第55話 今日も特訓?
「うん、及第点だな。」
室内練習場に轟音とも取れる乾いた捕球音が響き、音が消えてから鳥井さんが実際にボールを受けて言った。
鳥井さんとの極秘の練習……フォームの修正が始まってから早くも1ヶ月が経った。
骨盤による真横の回転運動でキャッチャーに完全に投げるときの縦の回転運動によるボールにキレイなバックスピンを与える。
それにより普段よりも球持ちがよくなり、よりバッターに近いところでボールを投げられることができる…らしいんだけどあまり実感は無い。
「んじゃ次、例のボール。」
鳥井さんに指定された今現在進行中で開発中のボールを投げ込み、ミットが流れることなくしっかりとボールを捕る。
初めて見たときから思ってたけど、この人滅茶苦茶キャッチングが上手い。
低めに投げてもさっきのように流れることなく、ピタッとミットを静止させて乾いた音をたててボールをキャッチできるからこの人とバッテリーを組む人は相当気分よく投げることができるだろう。
「それにしてもこのボール、秋山先生の決め球だったんすよね?あの人このボールのこと全く話題にあげませんでしたよ?」
「そりゃそうだろう。なんせそれ教えたのは俺だし、左で150オーバーのストレートがあったんだ。そう易々と前に飛ばなかったからな。翔吾さんのストレートをまともに弾き返したのは大河さんくらいなもんだよ。」
「…誰っすか?」
「横浜総学館高校の監督さ。天宮くんは大河さんの指導を受けてここまで成長できたと言っても過言ではないくらいだ。」
まさか横浜総学館高校の監督さんと秋山先生に加え、鳥井さんとも繋がっているとは思わなかった。
世間は狭いもんだな…。
「んじゃとりあえず休憩前ラスト。ストレートで中締めといこう。」
オレは鳥井さんのミット目掛けて今持てるベストボールを投げ込んだ。
「あ!健太くん!!」
鳥井さんとの特訓が終わり、家に帰る途中にあるハンバーガーショップやパン屋から香ってくる誘惑を振り切るようにして帰っていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
後ろを振り向くと清峰高校指定のブレザーに身を包んだ菜々が近くのスーパーで買ったものとエナメルバッグを肩から下げてそこに立っていた。
何だかんだ言って今の菜々に一番似合うのは清峰高校の制服だな…。って思うあたりオレは彼女にぞっこんなのかもしれない。
「今日も特訓?」
「ああ。もうお陰でクタクタだよ…。」
持っていた買い物袋を何も言わず静かに奪い取り、菜々と隣り合って家に帰る。
「えへへ…。そう思って今日は健太くんの好きなものを作ろうと思ってるんだー♪」
なにぃ!?
それはいいことを聞いた。
「よし。なら早く帰ろう。」
「だったら健太くんの家まで競争だー♪健太くんが負けたら今日のおかず一品抜きだかんねー!!!」
そう言いながら菜々は走り出した。
「えっ!!それは困る……って速っ!?」
スタートに出遅れたオレは買い物袋を極力揺らさずに全力で走るという暴挙を成し遂げながら、空腹を撃退する武器を取り上げられないために菜々の背中を追ったのだった。
「わーい♪健太くんに勝ったー♪」
「……。」
結局オレは勝負に負けた。
いや、見苦しいことを承知の上で言い訳をさせてくれ。
女の子が制服で走ってるじゃん?
それでさ女の子の制服ってさ大抵スカートじゃん?
しかも清峰高校の女子のスカートって結構短いんだよね?
……あとは分かるよな?
何?分からない?だったら教えてやるよ。
スカートの中からフリルのついた黒い何かが見えたんだよ!!
言わせんじゃねぇよ!恥ずかしい!!
「じゃあ罰として健太くんの晩御飯一品抜きで!」
「……マジっすか?」
「マジです。」
神は!?神はここにいないのか!?
必死の説得により晩御飯の一品抜きという苦行を死守したオレに待ち構えていたのは、なんと食器洗いと浴槽の掃除。
それを半狂乱状態により20分で終わらせリビングに戻るとそこには、菜々が制服のまま無防備で眠っていた。
18禁小説やえっちぃ体験談のお話だとここで獣のごとく性的に襲い掛かるのだろうけど、生憎オレも目を閉じればすぐにでも寝れそうなくらい疲れがたまっているのでそんなことはしない。する元気すら沸いてこない。
なのでオレは自分の部屋から毛布を持ってきて、起こさないように優しく毛布をかけてあげた。
……明日の朝、シャワーでも浴びよう。
オレは寝る格好に着替えて、睡眠を取るために自室に向かうため階段を上っていった。
Side N.Kamiya
「……ん?」
あれ…。わたしいつの間に眠っていたのかな……?
ケータイで時間を確認してみると、時刻はあと数分で日付が変わるという時間帯だった。
ご飯を食べ終わって健太くんに食器洗いを頼んでからと言うことを計算すると、約4時間ほど眠っていたことになる。
インターハイに向けて練習量も質も増やしているから、わたしの知らないうちに疲労が溜まっていたみたいだ。
そんなことを考えているとわたしの身体に毛布がかかっていることに気がついた。
ありゃ、これは健太くんが普段使っている毛布だ…。
借りっぱなしは悪いと思ったわたしはその毛布を持って健太くんの部屋に返しに行き、健太くんの部屋のドアを静かに開けた。
するとそこには、スタンドのライトをつけっぱなしで右手には硬式ボールが握られたまま静かな寝息を立てて眠っている彼の姿があった。
マウンドに立てばクールな健太くんだけど、こんな無防備な姿を見れるのは健太くんのファンのなかではきっとわたしだけだろう。
「健太くん、大好き。」
わたしは寝ている健太くんに毛布をかけてあげたあと、小さな声で愛を囁き彼の頬に小さくキスをした。
Side out




