第7話 こちらこそ頼むぜ?
Side K.Ishikawa
「すいませんでした。」
最後のチャンスで俺が打てなかったので、その裏でサヨナラ打を浴びて俺にとって最初の夏はベスト4で終わった。
高校生になって初めての公式戦、すなわち甲子園への1度目のチャンスは掴めずに終わってしまった。
(やっぱ絶対的エースの存在………か。)
心の中で呟いた。
長くて険しい甲子園へ進み、日本全国から集まった強豪校に勝つにはやはり並の実力を持ったピッチャーでは無理だ。
やはり絶対的な力を持ったピッチャーが必要だった。
あわよくば松宮をと思ったけど、今の松宮は野球部に入るきっかけがない。
………何かきっかけがあればいいんだけど、最近なんだか悩んでいるみたいだしな。
まぁいいや。秋大会までそれほど時間は残されていない。
無い物ねだりをするより今ある戦力で戦うのが先だ。
俺は先輩たちのあとに続き、球場を後にした。
Side out
オレは未だに迷っていた。
野球やりたいという気持ちは固まってこそはいるけど、心のどこかで引っ掛かっている『ホントにオレは野球をしていいのだろうか?』という気持ちがまだオレの決断を鈍らせている。
「奈緒ねぇ?」
「んっ…。なに?」
「奈緒ねぇはオレが野球やっている姿を…、マウンドで投げているオレの姿見てみたいと思う?」
春季リーグを優勝し、得点王に輝き秋季リーグに向けて身体を作り直していて身体がバキバキになってるなー…。と呟きながらストレッチをしている奈緒ねぇに聞いてみた。
「うーん…。見てみたい見てみたくないは別としてアスリートや数年長く生きている先輩としてアドバイスを送るけどさ、まだ健太は高校1年生なんだからやりたいことやってから後悔しなさい?男ならやってから後悔しなさいって叔父さんも言ってたでしょ?」
確かにそんなこと言っていてような気がする。
さらに奈緒ねぇがオレの事を『ケンちゃん』と呼ばず名前で呼ぶということは、きっとこれは奈緒ねぇの本心なのだろう…。
「ありがとう、奈緒ねぇ。」
次の日、決心をつけたオレは石川を屋上に呼び出した。
「よう。珍しいなお前が俺を呼び出すなんてな。」
「うっせ。オレだってこういう風の吹き回しだってあんだよ。」
ほらよ、とあらかじめ買っておいた缶ジュースを石川目掛けて放り投げる。キャッチャーらしく安定したキャッチングで掴んだ缶ジュースのプルタブを引き起こしジュースを煽っている。
「甲子園予選負けたんだってな。新聞で見たぜ?」
「まあな。やっぱ個人がどれだけ打ってもエースと呼べるピッチャーがいないとこの先は戦えそうにねぇな。」
やっぱりか…。
鳥井さん情報だと清峰高校は攻撃力は高いが逆に守備力…、特に投手力が弱いというデータの分析をしていたが、当たっていたようだ。
「やっぱり松宮、お前の力は必要だよ。今からでも考え直す事はできないのか?」
石川は缶ジュースを足元に置き、屋上のフェンスに寄りかかりながらも空を見上げた。
「………とある人物に会って、オレが引き起こしてしまった事故のその後の情報を教えてくれたんだ。」
足元に転がってきたポイ捨てしていった何かのプリントを拾い上げた。
「お前もシニア上がりなら知ってるだろ?天宮 大輝のこと。」
「確か頭部のデッドボールを喰らって再起不能になったけど、1年経たずにカムバックしてきたっていうやつだろ?それでぶつけてしまったピッチャーは名前は忘れちまったけどその試合を最後に行方を眩ましたっていうあの事故か………それがどうかしたのか?」
やっぱ知ってたか。
でもオレの事は覚えてくれていなかったというのは幸いだ。
石川はさっき事故と言ったが、もしこれが故意に狙ったと言われたら今度こそ野球を離れていたと思う。
意を決し、打ち明ける。
「その天宮の頭部にぶつけてしまったピッチャーはな、実はオレなんだよ。」
「なっ………!?」
そりゃ驚くよな。
行方を眩ましていたピッチャーは実は目の前にいましたなんて言われたら驚かない方が少ないんじゃないかな?
「でも、過程はどうあれ天宮はまたグラウンドに立って野球をやっている。つまり、天宮にとってその事故はもはや乗り越えた過去でしかない。天宮が復活した今、オレも決めたんだ。」
一旦区切って驚きの色を隠しきれていない石川の目の前に立つ。
「オレを野球部の仲間に入れてくれないか?」
夏の風に乗せて、石川にオレの決意をぶつけた。
「ぷっ………。ふはは………、だーっはっはっは!!!」
いきなり大きな声で笑い始めた。
「あー苦し…。ちょうどエースと呼べるピッチャーが欲しいと思っていたところにお前が入部したいって意思を見せてくれたから思わず笑っちまったじゃねぇか。お前案外おもしれぇこと言うやつだったんだな。」
「ってことは………?」
「もちろん歓迎するぜ?俺と………いや、俺たちと一緒に甲子園を目指そうぜ!!」
石川はオレに向かって手を差し伸べてきた。
どうやら握手がしたいらしい。
オレは握手する前に…、
「甲子園出場じゃ生温いぞ?どうせなら頂点目指そうじゃねぇか…。」
と石川の発言を塗り替える。
「ハッハッハ!!いきなりそんな大口叩き出すなんてやっぱお前おもしれぇわ!!いいぜ、その無茶乗ってやろうじゃねぇか!!!よろしくな健太!!」
「こちらこそ頼むぜ?」
ガッチリと握手を交わし、オレら2人は大声で笑い続けた。
こうしてオレはここ、清峰高校硬式野球部に入部することを決意した。