第17話 聖夜の逢い引き
北国とはいえ雪が降らない地域もある。
日本海や太平洋に面しているところは雪が降っても積もらない。
小学校の理科の授業で習ったと思うが冷たい空気と暖かい空気は、冷たい空気の方が比重が重たいのだ。
山に面しているのなら湿った寒気が山にぶち当たって雪を降らせるのだが、山を越えた場所だと乾いた寒気が流れ込んでくるので乾燥した冷気だけが流れてくるのだ。
だから太平洋に面している地域は乾燥による出火とかに気を付けなきゃいけないらしい。
それにしても…、
「………寒いっ!!!」
待ち合わせの場所に指定されたクリスマスツリーの下のベンチに座り、寒さで身体が震えていた。
何せ真冬の夜だ。
雪が降らなくとも気温は氷点下に達している。
………そこの自販機で暖かいコーヒーやココアか何か買おうかな?
いや、その間に菜々がここに来るかもしれない。
下手に動くのはよくないな…。
「ごめん!お待たせ!!」
あれから5分ほどたってから、菜々がやってきた。
急いできたのか頬を少しだけ赤く染まっていて、普段見ている菜々より大人の色気が出ていたから見とれてしまっていたというのはお兄さんとの秘密だぞ?
「………?健太くん?」
「ん、あぁ。わりぃ、少し考え事していた。」
「そう?じゃあ………行こっか?」
「行くって何処にだよ………?」
オレの手を取り、引っ張ろうとする菜々に行き先を聞く。
「それは到着してからのお楽しみっ♪」
連れてこられたのは、昨日買い物をしたショッピングモールとは反対方向の隣町にある遊園地。
千葉県の浦安にあるテーマパークまでの規模になるほど大きくはないけど、お手頃な値段でそれなりに遊べるらしい。
来たことがなかったから分からなかったんだけどって言ったらこの雰囲気をぶち壊しそうなので言わないでおく。
入り口でナイター入場券を買い、入場した。
「わたしね、今日の為にどれに乗ろうか調べてきたんだー♪ほら早く行こっ!!」
一人でそれなりにいる人混みをスルスルと掻き分けて進んでいく。
まずい。このまま一人で突き進んでいったら迷子になりかねんぞ?
「ちょっ…。待てってば!!!」
「えっ………。」
オレが伸ばした手は菜々の小さい手を掴み、そのまま恋人繋ぎをした。
いきなり手を掴まれ、さらには恋人繋ぎをされるとは思ってもいなかった菜々は寒さによる赤さとはまた別に頬を赤くしている。
「………勝手に突っ走るな。もう夕方とは言えまだ終電や営業終了時間まで余裕があるだろ?ゆっくり行こうぜ?」
「うんっ!!」
よほど楽しみだったのか菜々の笑顔が輝く。
遊園地に入ってまだ5分も経っていないのになんでオレはこんなにドキドキしてるんだ?
あれ?今の今まで気付かなかったけどもしかしてこれって一般世間で言う………『でぇと』ってやつなのか?
その事実に気付いたオレは柄にもなく、ガッチガチに緊張してしまった。
「まずはあれに乗ろうよ!!」
指差された方向を見るとそこには様々なカーブやツイスターによって編成された高速アトラクション…、通称ジェットコースターだ。
ゲート付近で渡されたこの遊園地のマップとなっているパンフレットを見るとそこには…、
『業界トップクラスのスピードと標高差を誇るブラックドラゴンを制覇せよ!!!』
と書かれていた。
「アノー。ナナサン?コレニノルノ?」
オレはものの抵抗を試みた。…だが、
「あれれー?健太きゅん怖いのー?怖いんだー。まだまだおこちゃまだねぇ~。」
「あ?上等じゃゴルァ。いいぜ………。オレがあのジェットコースターにビビっていると思われてんならまずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!!」
ドヤ顔でいい放った後、ニヨニヨと挑発的な笑みを浮かべている菜々を見て悟ったことがある。
………言ってから気付いた。
最初からオレに逃げ道なんて無かったのだと。
「きゃーっ♪」
「ふんっ…この程度怖くなどな………くわなかったわぁぁぁあ!!!!!」
………情けないなどと言わないで欲しい。
なんせ自分のストレートのMAXに近いスピードでこのコースターが走ってるんだもん…。
その後、メリーゴーランドやコーヒーカップと言った微笑ましいアトラクションからゲーセンとかでよくあるようなシューティングゲームを限りなく忠実に再現したアトラクションなどを回っているうちにそろそろ終わりの時間が迫ってきていた。
勿論と言うべきかやっぱりと言うべきか最後に乗ろうと言い出したアトラクションは…。
「………観覧車か。」
「うんっ!!ここから見える景色は隠れた夜景スポットなんだってネットや口コミに書いていたんだよ?」
「そうなのか…。じゃあ、行くか。」
やっぱりオレたちと同じことを考えている人たちも多くいたので、思ったよりも時間がかかってしまったが運よくオレたちが今日の観覧車の営業で最後の乗客となったようだ。
ゴトゴトゴトと音を立ててゆっくりと上昇し始める。
「菜々?」
「ん?」
「………なんでオレなんかを誘ったんだ?」
可愛い顔立ちに底の見えない明るい性格で、男女問わず人気がある菜々は何故オレのことを誘ったのかが分からなかった。
「ただ、健太くんとこの景色を見たかったから…じゃダメかな?」
よほど言いづらい事なのかかなり時間をかけて、言葉を選ぶように絞り出した。
「いや。ダメってことではねぇけど。」
そう答えたあと、少しだけ狭い観覧車の中は沈黙で支配された。
「ねぇ!!隣………行ってもいいかな?」
「ちょっ………おい!危ねぇって…。」
いきなり立たれたもんだから観覧車がオレが乗っている方へ傾いてからまた水平に戻った。
「はい、これクリスマスプレゼント。家に帰るまで開けちゃダメだよ?」
こんなタイミングでプレゼントを交換するなんてな…。
しかもキレイにラッピングされた小包はここで開けるなと言う念も押されてしまうと言う始末だ。
「ほれ。オレもクリスマスプレゼントだ。大したものを用意できなくてごめん。」
「いいよ。貰えるだけで嬉しいんだから。」
今日何度目か分からない太陽のような笑顔をオレだけに向ける。
これだけでドキドキするなんて………オレってこんなに女の子に耐性なかったっけ?
「あ!!!」
こんな狭いところでいきなり叫ばれたもんだから驚きのあまり、身体がビクッ!っと震わせてしまった。
「今度はどした?」
「健太くん睫毛に何かついてるよ!?」
「え?別についてなんか…「いいから!取ってあげるから目ぇ瞑って!!」………はい。」
すごい剣幕で言われたので、大人しく菜々に従う。
するとオレの唇に何か柔らかいものが当たってる………!?
おい………、これってもしかしなくても…!!!
目を開けると目を閉じた菜々がオレの唇に向かってキスをしているところだった。
「はいっ!これでよし!!」
………オレ今日この誘いに乗ってよかったわ。
家に帰り、ラッピングされた菜々のクリスマスプレゼントを破かないように丁寧に開ける。
天然石のブレスレット…?
クリスタルと紫色した宝石…アメジストか?
クリスタルの宝石言葉は確か『健康・冷静沈着』だったかな?んでアメジストは…。
………なるほどな。
何故菜々が観覧車のなかであんなことをしたのかほんの少しだけ分かったような気がしたところで、ベッドに入り目を閉じた。
オレの唇にはあの感覚は1晩中消えることはなかった。




