第69話 エースなんだから
Side A.Fukushima
第3Qに入っても桜海大附属の猛攻が続き、とうとうあたしたちは止めることができないシーンが多くなってしまった。
そして第3Q残り2分…。
ーーーサシュッ!!!
ーーーシュパッ!!!
ーーーザシュッ!!!
蒼井がここであたしたちの息の根を止める3連続スリーポイントが決まり、点差が20点以上も開いてしまった。
あたしたちももうここまでなのか…。
Side out
試合中だというのに、何だか光が届くか届かないかというくらい深い水の中にいる気分だ。
蒼井が連続スリーポイントを決めて、みんなの顔に絶望が見える。
観客も会場全体も桜海大附属高校の勝ちで決まったような空気が漂っている。
ここでも追いすがることが出来れば…?
あと12分で20点。
フフフッ…。ここまで追い詰められたのはいつ以来かな…。
小学校の時のマラソン大会…?
中学校の時の清峰高校の入試の時…?
そんなことはどうでもいい。
今やらなければいけないこと。
一矢報いることじゃない。
試合を投げ出すことでもない。
わたしがやらなければならないこと。
それは『この停滞した空気を変えること』
『勝ちに導くこと』
『最後まで諦めないこと』!!!
その瞬間光が深い深い水の中に切り裂くような光の帯がわたしにぶつかり、わたしを包み込んだ。
「ボール!!!」
Side A.Fukushima
「ボール!!!」
後半に入ってから静かだった菜々が初めて自分からボールを要求してきた。
もしかしてこの状態を何とかしてくれるのか…?
「頼む!この空気変えてくれ!!」
あたしは藁にもすがる思いで菜々に向かってボールを出す。
そこからの菜々はチームメイトながら圧巻だった。
いつもの菜々のスピードが可愛く見えるくらい速く、いつものボールハンドリングが拙く思えるくらい巧みだった。
今まで攻めあぐねていたのがウソのように切り込んでいく。
インサイドまで単独で切り込みシュートを撃とうとするがヘルプでゴール下に来てきた神野がそれはさせないと言わんばかりに飛んだ。
すると菜々は、上体をフロアと平行になるくらいまで傾けながら撃ったシュートが決まった。
その後も次々と得点を重ね、点差が射程圏内の7点差までつまった。
ラスト20秒のディフェンスでは蒼井のパスをカットし、蒼井はこの試合初めてのターンオーバー。
カットしたボールを素早く拾い上げ、そのまま自陣まで運びレーンアップで叩き込んだ。
叩き込んだ菜々が小さくガッツポーズを取った直後、ブザーが鳴り響いた。
清峰85ー90桜海大附属
Side out
Side M.Kobayashi
第4Qが始まる前のハーフタイム2分間。
誰も言葉を発しない。
彩菜ちゃんはタオルを被っている菜々ちゃんを見ている。
まるで何か恐ろしいものを見るように…。
そこには試合前とは別人の菜々ちゃんが座っている。
ハッハッと小さく息を継いで、膝に手を当てている。
肩も呼吸に合わせてリズミカルに揺れている。
チラッと見えた目には狂暴の光が灯っていて、口角は上がっている。
今の菜々ちゃんは完全に覚醒していて、恐らくでしかないけどゾーンに入っているんだと思う。
元々菜々ちゃんは試合の後半になるにつれてギアが上がっていく。
ここからは菜々ちゃんがファーストオプションで行くことになるだろう。
「彩菜ちゃん、大丈夫?」
「オーバータイムになったらヤバイと思うけど、ラスト1Q分なら行ける。」
「琴美は?」
「任してください。リバウンドなら絶対取ってみせますから。七海はどう?」
「やっぱ桜海大附属相手はキツいね…。でも、インサイドは任せて。」
みんなまだなんとか余力が残っているみたいだ。
「……菜々は?」
「フフフ…。愚問だよ、彩菜。」
菜々ちゃんは頭のタオルをバサァッと取った。
「まだ何も聞いてねぇんだけど?」
「大丈夫かって聞きたいんでしょ?大丈夫、わたしはやれるよ…。当たり前でしょ?何て言ったってわたしは…。」
ここで菜々ちゃんがキッと顔を上げた。
その目には今まで見たことがないくらい闘争心にあふれていて、でもどこかこの状況を楽しんでいそうな色をしていた。
「わたしは清峰高校の…、エースなんだから。」




