第79話 動き出す試合
Side N.Kamiya
決勝戦は日本一を決める試合に相応しいくらい熾烈な投手戦となった。
6回が横浜総学館高校のヒットの数は3本に対して清峰高校は2本。
甲子園球場内は異様な空気に包まれている。
ここまで均衡していて緊迫した試合なら、実際にスポーツをやっている人やスポーツ観戦が大好きな人共通して分かることがある。
『この試合は先に先取点を取ったチームが勝つ。』
出来ることなら今すぐにベンチに駆け出して間近で試合を見ていたいけど、きっとそんなことは出来ないからせめて声が枯れるくらいマウンドで躍動し続ける彼のことを応援しよう…。
そう思ったわたしは声を張り続けてきた喉の乾きを潤すため、ペットボトルに入ったスポーツドリンクを口に含んだ。
Side out
7回の表の横浜総学館高校の攻撃の時に、ついにピンチを迎えてしまった。
カーブがすっぽ抜けてぶつけてしまったのと、チェンジアップをレフト前にクリーンヒットされてノーアウト1・2塁として……、
『4番 ショート 天宮くん』
得点圏打率が異様なまでに強い天宮を迎えた。
スイッチヒッターの天宮は、セオリーならボールの出所が見やすい左のバッターボックスに入るのだが今回は右の打席に入った。
今までよりもさらに鋭い威圧感が漂っていて、少しでも気を抜いたり緩めたりしたら一気に飲まれるかもしれないくらい空気がヒリついている。
サインを確認して、インコース高めに自己最速更新となる153km/hを記録することになるストレートを投げ込んだ……、が…。
ーーーガキィィィィン!!!!!
振り抜かれたバットから強烈な打撃音と共にレフト方向に向かって打球が飛んでいく。
おい……、まさかウソだろ!?
清峰高校側のアルプススタンドから聞こえてくる悲鳴と横浜総学館高校側のアルプススタンドからは待望の先取点に期待する歓声を切り裂きながら、打球は瞬く間に伸びていく。
……頼む!!キレてくれ!!!
オレの願いが通じたのかレフトポール際まで飛んでいくと、天宮の打球は僅かにキレてファールとなった。
甲子園球場内は安堵の溜め息とあと少しで…という落胆の溜め息が響く。
あっっっっっっぶねぇぇぇぇえ!!!
表情にこそ出さないが、内心では冷や汗がダラッダラに流れているくらい焦った。
続くボールも『とある球種』以外投げられるボールをフルに使って投げたが、全てファールにされるか見極められるかでとうとう勝負するボールが無くなってしまった。
Side K.Ishikawa
投げるボールがとうとうなくなってしまった。
直前に投げたシュートを打ち、3塁側の清峰高校アルプススタンドに打球が消えていったと同時に浮きあがった。
……とうとうこのボールを解禁するときが来たのかもしれないな。
球数も嵩み、試合も終盤7回に差し掛かってきている。
高めに浮いてしまえば絶好のホームランボール…、低めに決まればプロレベルの野球選手でも打つことが困難であろうボール。
考えても仕方ない。
絶対低めに投げ込んでこい。もし高めに浮いたらシバいてやるからな…。
勝負の1球、俺は予選から通じて今大会初のボールのサインを出した。
Side out
だろうと思った。
それが石川から出されたサインを見た率直な感想だ。
勝負所で投げるボールが無い。
相手は手札を切ったと思っているであろう。
それを逆手に取って相手のデータのないボールを投げることで、天宮を抑えるのがオレたち清峰高校バッテリーの最善とも取れる策だ。
オレは頷いた後、グラブのなかでボールを転がしながらその球種を投げるための握りをする。
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Side D.Amamiya
チェックゾーンを越えたボールは真ん中に向かってくる。
チェンジアップではない。ハーフスピードのストレートだ。
最初の打席では三振を喰らったが、今度こそ打ち損じはしない。
打てるという確信はあった。
捉えたという確信もあった。
しかし、振り切ったバットは前に打球が飛んでいるどころか手に何の感触もなかった。
まさかと思い、キャッチャーの方に向かって視線を下ろすとそこにはミットに収まった白球があった。
松宮が最後に投じたボールはうちのデータ班が取ってきたデータにも乗っていない、フォークボールだった。
ここで今大会初となるフォーク解禁ときたか…。
なかなかにやってくれるじゃないか……!!
次の打席が回ってくるかどうか分からないが、もし僕に打順が回ってきたらどうやら『アレ』を解き放つ時が来てしまったようだな…。
僕はマウンドでロジンバッグを手にしている松宮を見据えながらバットを片手にベンチに戻っていった。
side out




