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Catch The Future   作者:
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第83話 出るつもりなの?

Side K.Ishikawa


健太は天宮の痛烈なピッチャーライナーを頭部に喰らって、帽子が落ちるのと同等のスピードで甲子園の地に倒れていく。


と思っていたが、右足を大きく前に踏み出して倒れる身体を強引に支えて足元に転がっているボールを右手で掴み……、




「~~~ァァァァァアアアッッッ!!!!」




人類の声とは思えないくらい大きく叫びながら、掴んだボールが握られている右腕をファーストへ向かって全力で振り切ったあと顔から倒れ込んだ。


天宮はバッターボックスから1歩も動いてなかったので余裕でアウトとなったが、目の前で倒れている健太の姿を見つめていた。


「松宮!!」


「健太!!しっかりしろ!!!」


「救急隊です!!松宮選手から離れてください!!」


俺や秋山先生が近づこうとするが、それよりも先に救急隊がやってきてあれよあれよのうちに健太は救急隊の人たちによってストレッチャーに乗せられ、バックネット裏へと消えていった。


打球をぶつけた天宮はというと顔面蒼白となり、今の精神状態では満足にプレーすることができないと判断した横浜総学館の監督が交代を命じ、天宮を始め横浜総学館の選手はそれに異を唱えることなくこの試合から退いた。


こうして試合最終盤で両校の中心選手を欠いた決勝戦は15回を戦い抜き、決着がつかず再試合となった。



Side out



Side N.Kamiya



わたしは愛美を引き連れて引き上げる応援団を引率する先生に必死にお願いして、健太くんが搬送されたであろう近くの総合病院に足を運んでいた。


ホントは美沙も連れてこようと思ったけど、『大人数で行ってもしょうがないだろ?』って言われて断られちゃったけど…。


受付のお姉さんに健太くんの関係者だと告げると、健太くんは頭部のMRI検査とCTスキャンをするため精密検査室に運ばれていて今も検査が続いているようだ。


つまり今のわたしにできることは精密検査室の前のベンチに座り、ただただ1秒でも早く健太くんの無事が確認されるのを待つことだけだった。


「菜々ちゃん…。」


愛美が心配そうにしながらわたしの顔を覗き込んできた。


「大丈夫。健太くんは必ず元気に帰ってくる。」


愛美にはそう答えるが、これはわたしの理想だ。


時速150km/hを越える打球が頭に当たって無事なわけがない。


打ち所が悪いと頭蓋骨にヒビが入り、最悪の場合は…。


ううん。これは考えるのはやめた方がいい。


「神谷!!小林!!」


わたしたちの名字を叫びながら入口方面から走ってきたのは、さっきまでの決勝戦で健太くんのボールを受けていた石川くん。


その後ろでは表情には現れないが、物凄く心配そうにしている秋山先生の姿があった。


「健太の容態は!?」


「まだ分からないよ。わたしたちもさっきここについたばかりだから…。」


わたしは首を横に振って答える。


「そうか…。」


隣いいか?と聞いてきて、特に拒否する事でもないのでわたしは頷くと愛美の反対側に少しだけ間隔を開けて座った。


石川くんが座ったとほぼ同時に検査室の上に点っていた『使用中』のランプが消え、健太くんはストレッチャーの上でベルトで固定された状態で病室に運ばれていった。


そしてゆったりとした足取りでお医者さんが出てきた。


「先生!!健太くんの容態は!?」


「脳や頭蓋骨に異常は見当たりませんでした。ですか一応安静にするという意味で健太くんはこちらで預からせていただきます。」


よかった…。


健太くんの無事を確認できたわたしは、腰を抜かしてしまい病院の床にペタリと座り込み気が付けば自然と涙が出てきた。


よかった…。ホント無事でよかったよぉ……!!



Side out








オレはゆっくりと目をあける。


目をあけると宿舎ではなく、雨足の音が聞こえてくる見慣れない場所だ。


それにいろんな薬品の混ざった臭いがする。


ここは……?


確かオレは試合で投げてて……。


それから視界がチラついてきて…。


そうだ!!勝敗はどうなった!?


「……がっ!?」


ベッドからガバッと起き上がったのはいいが、猛烈な頭痛に襲われその痛みから強制的にベッドに戻される。


「起きた?」


オレの近くには菜々や石川ではなく、かといって小林や秋山先生でもなかった。


「……麻生?どうしてお前がここに……?」


「どうしてってお見舞いにきてあげたんじゃない。バカ健太。」


少し膨れっ面になりながらカゴのなかに入っているくだものの中からリンゴを手にし、近くに置いてあった果物ナイフでリンゴを切り始めた。


「オレのチームメイトや友達は見なかったか?」


「見たか見なかったかって聞かれると見た。でも、それはあくまで遠目で。わたしがこんなところにいるって公になったら大変でしょ?はい、リンゴ。」


「ありがとう…。」


オレと話をしながらリンゴを切ったという割りに、うさぎ型に切る辺り家事のスキルが相当上がったようだ。


リンゴを食べながらあのあとの出来事を簡潔に話してくれた。


どうやらオレは天宮の痛烈なピッチャーライナーを頭部に喰らい、その打球を処理したあとグラウンド上で力尽きてしまったらしい。


その後の清峰高校の攻撃は三者凡退で打ち取られ、1ー1のまま翌日に再試合を行うこととなったらしい。


「それで?」


「?」


質問の意味が分からなかったので、思わず首を傾げる。


「決勝の再試合。出るつもりなの?」


「つもりじゃなくて、出るよ。」


「いち野球ファンとして言わせてもらうわ。バカなこと言わないで安静にしてなさい。」


「……なんで?」


出る意思があるのに真っ向から否定されては、さすがのオレでも看過できない。


だから精一杯の威圧をして麻生を追い込む。


「少し考えればわかることでしょ!?あなたは頭に打球を受けて少なからず脳にダメージを受けてるのよ!?その状態でまた無茶してみなさい……。あなた、死ぬわよ?」


麻生の脅しを聞いて、オレは笑わずにはいられなかった。


「あっはっはっはっはっは!!!」


「笑い事じゃないのよ!?あんた死ぬのが怖くないの!?」


「はー…笑いすぎて腹痛ぇ…。いいか?オレは一度野球というスポーツを捨ててるし、その野球で再起不能寸前までに追い込んでしまった人もいる。……最初ハナっから野球で死ぬ覚悟なんて出来てるよ。」


オレの言葉を聞いて、麻生の目尻にみるみる涙が貯まっていく。


「なによ……。人がこんなに心配してるのに……。あんたに惚れたわたしがバカだったわ!!!!」


ーーースパァァァン!!!


「健太なんてもう知らない!!あんたなんてボコボコに打たれて負けてしまえばいいのよ!!!!」


麻生の右腕がオレの左頬を平手でぶっ叩いて、一言二言罵倒してから流れてくる涙を拭かないでそのまま病室から立ち去り、オレは叩かれてジンジンと熱を帯びてくる頬を擦る。


仮にも病人だっつーのに本気の平手をぶちかます奴が何処にいるんだよ…。


そう言えば初めてだな…。


麻生とケンカなんてするの…。


「クッソ…。いってぇじゃねぇかよ…。」


それは今までで叩かれてきた平手の中で最も重く、最も心の奥まで響く平手打ちだった。





Side M.Kodaira


わたしは流れる涙を拭かず、宿泊先のホテルに戻る。


ホテルの部屋に入ると、ケータイやお化粧のポーチが入っているバッグを放り投げる。


なんでわたしはあんなどうしようもないバカに惚れていたのか。


なんで昔からあんなに無茶をしたがるのか。


あの時だってそうだった。


ボロボロになる寸前までわたしを守ろうとして、でもそれが叶わなくて…。


「意味わかんない…。」


こんなに気持ちが混ざり合ったのは初めてだ。


わたしはシャワーを浴びることも明日のスケジュールの確認もせず、ベッドの上に倒れ込んだ。


「……健太のバカ。」


わたしの呟きに答えてくれる人も無く、わたししかいないホテルの一室にかき消えていった。


Side out



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