第45話 分かってるさ
「くぁ…。」
無意識に久々の甲子園のマウンドで興奮していたのか、思っていたよりも疲れが来ているみたいだ。
オレは一人部屋なので、自分以外この空間には人がいない。
…もう寝ようかな?
背中からベッドに倒れ込み、ギシッというベッドのスプリングの音を立てて自分の身体を受け止められた。
頭の近くに置いてあった硬式ボールを天井に向かって軽く投げ、落ちてきたボールをキャッチしてはまた投げるという動作を繰り返した。
すると机の上に置いていたケータイのバイブレーション機能が鳴り出し、しばらく続いているのを察するにメールや連絡用アプリケーションの着信では無いようだ。
ディスプレイを確認すると、さすがに無視するわけにもいかない相手からだったので右手でボールを弄りながらケータイを左手に持って電話の着信に応対する。
「どしたー?」
『あっ…、今大丈夫だった?』
電話を掛けてきた相手は、春休みのほとんどをバスケで消えてしまった彼女(仮)の神谷 菜々だった。
「一応ミーティングも終わったし、眠くなるまで暇してたところ。」
『よかったぁ…。』
修学旅行で想いの丈をぶつけ、その結果結ばれたオレたちだったがオレは天宮との完全決着と春夏連覇を、菜々はインターハイと夏冬の2冠を達成すべくバスケに集中したいという思いが一致してオレの甲子園が終わるまではこのように微妙な関係になっているが、それでもお互いが特別な存在となっているので今の関係に疑問は持っていない。
『ご飯はしっかり食べられてる?』
「オレは子どもか。」
『好き嫌いしてない?』
「子どもかって。」
『ご飯残さずに食べてる?』
「子どもかってば。しっかりメシ食ってるし嫌いな食べ物なんて無いし出されたものはしっかり全部食っとるわ。」
『そう言えばそうだったね。』
ならなんで聞いたし…。
そのあと他愛のない雑談をしていると…、
『早く健太くんに会いたいなぁ…。』
よくもまぁ…。そんな聞いてるこっちも恥ずかしくなってくるような台詞を言うもんだ。
「優勝するまでは試合中継かテレビ電話で我慢してくれ。それまでちゃんと待てるよな?」
『うん。怪我だけには気を付けてね?』
「分かってるさ。」
ケータイを持っている左手首につけていて、出発直前に御守り代わりとして貰った菜々手作りのミサンガに手をやる。
『じゃあわたし明日練習試合だからもう寝るね?』
「おう。お休み。」
『お休みなさい。』
それを最後に電話を切って、通話モードを終了させる。
あー…。ダメだ。
睡魔が音を立てずに襲いかかってきた。
ケータイを枕元に置いて、部屋の電気を消してベッドと布団の間に入り込み強大な睡魔に身を委ねるように目を閉じた。
ベスト8をかけた2回戦は、打線が爆発して18安打を集中させて11得点という大量援護を受けたオレは6回途中でマウンドを降りて試合の行く末を見届けて、無事にベスト8に進出することができた。




