第51話 充電完了♪
Side K.Ishikawa
「一起くん。準備ができたみたいなので食堂までお願いしますだってさ。」
宿舎の外でバットを振っていると、マネージャーであり、俺の彼女である夢野 卯月がやってきた。
「分かった。すぐ行く。」
宿舎の入り口の邪魔にならないところにバットを立て掛けて、食堂に向かった。
甲子園の表彰式が終わってしばらく経ち、優勝したという実感が全く沸いて来なくて何だか夢みたいな感覚だ。
健太が9回裏を最後の力を振り絞って三者連続三振に打ち取った瞬間までは覚えてるんだけどなぁ…。
食堂に行くと甲子園優勝したせいというべきか、お陰というべきかみんなテンションが高かった。
寡黙で有名な東條でさえも、心なしか表情が豊かだ。
ふと辺りを見渡すととある男の姿が見当たらない。
「卯月?健太はどこ行ったか分かるか?」
「健太くん?健太くんなら秋山先生に許可貰って部屋で休んでるはずだよ?」
初回から試合終了までの142球を全力で投げ抜いたから、疲れているのだろう。
スタミナお化けである健太でも流石に堪えたのだろうと勝手に結論付け、しばらくしたら顔を出しに部屋に行ってみることにするか…。
Side out
流石に初回から飛ばしに飛ばした結果、今まで経験したことのないくらいの疲労に襲われて宿について秋山先生に許可を取り部屋で静養を貰った。
布団を被らずベッドの上で横になって休んでいると、ドアからノックが聞こえてきた。
誰だろう…。秋山先生か夢野辺りか?
「どうぞー。」
「邪魔するぞ。」
部屋に入ってきたのは石川だった。
「ほらよ。」
「……さんきゅ。」
俺の奢りだ、と呟いて石川の片手に握られていた500ミリリットルの缶のコーラがオレに向かって飛んでいき、オレはそれを左手でキャッチしてそのままプルタブを引き起こしてそのまま一気に煽った。
独特の強い炭酸が空腹でありエネルギーが枯渇したオレの身体に染み渡るように入ってきた。
「……久々にコーラなんて飲んだな。」
普段はコーラなんて飲まないし、飲んでも特に美味いとも思わないけど何故か今は無償に美味いと思ってしまっているあたり相当疲労が貯まっているのだと実感させられている。
「卯月がお前にって祝勝会のメシパックに詰めてきてくれたんだ。落ち着いたら少しでも腹に入れとけ。」
「何から何まですまんな。」
そんなこと言うのだからてっきり祝勝会の会場に戻るのかと思ったら、部屋の中にあるイスにドカッと座り込んだ。
「……優勝したんだよな。オレたち。」
まだ実感が沸かないかのような顔付きでボヤくように呟く石川。
「ああ。これで一気に標的となってしまったな。」
俺たちゃ獲物かよ…。と呆れた顔に呆れた声を出しながら片手を頭にやる。
「そう言えば健太、進路はどうするんだ?プロに行くのか?」
急に真面目な顔になり、進路の話を持ちかけてきた。
オレや石川だけじゃない。
全国の新高校3年生が今のオレたちのように大きな悩みに立ち向かっていくのだ。
「……何にも考えてねぇや。今は天宮との決着と春夏連覇のことだけで頭が一杯なんだ。そこまで深く考えたことすらなかったわ。」
「……そうか。」
「お前は?」
「プロに行こうと思ってる。」
オレの答えを聞いて、そう言う石川の進路が気になり進路をどうするかと聞いたところ間髪入れずにプロの世界に飛び込むと答えた。
かなり真剣な目付きで言っているあたり、その本気度合いが目に見えて分かる。
「お前はお前の道があるんだ。夏が終わってからゆっくりと考えるといいさ。んじゃ、明日寝坊するなよ?」
そう言って石川はオレの部屋から静かに出ていった。
甲子園優勝から一夜明け、飛行機とバスを乗り継いで久々に家に帰ってきた。
家の敷地内に入ると、何やら美味そうな匂いが外まで漏れていた。
「ただいまー。」
するといつの日かみたいに家の奥からパタパタとスリッパをする音と共に、菜々が出迎えてきてくれた。
「おかえりなさい♪そして優勝おめでとう!」
「ありがとう。」
出迎えてきてくれた菜々に春の甲子園のウィニングボールを渡し、目を輝かして喜んだあと『健太くん成分充電中~』って言いながらオレにハグして離れない。
抱き着いてくれるのはすっごい嬉しいんだけど、鳩尾辺りに何というか着ている服から見える大きさよりも大きくて暖かく、柔らかい2つの山が当たっていて恥ずかしい。
「よしっ!充電完了♪」
そんな邪な事を考えているうちに、菜々はパッとオレのもとから離れた。と思ったらオレの耳元に近づいて…、
「健太くんのえっち。」
小声で耳打ちしてきた。
バ…………バレてるぅぅぅう!!?
え!?何で!?何でバレてるの!?
確かに考えたけども!!えっちぃ事考えたけども!!
女って怖ぇぇぇえ!!!
「さっ。早くご飯食べよ?」
たぶんだよ?たぶんなんだけどさ、オレ……菜々に尻敷かれちゃってる?
「こんなこと聞くのは間違ってると思うけど、春優勝して大丈夫なの?」
「大丈夫って何が?」
夕食のビーフストロガノフや素朴な生野菜に舌鼓を打ち、食器を洗ったりして菜々とまったりとした時間を過ごしていたが唐突にそんなことを聞いてきたので、思わずオウム返しで聞き返した。
「夏までに研究されるんじゃない?」
「……まぁ、何とかなるだろ。」
春を制したとはいえ夏までにやることは多いし、なにより夏までの課題も見付かったことだしな。
「あ。飲み物切らしちゃった。」
「オレが取ってくるよ。」
そう言って立ち上がろうとしたとき、視界がいきなりぐらつき景色が大幅に歪んだ。
平衡感覚を失い、その場で膝をついてしまった。
「健太くん!?」
菜々が顔を青くしながら心配して近付いてきた。
「いや、大丈夫だ。センバツの疲労が抜けてないだけだ。」
センバツの疲労だけじゃなく、日に日に注目されていく事に対するストレスも知らないうちに身体を蝕んでいたようだ。
「…………。」
近くにいる菜々の顔を見てみると、さっきまで青ざめていたのに今は何やら顔が赤い。
「菜々?」
「ふぇっ!?な、なんでもない!!」
何を考えてたのかが気になるが、本人が何でもないと言うのなら何でもないのだろう。
オレは立ち上がって飲み物を取ってこようとしたが、着ている上着の裾を掴まれてしまった。
「どした?」
「あのさ…、今日泊まってっていい?」
頬を少し赤くして涙目になりながらも、上目遣いで見上げてくるという可愛い女の子三種の神器をフルに活用してきた。
こんなコンビネーションで理性を保てる男がいたとしたら、どんなやつなのか世界中を旅して回ってでも見てみたいものだ。
「……。菜々がいいのならいいんじゃないのか?」
思わずGOサインを出してしまった。
そして次の日の朝日をこの目で拝んだ瞬間、朝になってしまったという実感に呆然とすると共にオレから背を向けて気持ち良さそうに眠っている菜々の姿を見て昨日の選択に激しく後悔した。
深夜に何をしたのかって?
……そこから先はR指定となっているので答えられませんが、彼らはまた一歩大人の階段を上ったとだけ伝えておきましょう。
これがR18なら、もう2話ほど話をかける自信がありまぁす!(字数盛り沢山とは言ってない。)




