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Catch The Future   作者:
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第54話 この際ハッキリ言おう

甲子園優勝してから2週間が経った。


どうやら優勝したことによるフィーバーが思っていたよりも長く続いているみたいで、学校の練習には顔を出せずにいた。


そう、学校の練習にはな…。


昨日校舎の中で偶然会った秋山先生に渡された住所の紙を頼りに、自転車を進めると…。


「……室内練習場?」


そこには黒土が敷き詰められた市営の室内練習場だった。






長袖のタイトアンダーシャツの上にタートルネックとTシャツを着込み、ハーフパンツに野球のソックスという格好でウォーミングアップを終え、一人でネットスローをしていると一人の男性が入ってきた。


「お!わりぃわりぃ。待たせちまったか?」


そこに現れたのは、野球用具が入ったエナメルバッグを左肩に提げたジャージ姿の鳥井さんだった。


何だか久し振りに会った気がする。


「……仕事は大丈夫なんですか?」


「一種の密着取材だと思ってくれればいいよ。」


喋りながらバッグのなかからキャッチャーミットを取り出して、1度2度とミットを叩いてからオレに向かって構えた。


……投げろという意味合いなのだろうか?


「どうした?投げないのか?」


あ、やっぱり投げてこいという意味合いだったのか。


ノーワインドから軽くだけど、自分の中での範囲だけどスピンを利かせたボールをミット目掛けて投げ込む。


ーーースパァァァン!!!


軽く投げたというのに、鳥井さんのキャッチングでこの室内練習場に乾いた捕球音が響き渡った。


「……もう少し強く投げられるか?」


しばらく間を取ってから、もう少し強く投げろというリクエストがあったのでそれに応えるように先程よりも強めのボールを投げ込んだ。


ーーースパァァァァァン!!!


「……なるほどな。翔吾さんが無理に頼んできた理由がよく分かる。」


?……どういうことだ?


「この際ハッキリ言おう。松宮くん、今のキミのストレートのままじゃ天宮くんを抑えるのは不可能だ。」


なんだと……?




Side Y.Torii


目の前の春の甲子園優勝投手は少しムスッとしていて不機嫌な感情を隠しているつもりだろうが、隠しきれていない。


そりゃそうか…。


秋の神宮大会に出場して春の甲子園を制して……、少なからず自信がついてきているからだろう。


現に松宮くんのストレートはスピードと威力共に例年の甲子園に出てくるバッターには何ら問題ない。


だが、そのせいで松宮くんの欠点に気付ける人がほとんどいなかった。


俺も翔吾さんに言われ、松宮くんの投げ方に最も近いプロのピッチャーと松宮くん本人の真横から見た映像を見てようやく気付いたのだ。


「キミのストレートは確かにスピードもあって威力もある。だけど、それはあくまで高校レベルの中でしかない。それは何故だか分かるかい?」


いつの間にか俺の目の前に来ていた松宮くんは、首を横に振った。


「それは……キミのフォームにあるんだ。」


「……フォーム?」


「正確には投げる瞬間の骨盤の使い方なんだが…、この映像を見てもらったほうが早いかな?」


スリープモードになっていたノートパソコンを立ち上げ、映像を松宮くんと共に見た。


パソコンの右半分は日本国内のプロ野球でレギュラーシーズン無敵の24連勝を成し遂げたピッチャーのフォームで、残りの左半分は春の甲子園決勝戦の時の松宮くんの映像だ。


映像のスタートはどちらもノーワインドアップモーションから始まり、軸足に体重を乗せる動作からテイクバックを取る並進運動を経て骨盤の回転運動によって爆発させてボールを放す。


だが……、


「ここだ。」


俺は動画内で2人がボールを放す直前で、キーボードを押して動画を静止させた。


「右のピッチャーは投げる瞬間、身体が完全にバッターに向いているのに対し松宮くんは投げる瞬間に身体がファースト方向に向いていてボールに力を伝えきれていない。その結果、本来伝えられるはずのボールの威力が大幅に落ちているんだ。」


それでもことごとく相手打線を制圧してきているので、いかに松宮くんのポテンシャルが高いのかがよく分かる。


「どれだけ優れた変化球を持っていたとしても、それを生かすか殺すかはストレート次第……。どうだい?キミのストレート今よりもさらに進化させたい気持ちが芽生えてきたかい?」


「はい。よろしくお願いします。」


「じゃあ、さっそくフォーム修正を始めよう。」



Side out




Side S.Akiyama



「先生、春の甲子園大会期間中のデータを纏めたノートです。」


「ありがとう。わざわざすまないな。」


野球場横の監督室にやってきた夢野が1冊のノートを手渡してきた。


コース別の打率や球種別、カウント別の打率や飛んだ打球の方向の比率を始めとして選手のフォームに関することまでこと細やかに纏められている。


実際に試合をやるのは選手たちだが、試合に臨む準備や対策などをしっかりとこなしてくれているので今では夢野も立派な戦力の1人だ。


「監督、アップとキャッチボールまで終わりました。」


夢野と話していると、その彼氏であり清峰高校主将の石川が監督室に入ってきた。


「分かった。フリーバッティングでゲージAはマシンでゲージBにはバッティングピッチャーをつけよう。」


「バッティングピッチャーって最初誰が投げるんですか?」


「俺だ。」


「「え!?」」


夢野と石川は俺がバッティングピッチャーをすると言い出すとは思わなかったらしく、目を丸くして驚いていた。


そんなに驚くことか?


「ボール投げて大丈夫なんですか?」


いったい何処からそんな情報を仕入れてきたのか…。20年も前の話だっていうのに。


「既に左肩は完治して監督になる前にちょこちょこバッティングピッチャーをしていたから問題はない。流石に現役時代の150km/hオーバーは投げられんがな。」


ロッカーからまだそれほど使っていない新品同然の左利きのピッチャー用グラブを取り出す。


選手が本気で勝ちたいと思うのなら、力を貸してあげるのが指導者ってもんだろう?


「みんなに怪我だけは無いようにと言っておいてくれ。」


「分かりました。」


「じゃあ、締まっていこう。」


俺と石川と夢野は、グラウンドに向かうため監督室のドアを開けた。



Side out



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