第43話 Prologue of finale
「ほら!健太くん早く早く!!」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ…。」
1月1日。
自分で着付けたらしい着物を身に纏い目の前に立ちそびえる階段の数段前にいる菜々に、我ながら情けない声を振り絞って階段を上るオレ。
修学旅行のあとに行われたウィンターカップに出場した菜々は、1試合平均35得点に加え決勝戦では1試合最高60得点というとんでもない記録を打ち立てウィンターカップ初優勝を成し遂げただけじゃなく満場一致で女子MVPを獲得したらしい。
それに対して明治神宮大会に出場したオレも、打線に助けられて優勝することができた。
そして今は、春のセンバツに向けて昨年よりも量も質も遥かに上回るオフシーズンのトレーニングに明け暮れているところである。
どれくらい上回っているかというと昨年の秋山先生のメニューのほぼ倍である。
最初の3日くらいは筋肉痛などで歩くのもやっとだったけど、人間慣れってのは怖いもので今では難なく練習できている。
そんで今は、初詣のために近くの神社に向かっているというわけだ。
「そんなにゆっくりだと甘酒がなくなっちゃうよー!?」
そんなに急いでいる理由は甘酒だったのかよ…。
お金をお賽銭箱に投げ入れ、2回頭を下げて2回手を叩く。
甲子園春夏連覇と今年1年怪我のないように祈願する。
お願い事を終えて頭を下げて、隣にいる菜々を見るとまだお願い事をしているみたいで目を閉じていたけどすぐに目を開けて頭を下げた。
「ねぇ健太くん、何お願いしたの?」
「甲子園春夏連覇と今年1年間怪我のないようにってお願い事をした。」
素直に答えると少し拗ねたように頬をぷくっと膨らませていた。
あれ?オレ回答間違えた?
「そこはわたしに関するお願い事をしてくれてもよかったんじゃないのー?」
あぁ。そういうことね。
「わりぃ。すっかり忘れてたわ。」
「健太くんひどい。」
「うぐっ…。」
ホントの事とは言え、そう言われると精神的にけっこうなダメージが来る。
「菜々、ごめん。」
「やだ。許さない。」
菜々に謝っても、当の本人はつーんとそっぽを向かれてしまった。
「そこをなんとか…。オレができること限りならなんでもするからさ…。」
なんでもねぇ…。と言いながら辺りをキョロキョロと見渡していいのが見つかったのか、こちらを振り向いた。
「あそこのわたあめ食べたい。」
家へ戻る帰り道、屋台のわたあめを笑顔一杯で頬張っている菜々を横目に、甘酒を飲んで少し冷えてしまった身体に染み渡る。
ふーっと1つ息を吐き出しながら、新年に相応しいほど青く晴れ渡った空を見上げる。
高校生活もあと1年ちょっとで、高校野球にいたっては半年くらいしかない。
泣いても笑ってもあと1年。
やれることは全てやって笑って終われるようにしたいな…。
「日本一の景色って…どういう景色なんだろう…?」
「今何か言った?」
「いや、何でもねぇ。」
そう呟いた少年が今年の甲子園を賑わす『甲子園の怪物』と世間を騒がせることになろうとは、このときまだ誰も知らなかった。




