第8話 連れてきたぞ!
オレは屋上を後にしたあと、職員室に部活動入部申請書を受け取り教室でボールペンを走らせた。
「あれ?松宮くんどしたの?部活動入部申請書なんか書いちゃって。」
「ぅおっ!?」
最近席替えで隣の席になった神谷が机とオレの間に、にゅっと顔を出して覗き込んできた。
至近距離から覗く神谷の瞳にビックリしたオレの顔が見える。
「ビックリさせんなよ神谷ぁ…。何、ちょっと気が変わって野球部に入部することにしたんだ。」
「野球部に?松宮くんって中学時代野球やってたの?」
「関東地方の方だけど、シニアでちょこっとな…。」
「へぇー…。そうだったんだ…。」
神谷と話している内に、入部申請書を書き終えた。
あとは野球部担当の先生に渡すだけっと…。
「何だか松宮くん、わたしと最初に会った時より何だかイキイキとしてるね。」
書き漏らしが無いかもう一度目を通してからボールペンを置き、職員室に行こうとしたところ神谷が何やら意味深な事を呟いた。
「………そうか?」
「憑き物が落ちたって言うか何だか表情が清々しくなったっていうか…。」
神谷の目にはそう見えるのか…、まぁオレ自身野球を再びやると決めてから何だか気持ちがスッキリした感じはあるから否定はしないがな。
「そうかも知れねぇな。んじゃ、職員室に行ってくらぁ。」
意を決して職員室まで来たのはいいが、緊張……今のオレの気持ちの状態を表すとするなら間違いなくこの一言に尽きる。
だって冷静になってよーく考えてみ?
新年度が始まって3ヶ月。
甲子園予選はおろかインターハイ予選も終わって、インターハイに行けなかった部活は新チーム始動しているこのタイミングで部活に入りたいってやつはほとんどいないだろう。
「失礼します、1年松宮入ります。」
緊張による心音を何とか沈め、職員室のドアをノックした。
職員室のドアを開けるとクーラーから冷たく心地よい風が熱くなっているオレの頭と身体をクールダウンさせてくれた。
えっと確か硬式野球部の監督さんは確か…。
「秋山先生いらっしゃいますか?」
「ん?俺が秋山だけどどうした?1年の授業は担当してないはずなんだがな…。」
1番近くにいた男の先生がどうやら野球部の秋山先生だったようだ。
それにしてもこの人監督以前に…ホントにここの学校の先生なのか?
顔は整ってはいるが、眉毛が高校生みたいに薄く顎には適当に伸ばされた無精髭が生えている。
着ているスーツのワイシャツのボタンも上から2つ開けていて下にはヤの字がつくような人たちがつけるネックレスが光っている。
うっわー…。緩い喋り方に反して見た目がすっげぇ怖いわこの人。
「改めて1年の松宮です。野球部に入部したいんです。これが入部申請書です。」
「お前が石川が言っていた『松宮 健太』か。全国シニアでベスト4になった後行方を眩ましていたピッチャーだと聞いたが、もう大丈夫なのか?」
監督も知ってるって言うことはシニアや中学野球等に何らかの人脈があるのだろう。…まさか鳥井さんじゃねぇだろうな?
「ええ。あの事故はお互いに過去の事でしかないとつい最近踏ん切りがついたところです。」
「そうか。うちに限ったことじゃないが秋田県は投手力が非常に弱い。お前がいいのならすぐにでもエースナンバーを渡して試合に投げさせたいと思っている。」
いやいやいや、それは恐れ多すぎて出来ないわ…。
「うちのキャプテンも是が非でもエースを譲ってあげたいと言っていたがな。まぁうちの現時点でのエースは黙っちゃいないと思うが、そんときゃお前の力で1発捻ってやれ。」
オレが引き吊った笑いをしていると、それに気づいた秋山先生が獲物を見つけた肉食獣のような鋭い目付きで笑いながらオレの肩をポンポンと叩いた。
「これからよろしくお願いします。」
入部を認めてくれた秋山先生に向かって深く一礼した後、職員室から出た。
その日の放課後、オレは野球部の部室の前に立っていた。
部室に入ろうとするが、どうしてもドアノブに手をかけることが出来ない。
「んなもん部室のドアに手をかけたら一気に行けるもんだからよ。おう、あくしろよ。」
後ろにいる石川が急かす。
「昼休み中に話しているから大丈夫だろ。…まぁ現時点でのエースの人だけは歓迎してなかったけど何とかなるだろ。」
いや、それ一番あかんやつやないの?
「ところでさ、1年って何人いるの?」
「俺とお前含めて6人だ。もうこん中にいるから早く行くぞ!」
石川はオレの腕を掴んで、部室のドアを開いた。
「お前ら!例のピッチャー連れてきたぞ!」