第6話 今のキミの答えだ
ゴールデンウィークも終わり、6月。
日本全国が梅雨の時期になりここ秋田県も今朝梅雨入りしたと発表された。
あの日以来オレの頭の中では記者さんが言っていたことで一杯となっていた。
(『キミが知りたいであろう情報は、大体は知っているつもりだ。』………か、もしかしてヤツのことなのか…?でも、確かに再起不能になったって…。)
「まっつみーやくんっ!!」
「あだっ………!!ってなんだ神谷か…。」
後ろからいつぞやのチャラ男にナンパされていた神谷がオレの背中をバシィッ!!と叩いてきた。
何でも俺と同じクラスだったらしく、その事を知ったのはゴールデンウィークが終わって数日後のことだった。(神谷はと言うと4月中に気付いていたらしい。いや、早く言えよそういうの。)
「なんだって何よー。」
「いやあれだ、言葉のあやだ。それにしてもお前は何時でも元気だな。」
「えー?これでもテンション低い方だよ?だって雨で制服濡れちゃったし…。」
そう言われたオレはふと目線を下げてみた。
確かにうっすらとだが、トレードマークのポニテから水滴が垂れているし夏服のブラウスが湿っていた。
「どこ見てるの?」
少し見すぎてしまったのかジト目で睨まれた。
決してブラウスから透けているオレンジ色の何かをガン見している訳じゃないぞっ!!!ほ、ホントだからなっ!
「別に?ポニテを見てただけだぞ?」
「………まぁ少し怪しいけど、そういうことにしてあげよう!」
何とかバレずに済んだようだ。
「なぁ、神谷?」
「ん?なぁに?」
オレの元から立ち去ろうとする神谷を無意識に呼び止めていた。
もしかしたらオレは神谷ならいい答えが返ってくるって思ったのかな………?
だが、呼び止められたのに何も切り出さないオレに疑問を感じ始めた神谷は首を傾げた。
「もしさ、自分の今最も知りたいことを知っている人に出会ってその情報を教えてくれるっていったら神谷ならどうする?」
「うーん………。わたしがそういう状況になったことないけど、最終的に聞くかな?なんで?」
「いや、なんでもね。サンキューな神谷。オレ急用が出来たから早退するからあとは頼んだ。」
「ちょっ!?松宮くん!?」
「やあ、久しぶりだね。松宮くん。」
「………どうも。」
オレは学校を抜け出し、市内にある辺鄙な喫茶店に鳥井さんを呼び出した。
「その顔を見る限りだとどうやら彼の事について知りたいようだね…。」
黙ってうなずいた。
「そうだね。まず言葉で説明するよりこの動画を見て貰った方が早い。これは関東地方で流れる高校野球のニュースの動画何だけどね…。」
スッとオレの目の前にスマホが渡された。
スマホの画面は神奈川県の強豪である横浜高校の試合の様子だった。
そしてそこには…、あの大会で再起不能にしてしまったはずだったのに高校球児としてグラウンドに帰ってきた男の打席が写し出されていた。
その動画は凄まじき飛距離をかっ飛ばしたホームランで終わっていた。
「………………。」
言葉が全く出てこない。
色々な感情が渦巻き過ぎて頭が痛くなってくる。
「そう言うことだ。彼、天宮 大輝君とってあの事故は過去でしかない。天宮くんは確かに一時期再起不能となったが地獄と表現するには生温い程厳しいリハビリを乗り越えたそうだ。」
「天宮にとって過去の事なのかも知れないですけど、オレの中ではまだ気持ちの整理が………。」
「『それでも』だ。そうやって自分を責め続けるのはやめにしないか?キミは頭では野球を拒絶しているものの、身体では野球を拒むどころか野球を受け入れようとしている。違うか?」
オレは鳥井さんの言葉にまともな返答かできず黙り込みうつむいてしまった。
「それに俺と出会う直前の草野球、マウンドで投げているキミはとても楽しそうにそして嬉しそうに…まるで新しいオモチャを買って貰った子供のような笑顔を見せながら投げていたのに気がつかなかったのか?」
その状態のオレに鳥井さんは言葉を繋げる。
「清峰高校野球部に入るんだ。話を聞けば石川くんにも誘われているんだろう?キミはここで消えてしまうには勿体無さすぎる素材を持っているんだ。」
「ですが、オレはもう………。」
野球はしないと決めたんです。
あれ…?なんで…言葉が出てこないんだ?
声に出すだけだろ?なんで言葉が出てこないんだ!?
「その間が今のキミの答えだ。」
カップの中身を一気に飲み干したあと鳥井さんは座席から立ち上がった。
「キミはまだ15歳なんだ。何度だってスタートラインに立つことだってできる。今日の事がキミにとってプラスになる事を祈っているよ。」
喫茶店に残されたオレには雨がアスファルトを叩き付ける音とカップに注がれていたコーヒーの水面を眺める事しかできなかった。
家に帰り、自分の部屋に眠っていたピッチャー用のグラブを取り出した。
あの日以来使われることが無いけど、野球人の性なのか手入れは欠かさずにやって来た。
(オレは野球をやってもいいのだろうか………?)
消えることのない心のわだかまりの代わりに自然と流れてくる涙となって部屋のカーペットに吸い込まれていった。