第59話 よろしく頼むわね
「あらあら健太くん!?こんなにおっきくなっちゃって~!!」
お昼過ぎの家の中。
オレの隣にはオレの母親が。
オレの前には疲れ果てた様子の菜々に、菜々にそっくりな女の人がコーヒーのソーサーを傾けている。
もしこの人が菜々の姉です。なんて言ったとしてもほとんどの人が信じること間違いないであろう。
「えっと…どうも?」
うちの母親曰く、オレが生まれてくる前働いていた職場の同僚で小さい頃あっちの実家に遊びにいった際に会ったことがあるらしいんだけど全く記憶にない。
「もしかして私の事、覚えてないのかしら?」
正直言うと覚えてない。
「すんません。」
「まぁ無理もないわね。健太くんが赤ん坊の頃だったし。改めまして菜々の母親の神谷 麻衣です。」
「菜々ちゃん。健太の母親の松宮 結那です。うちのバカ息子がいつもお世話になってます。」
菜々の母親…、麻衣さんが自己紹介に続いてうちの母親も菜々に挨拶をした。
だかな母さんよ…、頭を下げるときにオレの頭を片手でガッチリホールドしてテーブルにつくかつかないか瀬戸際の高さまで下げなくてもいいと思うんだが?
「あらあら、もうこんな時間なのね。そろそろお昼にしましょうか。」
世間話をしていたらいい時間帯になったので、母さんが立ち上がり台所に向かっていった。
「あ。わたしも手伝います。」
すると、菜々も立ち上がって母さんの後についていった。
リビングにはオレと麻衣さんが取り残された。
「健太くん?」
「はいっ!?何でしょうかっ!?」
いきなり麻衣さんに名前を呼ばれ、ビックリしたオレは裏声で返事をしてしまった。
「ふふっ…。そんなに身構えなくてもいいのよ?」
「あ…。はい。」
やっべぇ…。超恥ずかしい。
「家を空けることが多い仕事柄、娘の事が気になって気になってしょうがなかったんだけど…健太くんと一緒にいる菜々の事を見て安心したわ。この人ならわたしの娘を預けられるって…。」
「いえ…。そんなこと……ないですよ。」
いきなり深刻な事を話してきた麻衣さんだったが、正直今のオレにはあまりピンと来ない話なので曖昧な返事しかすることが出来なかった。
「今はピンと来なくてもいいの。ああ見えて余計なことを抱え込む癖があるから、そういうときになったら健太くんのやり方でいいから力になってあげて?」
「はい。」
オレは力強く頷いて返事をした。
Side N.Kamiya
今日のお昼ご飯はオムライスとグリーンサラダのようだ。
「菜々ちゃん?この卵を溶いて貰ってもいいかしら?」
「分かりました。」
ボウルの中に入っていた卵を4つを片手で割って、菜箸を使って卵を溶いていく。
「へぇ…。上手なのね。」
「ほぼ毎日料理していますから。」
健太くんのお母様である結那さんは鼻歌混じりで野菜を切っていく。
ーーーダンダンダンダンダン!!!
包丁が持っている腕が残像として見えるほどの速度でキャベツを切っていっている。
「結那さんはお仕事何をされてるのですか?」
「管理栄養士よ。」
この短い会話の中でキャベツを切り終え、今度はトマトを切っている。
こう見てみるとすごい手際のよさだ。
同じ女性として何だか負けた気がするのは気のせいなのかな?
「健太はきちんとご飯食べてる?」
「え?はい、大丈夫だと思いますよ?」
「健太も料理は出来るけど、簡単なものしか作りたがらないから…。いつも苦労と迷惑をかけてごめんなさいね。」
「いえいえ、好きでやってることですし。それに健太くん料理の腕が上がって和食だと健太くんの味を越えられないんですよ。」
「そう……。」
一体どこで覚えてきたのか、それとももともと和の心得があるのか和食で健太くんの味を越えられないので今必死に和食を修行しているところなのである。
チキンライスも炒めたし、後は盛り付けられたチキンライスに卵を乗せると完成だ。
「菜々ちゃんには感謝してもしきれないわね。」
「……え?」
最後の盛り付けをしていた結那さんが突如口を開いた。
わたしは結那さんの言葉の意味が読み取れず、調理する手を止めてしまった。
「菜々ちゃんがいなかったら健太がまた野球に戻ることもなかったし、菜々ちゃんがいなかったら今の健太はいなかったわ。そしてこの事はきっとあの子が一番よく分かってる。」
決して口には出さないけどね…。と言ってわたしのおかあさんと何やら話をしている健太くんを見た。
その視線はとても優しかった。
「口下手で何を考えてるのか親である私にも分からないときもあるけど、今の健太には菜々ちゃんが必要なのよ。だから……。」
ーーー健太のこと、よろしく頼むわね。
わたしは力強く頷いてから、結那さんに宣言する。
「はい!!任されましたっ♪」
Side out
お昼を食べて、母親2人は話足りなかったのか喫茶店に向かっていった。
……きっとこのままどこかの飲み屋にでも行くのだろう。
4人分の食器を洗い終わったオレは、リビングのソファーに座って食後のお茶を飲んでいる菜々の身体半分ほど離れた隣に座った。
「久々のオフだし……、何処か遊びにいこうか?」
「ううん。最初はわたしもそう思ってたけど、今はこうしてまったりしてるのも悪くないかも。」
それを聞いたオレは自室に戻ってクローゼットの中から薄地のタオルケットを引っ張り出してきて、リビングのソファーに戻る。
「……え?」
「はい、半分貸してやるよ。どうせまったりするのならこうやってまったりするのもいいんじゃないかなーって。」
どうやらオレの身体は特訓などで限界を迎えていたらしく、目尻が重くなっていくのを感じた。
隣に座って優しい微笑みを浮かべる菜々も無言で頷いて、目を閉じた。
オレも目を閉じたと同時に、菜々がオレの左肩に頭を乗せお互いの体温を感じながら……眠りについた。
まだ将来の事とかピンとこないし、すれ違いが原因でまたこの幸せを自ら手放してしまうかもしれない。
でも、今はこうやって2人きりでいてもバチは当たらねぇよな…?




