第25話 今日はどうしようか?
ジメジメとした空気が何とも嫌らしく、湿気が身体にまとわりついているような気がしてならない。
梅雨のシーズンが到来した6月。
外では雨が降り続き、野球場には水溜まりが出来ないようにブルーシートが敷かれているがそのブルーシートの上にはものすごい量の雨水がたまっている。
「あっつ…。」
キャッチャー用具を身に付け、無限に出てくる汗を拭いながらマネージャーが作ってくれたスポーツドリンクを煽る石川の隣でタオルを使って肩甲骨回りの筋肉や肩関節を柔らかくするトレーニングをする。
肩関節を柔らかくして球持ちをよくしようと工夫した結果、これにたどり着いた。
肩甲骨がゴリゴリと寄せたりするからこれが痛気持ちいいんだわ。
「んじゃ、そろそろピッチング練習すっか?」
スポーツドリンクを飲み終えた石川が、ミットをつける右手の守備手袋のマジックテープをベリベリと張り直しながら聞いてきた。
「おーう。流石に何日も雨だとこっちの気が萎えてくるもんだしなぁ。」
ブルペンから曇天に覆われた黒い雲を見るように外を見る。
今日に限ったことじゃないが、梅雨前線が停滞しているだか何だかでここ数日雨が降り続き外でバッティング練習とかが出来ずにいる。
別に雨は嫌いじゃないし、むしろどちらかと言えば好きな方だがここまで雨がジャンジャン降られるとよほど根暗な人じゃない限り誰だって気分が萎えると思う。
「今日はどうしようか?」
そうだなぁ…。
昨日はノースローだったし、その前の日は50球程度しか投げてないから…。
「んじゃ今日はうんと投げ込みたい気分だから、150球くらいかな?」
ピッチング練習を始めてから2時間…。
「ラスト!!!」
「らっしゃぁぁあ!!」
ボールを放す瞬間に、踏み込んだ足をギャッと引っ掻くようにしながらボールをリリースする。
確かプロ野球で前人未到の二刀流に挑戦している選手が、ボールをリリースする直前にこの動作をしてボールにさらなる球威を上げていると特集でやっていたので真似をしてみたけど、これ無茶苦茶脚に負担がかかるので全力で投げるとき以外はやらないようにしている。
あとどうでもいい内容だけど、今日は投げるときに叫んでみた。
何でかって?こうでもしないと雨の音とかで心が折れそうだからに決まってるじゃねぇか。
「ふー…。」
150球という多くの球数を受けてくれた石川も小さく息を吐き出し、マスクとヘルメットを取る。
石川も石川でただボールを受けるだけじゃなく1球1球丁寧なキャッチングを心掛けてボールを受けてくれた。
今日は球界の頭脳、ID野球の申し子とまで呼ばれた眼鏡をかけてプレーしていた名捕手のキャッチング技術を参考にしていたようだ。
そのお陰かかなり湿っているはずのブルペンでも乾いた音を立ててキャッチしてくれたので、気分よくピッチングに集中できた。
ノルマの球数を投げ切ったオレたちはクールダウンってことで、肩関節や肘関節の動きを意識しつつ軽めのキャッチボールをしながらどんどん距離を詰めていきホームベース手前まで距離を詰めたところでピッチング練習は終了となった。
さって…。帰りますかな。
ブルペンから部室に移動する際、グラブを出来るだけ濡らさないように細心の注意を払いつつ移動した。
「ふいー…。今日も疲れたー…。」
家に帰り汚れた練習着や制服の上のシャツを洗濯機に放り込み、制服のズボンを自室のハンガーにかけていたら春季リーグが終わったと思ったら今度は全日本メンバーに選ばれ各地でバスケの国際試合や合宿などに行っていた奈緒ねぇが帰ってきていた。
「奈緒ねぇ?いつ帰ってきたの?」
「昼前よ。そう言えば日本が梅雨の時期だってことすっかり忘れてて…。お陰で傘もなかったからびしょ濡れで帰ってきたってとこよ。」
「そうなの?呼んでくれれば早引きして迎えに行ったのに…。」
「あんたはまだ高校生でしょ?そんなことしなくたってタクシーやバスとかで帰ってこれるわよ。」
それもそうか…。
「ところでメシは?」
「『わたしが作りますよっ!』て言って菜々ちゃんが張り切って作ってくれたわよ。」
インターハイ予選を圧倒的な力を見せつけて勝ち上がり、2ヶ月後に向けて練習しているんだそうだ。
「そうか…。んじゃオレもメシ食べるとすっかな。」
メシを階段を降りようとした。
すると、台所から…。
ーーーパリーン!!!
食器が割れる音と人が倒れる音が聞こえてきたので、オレと奈緒ねぇは慌てて階段を降りて台所を覗いた。
「菜々!?大丈夫か!?」
そこには、割れたコップのガラス片と顔を真っ赤にして床にうつ伏せに倒れていた菜々の姿があった。




