第37話 お盆時期
世間は盆休み。
至るところで蒲を燃やして、送り火や迎え火を焚き上げている。
けど、実家に帰っても親がいない事がほとんどである松宮家なので実際にお盆を過ごしたのは両手で数えられるくらいしかない。
そんなお盆を過ごしているとは露知らず、練習はというと休みとなっている。
束の間のオフってやつだ。
いつものように惰眠を貪っていたけど、何だか奈緒ねぇの部屋が騒がしい。
「奈緒ねぇ?」
「あら。起こしちゃった?」
「そりゃガサガサ音たててりゃ起きるでしょ。ところで何してんの?」
よく見るとクローゼットを始め、奈緒ねぇの部屋は何も置かれていない机とベッドに何個か積まれていた段ボールが乗っていた。
「何って…引っ越し?」
「引っ越し?」
何で奈緒ねぇが引っ越しの準備してんの?
「え?なに?オレこの家から出ていけってこと?」
普通に考えてら家主が引っ越すんならオレも引っ越さないといけないだろうな。
でもオレなんも引っ越しの準備とかしてへんよ?
………なんで似非関西弁が出てきたんだろう。
「あー。いいのいいの。あんたはこのまんまで。あんたが甲子園行ってる間に話し合って高校卒業まではこの家に居ていいって許可もらっといたから。」
そんな話聞いてないんですけど?
つーかそんな大事な話オレをそっちのけで進めないで欲しいものだ。
「まぁ詳しい話は叔父さんから聞いといて『ピンポーン』ってうわわっ!?もうこんな時間!?」
家のインターホンが鳴ったと同時にわたわたとし始める奈緒ねぇ。大方ルームシェアする奈緒ねぇの御学友さんが迎えに来たのだろう。
「じゃあ、またケンちゃんのご飯が恋しくなったらまた来るからねー!!!」
小さい段ボールと手持ちのバッグを引っ提げ、大声を張り上げて奈緒ねぇは出ていった。
………一人か。
奈緒ねぇが居なくなって静かになったこの家でフライパン片手に昼御飯を作っている。
何となくつけたテレビの向こう側には天宮のバットからは今大会4本目となる3点本塁打が飛び出したことを実況を通じて耳に入る。
思えば4月から8月までの4ヶ月間色んな事あったなぁ…。
オフシーズン明けて春季大会から始まって黒いものを垣間見てしまった体育祭に甲子園予選での確執から生まれた報復、さらにはコテンパンに打ち込まれた甲子園本戦に、極めつけは菜々を突き放してしまった時に生んでしまった距離感…。
最後のだけは割り切っているものだから別にどうってこたぁねえけど、未だに天宮から一方的に出された課題の事が頭に残って離れない。
「ホント、何が答えなんだろうなぁ…。」
誰もいない家の中で誰に呟いたか分からない疑問の答えは当然、何処からも帰ってくることはなかった。
Side A.Fukushima
お盆時期だっつーのに、うちの監督はあろうことか隣の県の高校との練習試合を組んだ。
しかも相手はウィンターカップに出る3年生が数人も残っているのに、うちはというと1・2年生主体の新チームで練習試合をしている。
まったく…。勘弁してくれよなぁ。
あたしん家今親戚が集合してて、今日から泊まり掛けで海に出掛けてるっつーのにあたしだけこんなクソあっつい体育館の中でバスケやってんだぜ?やってらんねぇっつーの。
あたしは心の中で愚痴を溢しつつ、3Pラインからチェンジオブペースからのダッグインでマッチアップを強引にぶち抜く。
インサイドまで侵入し、ヘルプが来たところで右0°の角度に走り込んでスタンバイしていた菜々にパスアウト。
パスを受けた菜々は持ち前の身体能力を生かしたジャンプの高い打点からスリーポイントを放つ。
インターハイの前ならなんなく決めていたのだが…、
ーーーガンッ!!
「「「リバウンド!!!」」」
「ぃよっと………!!!」
菜々が撃ったスリーポイントはリングの縁に当たり弾き返されたが、弾き返されたボールは運よくアウトサイドにいたあたしの手に収まり、そのままミドルシュートを沈める。
「ドンマイドンマイ!次入るよ!!」
「うん………、ありがと。」
インサイドにいてリバウンドに備えていたPFが菜々の肩を叩き励ますが、明らかに菜々の元気がない………というか覇気がない。
インターハイ直前からロングシュートが全くと言っていいほど入らなくなり、インターハイ本戦でもスターターから外れたり出ても菜々本来のSFのポジションではないポジションについたりした。
レイアップやダンク、ローポストからのシュートは外さないけど、菜々の恐怖は多種多様なシュートセレクションにある。
ロングシュートというセレクションが出来ない今、シュートを撃ちに行くくらいならそんじょそこらのインサイドのアシストに専念してくれる方がまだ助かる。
ったく、何があったかは知らんがつまんねぇ私情を練習や試合に持ち込んで来てんじゃ………ねぇよっ!!!
マッチアップ相手からボールを奪ったあたしはフロントコートに入ったルーズボールにすぐ追い付き、右手一本でボールをミートしそのままリングに向かってジャンプして持っていたボールを右手ごとリングに叩き込んだ。
Side out
夜メシ何にすっかなぁ…。
オレは近くのスーパーで今日の夜メシの献立を考えていた。
昼は冷やしうどんにしたし、最近肉料理作ってないなぁ…と思い返す。
確か冷蔵庫にはピーマンが入ってたよなぁ…。
よし、ピーマンの肉詰めにしよう。そうしよう。
スーパーの自動ドアが開き外に出ると、通り雨なのか強い雨が降っていた。
うっわ…マジかよ。
傘持ってきてねぇぞオイ?
濡れて帰ろうか雨宿りしようか迷っていると、何だか見慣れた服装に身を纏った高校生にしては長身の女性を見かけた。
すると、あちらもオレの存在に気づいたのかこちらに向かって歩き出した。
「よっ、奇遇。」
片手を上げて挨拶してきた女性の正体は、オレと同じ境遇にいるであろう福島 彩菜だった。




