍を離れていかない自信が莫也にはあるし、そんな友達なら総には必要ないとさえ考えている。

自分の物差しでしか人を見ることが出来ない担任に、莫也は軽く吐気を覚えた。


「総の兄さん達は格好良いって、言いたかったんだろう。終わったことは気にするな」


「そうなのかな?確かに三兄はカッコイーけど・・・」


最初は腑に落ちない総だったが、親友、莫也の言葉に徐々に表情も晴れていった。


「それより今日する予定だったゲームはどうする?明日家に来るか?それとも総の家に俺が行こうか?」


総は笑顔で首を振った。


「莫也君の家に行きたいから、僕が行く!」


「・・・・・母さんの手作り菓子があるから?」


苦笑しながら尋ねると、総は満面の笑顔で頷いた。


「うん!莫也君のお母さんのお菓子はすっごくおいしい!あ、もちろんご飯もね!」


(ホント、総は変わらないな)


初めて総が獅ヶ原家を訪れた時、家の大きさや部屋の広さ、テレビの大きさ等よりも、母の手作り菓子に、一番くいついていた総。

あの時と変わらない総が見せる裏表のない無邪気な表情は、捻くれた自分には真似できないものだと、この笑顔を見る度、莫也は感じていた。


「じゃあ日にちは明日でいいか?」


「うん」


「じゃあ、時間は・・・・・どうした?」


予定を確認しようと横に目を向けると、今の今まで隣にいた総がいない。後ろを振り返ると数歩後ろで立ち止まっていた。

隣に歩み寄ると総が指差しながら口を開いた。


「あそこに座っているのって、三組の荒峰(あらみね)さんだよね?」


指差した方角には公園があった。ちらほら遊具で遊んでいる子供がいたが、その中で遊具では遊ばず、公園のベンチの一つに、深刻そうな表情で座っている少女がいる。

総が言った通り、座っているのは隣のクラス、三年三組の荒峰美珠(あらみねみしゅ)だ。

だけど、彼女は、


「ああ。そうだな・・・っておい!総」


莫也の返答を聞き終わらぬまま、総は少女目掛けて走り出した。仕方なく、莫也も総の後に続いた。


「こんにちは。荒峰さん」


 突然、声を掛けられ美珠はビクッと肩を震わせた。


「驚かせてごめん。ここで何してるの?」


美珠はゆっくりと顔を上げると総を見つめた。

去年の二月に引っ越して来たばかりで、クラスも違うので話したことはないが、見知った顔に、美珠の表情は多少安堵していた。

しかし、間違いなく何かに怯えている。美珠は言葉を発しようと口を動かしたが、声にはならなかった。


(どうしたんだろう?何かあったのかな?)


先程まで莫也と会話をしていた総だが、視界に沈みきった美珠の表情が入り、気に掛かり、思わず声を掛けたのだ。


『杞龍家ルール:困っている人を放っておかない』


「総、無駄だ。彼女は失声症だから今は話すことが出来ない」


総に引き続き、今度は莫也の登場に、美珠は驚き俯いてしまった。


「しっせいしょう?何それ?」


聞きなれない言葉に首を傾げる総。


「簡単に言うと声が出なくなる病気のことだ。原因はストレスとか色々言われているけど・・・・・」


「え!?声がでないの?」


驚き目を見張る総。美珠に目を向けると肯定として美珠は小さく頷いた。


「ああ。でもほとんどの場合、直ぐに治るらしいけど」


「そうなんだ・・・莫也君って、本当いろいろなことを知っててすごいね」


本日二度目の無邪気な笑顔を発動した総の視線を、照れ臭そうに莫也は逸らした。


「・・・こんなの本を読めば誰だって分かることだ」


(莫也君ってすぐ照れるんだよなー)


本人が怒るので言わないが、照れて赤くなる莫也を、総は可愛いとさえ、思っていた。

総は再び美珠に目を向けた。

彼女は二人のやりとりを(話せないので当然ではあるが)黙って見ていたが、総と目が合うと慌てて視線を地面へと落とした。

沈黙の後、何かを思いついた総は、美珠の隣に座りランドセルを開けた。中からノートと鉛筆を取り出し何かを書き始め、終わるとノートを美珠に差し出した。ノートを覗いて見ると大きな文字で書かれていた。


《何か困っていることがある?》


顔を上げると、笑顔と一緒に鉛筆が自分へと差し出されていた。

声の出ない自分の為に考えしてくれたことに素直に嬉しいと思ったが、鉛筆を手にする気にはなれなかった。

美珠が俯いたまま一向に書く素振りを見せなかったので、総は再びノートに書いて差し出した。


《ぼくに何か出来ることがある?》


ノートに目を落としはしたが、それでも美珠は鉛筆を握らなかった。

莫也に助言を求めようとした総だったが、彼は隣のベンチに腰掛け腕を組んで目を瞑っていた。我関せずを決め込み総を助ける気はないようだった。

天を仰ぎ、三度ノートを差し出した。


《ぼくに出来ることがあれば協力するよ。それともここにいない方が良い?じゃまかな?》


スカートの裾を握り締める美珠。

逡巡する彼女の言葉(文字)を辛抱強く待つ総。そんな二人をうっすらと横目で見つめる莫也は、大きく溜息をつき立ち上がった。


(面倒くさい女だな)


「あと五秒以内に何らかの返答がない場合は、学校に電話してお前を迎えに来てもらう。俺はお前なんかどうでもいいけど、総は困っている奴を放っておけないからな」


莫也を見る美珠。今にも泣き崩れてしまいそうな気持ちを必死に堪え、決して泣くまいと堪えていた。


「莫也君・・・」


自分の為に言ってくれたのは分かってはいるし、嬉しいとも思うが、少しキツイ言い方に、総は咎めるような視線を送ったが、莫也は全く気にせずカウントを始めた。


「5、4、3、2」


すると、意を決したように美珠がノートに書き始めた。


「・・・最初から書けよな」


不貞腐れながら莫也は胸の前で腕を組み、総はホッと胸を撫で下ろした。


(良かった・・・)


美珠が躊躇いながらもノートを差し出してくれたので、総は笑顔で受け取った。


「答えてくれてありがとう。えーと・・・」


ノートに書かれた美珠の字は、総と違ってとても綺麗で読みやすかった。


《学校には連絡しないで。学校に連絡すれば家にも連絡される。家に帰りたくないの》


「家に帰らなくてどうする?ここに泊まるのか?そんなこと出来るわけないだろう」


ノートを覗き見た莫也は、非現実的な内容に呆れた。

例え未成年者であっても、中学生や高校生ならまだしも、小学生が一人で生きていける程この世界は甘くない。

勿論、自分自身がどうなっても良いと言うなら、話は別だが・・・。

美珠は唇をギュッと固く結んだ。莫也に、他人に言われなくても十分分かっている。

小学生が家出なんて馬鹿な行為だと。でも、それでも、家には帰りたくないのだ。

そんな二人を横目に、総はノートに目を向けたまま思案していた。

数十秒後、考えがまとまるとノートを閉じ、鉛筆と一緒にランドセルに直すと美珠に尋ねた。


「本当に家に帰りたくないんだね?」


その口調は尋ねると言うよりは、確認するようだった。

スカートの裾を思い切り握り締め、首を一度、大きく縦に振る美珠。

美珠の決意の強さを感じた総の口元は、弧を描いた。


「それなら家に泊まればいいよ」


「!!」


「!?総、冗談はよせ!そんなのは無理に決まってるだろう?こいつの家や学校には何て言うつもりだ?お前の兄さん達だって許すはずないだろう!」


予想していなかった総の申し出に、美珠の両目は見開かれ、莫也はすぐさま非難した。親友の言葉に総は頬を膨らませた。


「冗談で言わないよ」


「・・・それは・・・・・分かる」


「学校のこととかは後で考える。三兄は僕が説得する。それで問題ないでしょう?」


Vサインで目をキラキラと輝かせきっぱりと言い放つ総に、莫也は脱力した。


(全然解決してない・・・)


「さっ、行こう!荒峰さん!」


スッと立ち上がると、美珠に右手を差し出した。こうなった総を止めることが出来るのは、三兄だけなので、説得は早々に諦めた莫也だった。

自分に差し出された手と、総の顔を交互に見つめる美珠は戸惑いを隠せない。

説得を諦めた少年は、また一つ大きく溜息をついた。いつもの冷静さが戻っている。


「とりあえず一緒に総の家に行ってみれば?あとのことは総の兄さん達が考えてくれるだろう」


それでも心を決められない美珠を見かねて、総は彼女の腕を引っ張り、真正面から向かい合った。


「ぼくのこと知らないよね?僕は隣のクラス、三年四組の杞龍総。よろしく、荒峰美珠さん」


満面の笑みを向けられ、まだ戸惑いはあるものの美珠は大きく頷いた。


「それで彼が僕と同じクラスの・・・」


莫也の自己紹介もしようとしたが、本人に右手で制された。


「俺は獅ヶ原莫也。一応、よろしく」


自己紹介が済んだので早速家に向かおうとすると、莫也が言葉を続けた。


「総」


「何?」


「こいつの名前、荒峰美珠じゃない」


「え?そうなの?」


今の今まで荒峰美珠という名前だと思っていた総。名前を間違えていたことに気づかず、申し訳ない表情になる。

美珠に確認するかのように、視線を送る莫也。美珠は躊躇いながら小さく頷いた。


「前は確かに荒峰だったが、両親が事故で死んで、先月から千紫寺美珠(せんしじみしゅ)に変わったんだ」


「そうだったんだ・・・・じゃあ、あらためてよろしく、千紫寺美珠さん」


 その瞬間、莫也は気づかなかったが、総と美珠の心臓が大きく鼓動した。


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