第73話 苛立ちと突破口
Side K.Ishikawa
試合前の健太とのキャッチボール。
後攻を取った俺たちは先に守備から始まるため、先攻の時よりも早めにそして確実に肩を暖めていく。
普段なら何かしらの会話があるのだが、この日この時だけは何かが違う。
それもそのはず。何故なら……。
「…………。」
さっき…埼玉栄光学院の大場っていう奴に会ってからと言うもの、話しかけても必要最低限の返事しか返ってこないからである。
何があったのかを聞こうとしても、『聞くな。』の一点張りなのでどうしようもない。
どうしたもんかと頭を悩ませてる内に審判団が出てきたので、ベンチの前で縦一列になって並ぶ。
目の前には健太がいるが、目の奥には怒りと憎悪の感情が写し出されている。
この試合……、何も起きなければ起こらなければいいんだがな。
そう思った俺は掛け声をひとつ掛けた後、甲子園の土を蹴った。
……全く、取りづらいったらありゃしない。
試合前の投球練習。
俺はマスクの下で思わず眉間に皺を寄せながら苦い顔をする。
いつもよりかはボールに力はあるのだが、いかんせん特訓の賜物とも言える緻密な制球力が全くない。
高めに大きくスッポ抜けたかと思うと、ホームベースの手前でワンバウンドしたりとこれではリードのしようがない。
「セカンド!!」
規定の球数を投げ終えたボールをセカンドへ送球して、ボール回しを終えて松宮のグラブのもとに戻った。
健太の精神面は最悪と言ってもいいほどの状態で迎える甲子園3回戦の幕が上がった。
Side out
完全に過ぎた話のはずだった。
乗り越えられたはずだった。
だが、あの時の記憶がフラッシュバックしてはオレの身体の動きをわずかに鈍らせる。
3回が終わった時点で3ー0とこちらの3点ビハインドになっていた。
まだ回が浅いとはいえ、制球力が定まらないためすでに球数は60球を超えている。
一方打線はというと相手の先発の大場に苦しめられていた。
完成度の高いアンダースローに加え世にも珍しすぎる両投による左右のアンダースローにより全く的を絞れ切れず少ない球数で清峰高校打線を手玉に取っていった。
大場を打ち崩せるビジョンが浮かばず、逆にこのまま行けばオレの自滅で清峰高校が春夏連覇の偉業が潰えてしまうというビジョンしか浮かんでこない。
……いったいどうすればいいんだ?
Side N.Kamiya
わたしは1回戦と2回戦の日は全日本ジュニアの合宿に行っていて、この試合から健太くんの戦いを実際に甲子園球場のアルプススタンドからこの目で見届けることができるようになったのだが、健太くんの調子がおかしい。
予選や合宿期間中にテレビで見てた甲子園の特別番組のなかの健太くんのピッチングとは程遠いピッチングだ。
なんかこう……。リズムが悪いというか…。
なんだか見ていて違和感を覚えるようなピッチングに見える。
それが相手エースの大場……くん(だっけかな)?の打席を迎えるとその傾向が顕著に現れる。
「ねぇ、そこの野球部さん?」
わたしは近くの野球部員の人に話しかけてみた。
「はいっ!?なんでしょうか菜々センパイ!?」
そんなかしこまらなくてもいいのにな…。
話しかけた私が恥ずかしくなるような反応を見せた野球部さんに確認するために疑問を聞いてみた。
「ベンチの裏側とかに入ることって出来ないのかな?」
「どうなんすかね…。野球部のマネージャーのフリしてテーピングの巻き直しだとか言ってれば案外なんとかなるんじゃないですかね?」
この回答を聞いてわたしは二つ返事で返した。
「お願いっ!!わたしをベンチ裏まで連れてって!!」
Side out
Side K.Ishikawa
試合は5回裏1アウトまで進んでいる。
いくら健太と言えでも、集中力を切らした状態では激闘を勝ち上がってきた相手を抑えるのは至難の技だ。
とうとう松宮が埼玉栄光学院打線に捕まり始めており、球数もさらに増えて100球に達しようとしている。
「オイ!!いい加減しっかりしろや!!」
回が進むにつれてよくなるかと思ったら、一向によくなる兆しが見えなかったため思わず声を荒げて松宮に詰め寄った。
「あ…?オレなら大丈夫だって何回もいってんだろ?」
「なら俺のミット目掛けて投げろよ!」
正直今のコイツがこのままの状態ならリードのしようがないどころか、試合に負ける危険性も生まれてきている。
何か突破口はないものか…。
「石川キャプテン!!!」
ベンチ裏から俺を呼ぶ声が聞こえてきたので、一旦ベンチ裏に引き下がった。
するとそこには、アルプススタンドにいるはずである1年生部員と健太の帽子を被って応援しているはずの神谷が息を切らして立っていた。
……あった!!突破口が!!!
実際試合やってるときにベンチ裏って入れるんですかね…?
そこはフィクションだということで割愛してくんないっすかね…?(笑)




