第27話 これからだって
Side Y.Torii
「『今年の夏は、2年前のシニアの最後の試合で対戦したピッチャーと戦いたい…。」ねぇ…。
俺は今月の月刊高校野球のページに特集されているバッターの記事を呟く。
天宮 大輝くん。
激戦区である神奈川県で2年生ながら強豪横浜総学館高校の4番に座っていて、以前松宮くんが野球をやめるきっかけとなってしまった被害者のバッターだ。
そんな彼は今では何の後遺症もなくバットを振っている。
そんな今の彼を完璧に抑えられるピッチャーは、アマチュア界では今のところ存在しないであろう。
そう今のところ…だがな。
さて、今日は天宮くんのライバルである松宮くんがいる清峰高校の初戦だ。
彼は一体どんなピッチングを見せてくれるのか、非常に楽しみだ。
俺は期待に胸を踊らせながら、清峰高校の初戦が行われる球場へ車を走らせた。
Side out
梅雨が明けてすぐに高校野球2回目の夏が始まった。
昨夏は経験していないので、オレにとっては初めての夏となる。
最も過酷で最も美しいドラマの幕が上がった。
「はいはい、動かないでじっとする!」
「あ。はい、すんません。」
マネージャーの夢野がオレの右腕のアイシングベルトを締める。
「いくらコールドで勝ったとはいえ、きちんとケアをしないとダメなんだからね?」
「はーい。」
「………ホントに私の話聞いてる?」
「っ!!聞いてます!聞いてます!!」
「ならいいんだけどっ。」
夢野から滲み出るオーラが怖い。
気のせいだ。
後ろから修羅の姿が見えるオーラが出てるなんて絶対気のせいだ。
そして暑さとはまた別な汗をかいているけど、きっとこの汗は現実のものではないことを願いたいものだ。
Side K.Ishikawa
「んで?今日の反省は?」
「うーん…。フルカウントに持っていきすぎ…?」
「はい、正解。」
帰りのバスの中で、松宮と俺で反省会中だ。
練習試合ではベンチに置いてあるホワイトボードを使い、今日みたいな公式戦や遠征での練習試合では帰りのバスでスコアブックを使って試合後の反省会を行うのが恒例となっている。
今日の反省は松宮が自分でも言った通りフルカウントまで持っていきすぎてしまったことだ。
今日の試合は12ー0の5回コールドで勝ったとはいえ、球数が94球と流石に投げすぎだ。
「初戦でしかもお前にとって初めての夏なのは分かるが、さすがに力みすぎ。」
「まぁ、これからだって。」
確かに松宮はスタミナや身体の頑丈さがあるとはいえ、これじゃリードするこっちとしてはハラハラもんだ。
「足許すくわれるのだけはホントに頼むぞ?」
「おーけー。」
松宮は帽子を深く被り直しもそもそと寝やすいポジションを探しだし、ポジションを見つけた途端瞼を閉じた。
それを見かねた俺はスマホを取り出し、他の都道府県の予選の速報サイトにアクセスし何気無く神奈川県の速報をタップした。
うっわ…、やっぱり神奈川の横浜総学館は強いな…。
34ー0と圧倒的な強さを見せつけ、5回コールド勝ち。
4番の天宮に到っては2本の満塁本塁打含む5安打12打点を上げていた。
それ以外の都道府県でも大きな波乱はなく、その都道府県の強豪と呼ばれる高校が勝ち上がっていた。
Side out
「お。武田に東條。お前らもこれから昼メシ?」
昼メシの弁当を詰めるのを忘れたオレは、学食に来ていた。
何食べようかと学食の出入り口にあるメニューとにらめっこしていると、クラスは違えども同じ仲間である武田と東條も学食に来た。
「誰かと思ったら松宮か。どうしたんだ?学食なんて。」
「………いつも弁当。珍しい。」
「まぁあれだ。寝過ごして弁当詰め忘れたんだ。」
「ふーん。やっぱピッチャーってポジションは疲れるもんなんだな。そういうときはメシ食うのが一番だ。ほら行くぞ。」
オレは冷やしたぬきうどんに野菜の盛り合わせ、武田はカツ丼を買い東條は鳥の肉揚げ丼にパンケーキを買って食べていた。
野武士のような厳つい風貌の東條が心なしか嬉しそうにパンケーキを頬張る姿が何ともシュールなんだけど、これは言わないでおこう。
「ところで石川は一緒じゃなかったのか?」
武田がカツ丼の付け合わせの野菜に塩をパラパラとかけながら聞いてきた。
「石川?あいつならたしか購買のサンドイッチ4つに野菜ジュースを口に運びながら次の対戦校のデータがまとめられたノート見てた。」
「データ?」
「何でも夢野が対戦校のデータとか選手の癖や傾向をまとめたノートなんだとさ。」
オレも石川のあとにデータ集のノートを見るけど、石川みたいに穴が開くほどは見ない。
せいぜい誰がどんなボールやどんなコースが得意かくらいしか見ないので、基本的にはリードは石川に任せっぱなしだ。
感覚頼みのピッチングになりがちなオレのいい抑止力になってくれているからありがたい。
「………データは、大事。」
パンケーキに使ったナイフを紙ナプキンで拭きながら呟く東條。
東條も相手の特徴を見定めて守備に入るポジションを微妙に変えるプレーヤーなので石川に対する共感も多いだろう。
「そうだな。んじゃ、メシも食い終わったし午後の授業と練習頑張りますか。」
「「おう(………うん。)」」




