第5話 非運のエース
早いものでゴールデンウィークも残り数日。
奈緒ねぇはリーグ戦に出向いているため1日家を空けている。
学校の方でも春季大会などが開催されているためそれぞれ大会地に遠征に出向いているとかなんとか。
基本的に人から誘われない限り出歩かない出不精のため、引きこもり生活を満喫していたがぶっちゃけ飽きた。
最近運動していないなぁ…と思ったオレはハーパンに野球のソックスの上にオーバージャージの下を履き、適当なTシャツに袖を通した後ランニングシューズを履いて適当にランニングしに家を飛び出した。
(迷った…。)
適当にランニングをしていたら、道に迷ってしまっていた。
基本的に学校と家とスーパーの往復しかしなかったため、土地勘がまだ無かったまま家を飛び出してきたことに後悔の念を感じながら走っていた。
「おーい、そこの兄ちゃん!」
すると河川敷のグラウンドで草野球をしていたおっちゃんたちに呼び止められてしまった。
「………なんでしょう?」
「急で悪いんだけどさ、急遽うちのチームのピッチャーのカミさんが産気付いてしまって帰っちまんだ。だから代わりの人が来るまででいいからピッチャーやってくれないかな?もちろんお代は出すから………。」
いつの間にかそのおっちゃんのチームみんなもおっちゃんに続いてお願いをされてしまったし、困っているのに『そうですか、オレには関係ないことですので』って吐き捨てて走り去ることはオレにはどうしてもできなかった。
「………分かりました。少しだけなら…。」
オレはおっちゃんからピッチャー用の軟式グラブを借りて、あの日以来立つことはないだろうと思っていたマウンドの上に立つこととなった。
あの時と違うのは、よく晴れていることと殺伐とした空気が流れていないことの2つだけだ。
キャッチャーの人とのサインの打ち合わせなどを済ませ、こののびのびとした空気がまた何とも言えない心地よさを感じ思わず笑いが込み上げてくる。
(………楽しんでこーぜ。)
「プレイボール!」
審判役のおっちゃんが試合開始を告げたと同時に、ボールを握り締め右腕を思いきり振るった。
Side ???
「今年の秋田県の新入生もあまりいいのが居なかったなぁ…。」
春季高校野球大会に取材がてら球場に足を運んだが、あまりにもガッカリさせられたので試合が終わる前に早々と球場を立ち去った。
ここ10年以上甲子園本戦で初戦敗退している秋田県の高校野球で、秋田県が最も不足していると思われる要素の1つとして『投手力不足』だと俺は思っている。
今日の春季大会を見に行ってもオフを乗り越えても身体のラインが細くピッチャーが投げるボールに力がなく、バッターもバッターでボールのスピードに合わせてスイングをしていた。
新入生も清峰の石川くんとあともう1人だけが、ズバ抜けてはいたが投手もまだまだ高校野球のレベルには達していなかった。
(今年もダメなのかなぁ…。昔は秋田県の高校野球は強かったんだがなぁ。)
心の中でボヤいていたら、たまたま河川敷で草野球の試合が行われていた。
ゴールデンウィークで休みの真っ只中だし、珍しくは無いわなと思い車を停めてその試合を眺めていた。………が、
(あのピッチャー、すごくバランスが取れた投げ方しているな…。)
足を胸元まで高く上げてもブレず、投げる方向にスライドさせてもなお粘り続けられる強靭な足腰に加え投げる直前までボールを隠し続けられる球持ちの良さはピッチャーとして大きな武器だ。
(彼が高校球児だったらきっとすごいピッチャーになっていたはずだった……の…………に…!?)
と今さら願ったってしょうもないことを思っていたら、俺はあのピッチャーの投げるフォームを見てハッと気づいた。
(あのピッチャー………もしかして!?)
マウンド上にいる男は、半年以上前にシニアリーグの全国大会が終わったと同時に野球の表舞台から立ち去り、野球関係者の間では『非運のエース』とまで呼ばれた彼の投球フォームに似て非なるフォームでボールを投げていた。
俺は期待半分疑い半分でその試合をやっているそばまで走っていった。
Side out
「ストライク!バッターアウト!」
試合は最終回ツーアウトまで進んだ。
久々に投げたボールの感覚が戻ってきたところでギアを上げ始め、アウトの内の約6割となる13個のアウトを三振に仕留めてきた。
球数も7回で100球ちょっとと少し多かったが、スライダーやシュートも久々に投げたとしてはキレのいい変化を見せてくれたお陰で、気持ちよく投げることができた。
そして追い込んだラストボールに選んだのは、シニア時代に何度も助けられてきたストレートで三振を奪い試合が終わった。
代金(諭吉さん)を貰ったので、気分よく帰ろうとしたがふとスマホが鳴り始めたのでスマホを取りだし着信のディスプレイを見てみても全く見に覚えのない番号だ。
間違い電話だと祈りつつ、応対した。
「もしもし?」
『いいピッチングだったね。『非運のエース』くん?』
誰だコイツ………、オレのことを知っているのか?
「『いやはや、まさかキミのことこんなところで見れると思わなかったからね。さっきのチームの人に聞いて電話させて貰ったというわけだよ。松宮 健太くん。』」
後ろから電話と全く同じ事を言っていたので、振り返ってみると電話を持って突っ立っている中年男性がそこにいた。
「アンタは一体なにもんだよ?」
『非運のエース』…それはオレにとって十字架みたいに重くのし掛かっている事実を表した二つ名だ。
それを知っているということはこの人は野球に携わっているのは確かだが、その二つ名は正直思い出したくない過去だ。
よくもその事をズケズケと…。
「おっと失礼、オレはこう言うものさ。」
名刺をピッと投げ、オレの手元に目掛けて正確に飛んできたので難なく受けとることができた。
月刊高校野球秋田支社 鳥井 洋一…?
「キミが今知りたいであろう情報は、大体は知っているつもりだ。また機会があったらそこに連絡してくれ。」
といって鳥井さんは踵を返し、さっさと立ち去っていった。