第60話 行ってこい
No side
夏の甲子園秋田県予選決勝戦。
ここまで磐石の強さを見せ付けて勝ち上がってきた清峰高校の相手は清峰高校が2年前の秋の大会で戦って敗れた花輪高校。
試合はというと4番に座る東條が場外に消える特大のホームランで先制し、1ー0の1点リードを保ったまま9回表ツーアウトまでこぎつけ、春夏合わせて3回目の甲子園出場まで残りアウトカウント1つまでやってきた。
「さぁ、来い!俺がホームランを打って振り出しに戻してやる!!」
花輪高校の4番に座る七瀬がマウンド上のここまで26個のアウトを積み重ねてきたピッチャーに対して威嚇するように吼える。
が、マウンド上の男はそれを受けて涼しい顔でフッと笑った。
それを見た七瀬を始めとした多くの高校野球ファンや相手校の選手たちは驚愕した。
1点取られれば延長戦…、2点取られればサヨナラ負けを喫する緊迫した場面だというのにこの男は余裕の表情すら浮かべられている度胸があるのか…と。
9回ツーアウトでも140km/h後半のストレートは威力を衰えることを知らず、七瀬がフルスイングで必死に食らいつくも打球が前に飛ばない。
崖っぷちに追い込まれた七瀬はフルスイングを捨てて、とにかくボールにミートさせることに専念した。
だが、それを嘲笑うかのように鋭く曲がるスライダーで七瀬のバットは空を切った。
バッテリーを組む石川のミットにボールが収まった瞬間、マスクを投げ捨てマウンドへ駆け寄る。それにならって内野から外野からベンチから一斉にマウンド目掛けて走り出す。
この瞬間、清峰高校硬式野球部は甲子園史上8校しか達成できていない春夏連覇の偉業に挑戦できる資格を得たのだった。
Side out
「ねぇ、あれが噂の松宮センパイ?」
「きゃー!!格好いい!!私握手してもらおうかな!?」
「松宮センパイってフリーなのかな!?もしフリーだったら彼女候補に立候補しようかなー!?」
はぁ…。
サブグラウンドの外野のポール間でランニングしながら、溜め息を漏らさずにはいられなかった。
センバツが終わってから秋山先生が『周りのフィーバー熱が収まるまで練習に顔を出さなくてもいい』って言ってた理由がよく分かる。
オレに限らず目立ちたがりやじゃない限りこの環境はかえってストレスがマッハな環境だ。
さて……、今何時だ?
オレは校舎の時計に視線を送った。
今日は予選の疲労を取り除くための積極的休養になっているので、それぞれボールの感触を確かめたりする程度の練習しか行われない。
時間を確認すると走り始めてから40分といったところか…。
オレは走っていた足を止め、クールダウンとして軽く体操をしてからグラウンドを後にした。
後ろから練習を傍観していた女子の後輩がオレがグラウンドからいなくなったことに嘆いていたけど、そんなことは知らん。
「お待たせ。」
「約束した時間より10分遅いような気がするんですけど?」
校舎の裏門で一緒に帰る約束をしていた菜々がぷくーっと頬を膨らませて、待っていてくれていた。
「教室に忘れ物しちまって裏門に行こうとしたら下の学年のミーハーな女子たちに追い掛け回された。」
教室の自分の机の横に弁当箱を忘れてしまい、バッグに仕舞ってからさぁ行こうとした矢先に1年生の女子に捕まり何とか振り切って今に至ると言うわけだ。
履いてる内履きとかはどうしたのかって?
んなもんダミー使っときゃなんとかなるやろ。
「ふーん…。下の学年の女の子……ねぇ?甲子園の予選が終わってラブレター貰ってる健太くんは違いますねぇ?」
ジト目で睨まれてしまった。
っつーか何で菜々がそんなこと知ってるんだ!?
「全部断りの手紙を書いてるぞ?それにオレには菜々がいるし、自分からそう易々とこんな幸せを手放してたまるかってんだ。」
「……えへへ♪」
顔を真っ赤にして、甘えるような声を出しながらオレの右腕を自分の身体に引き寄せる。
言った自分でも顔が熱くなるほど火照ってることだし、きっと今のオレの顔はリンゴのように真っ赤になってるんじゃないのかと思う。
「んじゃ、帰るか。何時までもここにいたらまた追っ手が来るかもしれん。
「何だかアメリカのスパイ映画みたいだね。」
そう呑気なことを言うなよ…。
「ところで今年のインターハイの会場って何処なんだ?」
他愛のない会話をしながら家までつき、2人で協力して夜メシを作っては2人で食べるという最早当たり前の光景になっている最中ふと気になったので聞いてみた。
「うーんと…。確か……沖縄?」
遠っ!!!
全国の高校生アスリートの祭典はとうとう琉球の海を越えたか…。
「明日……なんだっけ?出発。」
「うん。……何だか寂しくなるね。」
出発の事を話題にした途端、表情が暗くなる。
そんなにオレと離れるのが寂しいのか?と笑い飛ばしたくなるけど、実はというとオレも少し寂しい気持ちになっている。
恥ずかしくて口が裂けても言えないんだけど。
「寂しくなったらテレビ電話するなりするといい。他の人ならお断りだけど菜々なら……嫌じゃないから。」
「ふぇっ!?」
……ぐわぁぁぁあ!?何を口走っとんじゃオレの口はぁぁぁあ!!!!
なんなの!?なんなのなの!?
夏の熱さでオレの頭は本格的にイカれちまったか!?
「わっ!わっ!!健太くん物凄いスピードで頭をテーブルに打ちつけちゃダメだよ!!テーブルが割れちゃうよ!!」
・・・数分後…。
「……すまん。取り乱した。」
「う……うん。無事で何よりだよ。」
今のところテーブルにもオレの頭にも異常は見られない。
こんなんで甲子園出れなくなりましただなんて言ったら、今までの努力が水の泡だ。
冷静になれ。びーくーる…だ。
「約束したからね?ウィンターカップとインターハイのMVP取ってくるって。」
「そう言えば……そうだったな。」
「だから健太くんも……ね?」
小首を傾げながら微笑み、サイドテールがぴょこんと揺れた。
その愛らしい姿を見たオレは、ぎゅっと優しく抱き締める。
抱き締められた彼女は何も言わずに抱き締め返してきた。
数十秒そのままの状態で、どちらからというわけでもなく2人同時に離れる。
「じゃあ、一足先に頂点から見える景色…見てくるね?」
「おう。行ってこい。」
そうしてオレと菜々の最後で最高の戦いが始まろうとしていた…。
次回から甲子園編…。
の前にインターハイ編をお送りいたします。
唐突にバスケの試合描写が書きたくなったなんて口が裂けても(ry




