第77話 こんな顔色するか?
No side
8月20日。
参加校の数、延べ4403校。
その内の僅か2校にだけ許された甲子園の決勝戦。
1校は春のセンバツ優勝校にして、押しも押されもしない『世代最強エース』松宮 健太や『東北の重鎮』石川 一起を擁し、『歴代最強左腕』秋山 翔吾監督が指揮を取る超万能型チーム……、秋田県代表の清峰高校。
バランスのとれた戦力を持つ清峰高校に対するもう1校は、昨夏の甲子園優勝校にして『高校野球史上最高・最強チーム』と呼び声高く、走攻守に加え長打力を兼ね備えたチームの絶対的主砲『日本球界の至宝』天宮 大輝を中心とした超攻撃型チーム……、神奈川県代表の横浜総学館高校。
深紅の大優勝旗を手にするのは果たしてどちらか…。
No side
オレたちを主人公とした筋書きの無い小説はクライマックスを迎えると共に、エピローグに近づいていっている。
甲子園上空には雲1つなく、果てしなく青い空が広がっていた。
目線を上空からグラウンドに移すと、甲子園の水捌けのいい黒土に水が撒かれておりグラウンドを整備するブラシを搭載した車が走っている。
『清峰高校対横浜総学館高校の試合は、13時開始予定となっております。こまめに水分を補給するなどして熱中症にならないようお気をつけ下さい。』
大会期間中何度も聞いて、聞き慣れ過ぎた感もあるアナウンスが空気の振動を伝わってオレの耳に入ってくる。
……ここまで色んなことがあった。
楽しいことや嬉しいこともあったし、悲しいことや辛いことももちろんあった。
その事全部がこの場に立つことができた、全部引っ括めてこの舞台に繋がっていたと考えるだけで全てオレを大きく成長させてくれた事なんだと思う。
「よし、みんな集まってくれ。」
秋山先生の集合がかかり、オレたちは秋山先生を中心にベンチの前で半円を作る。
「さて、今日は決勝戦だ。泣いても笑ってもあとひとつだ。……どうだ?今の気持ちは。」
それぞれが『ワクワクする』や『試合が待ちきれない』と答えた。
かくいうオレも緊張や不安と言った気持ちよりも、早く試合が始まらないかな?という気持ちが圧倒的優位に立っている。
「俺は精神論はあまり好きではないが、ここまで来たらもう互角だ。残るは『いかに勝ちたいか。』という気持ちだ。」
「「「「「押忍!」」」」」
「あと1歩を走れ。あと1球に食らいつけ。あと1打に想いを乗せろ。」
「「「「「押忍!」」」」」
「今まで培ってきた俺たちの野球をしよう。そうすれば必ずどこかで勝利の女神が微笑むと俺は信じている。」
「「「「「押忍!!」」」」」
野球の時の秋山先生の言葉は何か重みもあるし、選手の士気を飛躍的に高めてくれる何かもある。
秋山先生のお言葉を貰って数分後に、審判団が出てきたのでオレたちはベンチの前に整列する。
「……今さらこんなことを聞くのもアレだけど緊張してるか?」
目の前にはオレがこの部に入ってからずっとバッテリーを組んできた石川が中腰の姿勢で立っている。
「緊張してるならこんな顔色するか?」
「軽口を叩ける辺り緊張はないようだな。」
「分かってくれて何よりだ。」
審判団が出てきて、甲子園に詰めかけた超満員の観客が一気に静まり返ったが審判団が動き始めた瞬間盛大な拍手に包まれる。
「集合!!」
「行くぞ!!!」
「「「「「押忍!!!!!」」」」」
待ち望んだ審判団の声が聞き、動き始めたと同時に地面を蹴った。
Side M.Kodaira
「すいません、甲子園球場前まで。」
少年誌の巻頭グラビア撮影の関係で、兵庫県の西宮市に来ていて今日の分の撮影が終わったのでオフとなったけど、わたしは比較的若いタクシードライバーのお兄さんの運転で甲子園球場に向かっていた。
早くつかないと健太の試合が始まっちゃう…。
「お嬢さん、今日の試合の関係者か何かかい?」
ドライバーのお兄さんはそんなわたしの様子を察したのか甲子園の試合のことを話題にあげてきた。
まさか健太の幼馴染だと答えるわけにもいかないし、かといって関係者じゃないのにわざわざ日焼けのリスクを背負ってまで見に行くというのもどうかしていると思ってる。
「……知り合いが甲子園の決勝戦に出場するみたいなんです。」
うん。これこそいい模範解答だ。
実際ウソは言っていないし。
「そうかい…。私もこう見えて甲子園に出たこともあってね…。」
その話はまた時間があるときにしていただきたいし、お兄さんには悪いんだけどそんな話はあまり興味は無いので適当に相槌を打っていると目的地である甲子園球場前についたので御代を払ってタクシーのドアを開けようとした…。
「お嬢さん、これ持っていきな?」
タクシードライバーのお兄さんがわたしに向かってペットボトルのスポーツドリンクを下手で放り投げてきたので、わたしは慌ててペットボトルをキャッチする。
新品でかなりよく冷えていて、持ってるだけでも心地よいくらいだ。
「ありがとうございます!!」
ドライバーのお兄さんに頭を下げると、片手をヒラヒラと上げながらタクシーを待っている次の乗客を乗せるため走り去って行ってしまった。
タクシーを見送ったあと、わたしは清峰高校側のアルプススタンド方面に通じる道をひたすら走り階段を一気に駆け上がる。
階段を上りきった先には夏の太陽に照らされた天然芝の外野に黒土の内野……まさに炎天下の甲子園球場が広がっていた。
試合状況は2回の裏横浜総学館高校は4番からの攻撃で、わたしの憧れであり……いつだってわたしのヒーローは甲子園のダイヤモンドの中心に立っていた。
Side out




