第52話 お待たせ。
朝チュンしてしまった後悔に襲われている最中、オレのケータイに着信が入った。
電話をかけてきた相手は秋山先生だった。
その電話の内容はというと、春の甲子園の疲労が抜けるまでピッチング練習は禁止。優勝したことによるこの熱が収まるであろう春季大会が終わるまで練習に顔を出すなという指令の電話だった。
甲子園を制している秋山先生の言葉には重みがあり、素直に従わざるを得ないので大人しく従った。
そんなこんなでリフレッシュを兼ねて今日は久々に菜々とおでかけ。…と言っても、主な目的は菜々のショッピングの荷物持ちなんだけど。
「お待たせ。」
「おう。随分気持ち良さそうに眠っていらっしゃいましたね
、お姫様?」
「……ホントはもう少し早めに出たかったのに。健太くんのけだもの。」
うぐっ…。確かに獣のように菜々を扱ったのは悪いとは思ってる。けどさ……、
「いやいや、そりゃ菜々のせいだろ。昨日の夜もっともっとって欲しがるからこんなことになったんじゃねぇか。あんなに可愛く誘惑してくる菜々が悪い。」
「わっ……!わっ……!!」
顔をトマトよりも真っ赤にして慌てて、ポカポカとオレを叩いてくるがそれを適当にあしらう。
好きな女の子や可愛い女の子にハニートラップでも誘惑でもされちゃ男なら誰だって乗っかってまうのは当然だと思う。
むしろそれに乗らなかったらそれはプラトニックを越えて、男としてどうなのかと思う。
ちなみに今は午前11時。
菜々が眠りに落ちたのは朝の4時で、起きたのは9時半頃。
オレ?一睡もしてないけど何か?
起きて自分の部屋にいたらまた菜々を滅茶苦茶にしてしまうかもしれなかったので、風呂で冷水のシャワーを頭から被って物理的に頭を冷やそうと勤めていたからである。
お陰で今はいつものオレを取り戻している。
「ほら、急いでんなら何時までも家にいないでさっさと行こうぜ?」
「うんっ♪」
電車とバスを乗り継ぐこと1時間。
初めて菜々と会ったショッピングモール。
今このショッピングモールでは春物のバーゲンセール…通称スプリングキャンペーンをやっているんだとか。
一昨日まで兵庫県の西宮にいたからこっちの特売だとかバーゲンセールの情報なんて分かるわけがない。
分かってるとしたらきっと専業主婦もビックリ仰天する事間違いないだろう。
それにしても…。
「女って買い物になると性格変わンのな…。」
背中にはでっかいでっかいリラックスしたクマのぬいぐるみをおんぶして、首からは新品のミュールをお買い上げした袋と春物の洋服が入った袋がぶら下がっている。
ちなみに言うと、背中のぬいぐるみは菜々の1件目のお買い物をしていた際に暇潰しとしてゲームセンターのUFOキャッチャーで取った景品である。
一体オレは他人から見てどのように見えてるのかな…?
いや、考えるだけよそう。
何だか虚しくなってくるのが目に見えて分かった。というか、察した。
なんでこんなことを思ったのか…。
それは今オレたちが置かれている状態に原因がある。
「ねぇ健太くん?右手に持ってるデニムのミニスカートか左手に持ってるフレアスカート…、どっちが好み?」
ま だ 終 わ ら ね ぇ の か 。
首にぶら下がっている洋服屋とは違うブランド物の洋服屋に入って1時間弱が経ち、ここのショッピングモールに入ってから早くも4時間が経っていると言うのにも関わらず、ショッピングを続けている。
オレはこう見えても独占欲が強い節があり、ミニスカートを履いて欲しいと思う反面ミニスカートを履くことにより剥き出しになってしまった脚をどこの馬の骨とも取れるようなゲスい男たちに見られたくないという気持ちも心の奥底の何処かに存在している。
「とりあえず試着してみたらどうだ?それだけじゃないんだろ?気になってる服全部試着してみたらどうだ?」
「はーい。」
どれだけ素材がよくても、似合わなければ勿体無い。
オレは両手に持ってるやつだけじゃなく、気になるスカートの試着を勧めることにした。
嬉々として試着している菜々が入っている試着室の前に立ち、特にやることもないので回りを見渡してみる。
ちらほらと男は見えるがそのほとんどがカップルが多くて、ここのお店の8割がカップルだろう。んで残りの2割のうちの半分が『妹への誕生日プレゼントや入学祝いのプレゼントを買ってあげる優しきお兄ちゃん』、残りの半分は『ソッチ系の趣味を持ったお方』だろうと断言する。
「菜々ー?まだかかりそうかー?」
「うーん…。もう少しかかるかもー。」
「ちょっとオレも服1着欲しいから買ってきてもいいかー?」
ここまで気合いを入れて洋服を選んでいるのを見て、オレも服が欲しくなってきたので菜々にこの場から離れてもいいかどうか聞いてみた。
「分かったー。」
菜々からのGOサインを貰ったことなので、ここの隣にある男性用洋服店。
ここの2店舗は提携を結んでいるのか定かではないが、辺りを見渡す限りどうやらカップルを狙ったような品がラインナップされていた。
オレは基本的に紺などの濃い青系のジーンズを多く持っているため、それに合わせるとなると…。
「こんなもんか?」
白のカッターシャツに黒のジャケット、ストライプのネクタイをご購入。
それほど手をつけていない生活費のなかから諭吉さんを生け贄にささげ、買い物時間何と2分で終了し菜々のいる試着室へと戻る。
「おーっす。戻ったぞー。」
「わたしも今終わったとこー。それにしてもお買い物するの早くない?」
戻ったことを報告すると、首だけにゅっと出してこちらを見てきた。
「男の買い物なんてこんなもんだ。それに何が欲しいかなんて大体決めてから店に入るし。それよりもどうだ?決まったか?」
「うーん…。決まったには決まったけど、健太くんみたいな男の人の感想も聞きたいかも。」
「分かった。」
どうやら今日の菜々(プリンセス)は、観客付きのファッションショーが御所望のようだ。
「じゃあ行くよ?まずはこれ!」
シャッと開かれたカーテンの中から菜々が出てきた。
プリンセス菜々プロデュースによる2人だけのファッションショーが今ここに開幕された。




