第14話 耳を傾けた方がいい
『ほぉー…、秋山先生の正体が東王大付属横浜高校の秋山 翔吾だったのか…。』
夜も遅い時間。もしかしたら寝ているかもしれないというにも関わらずオレは石川に電話するという暴挙に出た。
石川も石川で切れそうになっていたキャッチャーミットのレースを直したりスパイクを磨いたりしていたらしい。
「オレもさっき動画で凄さの片鱗を見たんだけど、そんなに凄いピッチャーだったのか?」
『何言ってんだお前?日本一参加校数が多い激戦区の神奈川を勝ち上がっただけじゃなく150km/h後半のストレートを武器に並みいる強豪校を捩じ伏せていったパワーピッチャーだ。』
「それなのにプロに行かなかったのか?」
「さぁ…。何でもその甲子園を最後にパッタリと姿を消したんだとさ。」
なんと…。いや、このあとのことを知ってそうなのはあまり広くないオレの知り合いでこの事を知ってそうなのは一人だけだ。
早速その人の電話番号を電話帳から探し出し、電話を掛けた。
「お忙しいところ度々呼び出してすいません。」
次の部活の休みの日に合わせて三度鳥井さんにアポイントを取り、前回と同じ喫茶店で落ち合った。
「いや、いいんだ。オフシーズンになるとこちらも暇でね。」
コーヒーとレアチーズケーキを頼みながらにこやかに笑顔を浮かべているけど、雑誌業界に暇なんてあるのか?
「えーと…?何だっけ?翔吾さんの事だったか?」
ん?翔吾………さん?
「鳥井さんって秋山先生のこと知ってるんですか?」
「知ってるも何もあの時…甲子園決勝のノーヒットノーランの時にマスクを被ってたキャッチャー俺なんだ。」
え?そうなの?
髭とか髪の毛が伸びているのが原因で分からなかっただけなのか?
いや、それを差し引いても面影がない。
喫茶店の若いウェイトレスのお姉さんがコーヒーとレアチーズケーキを持ってきて、ごゆっくりどうぞと一声残して厨房の中へ消えていった。
「さて、しばらくの間翔吾さんの昔話でもしようか…。翔吾さんは甲子園決勝前日の時点で肩肘…特に肩が悲鳴を上げててね。ボールを投げられる状態じゃなかったんだよ。」
そうだったのか………。
その状態で150km/h台のストレートを投げ込んでいたというのが驚きだ。
「左で150中盤から後半のストレートを投げられるからそれは酷使の連続だったさ…。翔吾さんに肩を並べるピッチャーがいなかったというチーム事情もあったんだけどね。そんな状態で150球も投げれば………あとは分かるよね?」
無言で頷く。
きっと肩を壊してしまったのだろう…。
「そのあとすぐ手術をしたけど、肩の腱板をひどく損傷していてリハビリしては手術というのを何回も繰り返していくうちに選手として野球を続けていくという情熱が薄れていったって言うわけだ。」
いったん喉を潤す意味合いでコーヒーを飲んで、一呼吸を置く。
「翔吾さんに忠実な選手にはなるなとは言わないけど、野球人生を棒に振ってしまったあの人の言うことには耳を傾けた方がいい。あの人もあの人でかなりのスポーツ関係の本を読み漁った人だから。とまぁ、これが俺が持つ翔吾さんのすべてだ。会計は俺がしておくから、じゃあ、またな。」
伝票を持ってレジのところに行き、お金を払って店を出ていった鳥井さんの後ろ姿を見送った。
『そうか…。肩を壊して野球やれなくなったのか。』
「らしいぞ。情報提供してくれた人はちょこっと伏せさせて貰うぞ?」
『別にいい。だいたい予測はついてるつもりだし。』
再度石川に電話し、秋山先生の過去を話した。
あらかじめ情報を提供してくれた鳥井さんと繋がっているというのは伏せといたが、話を察した石川は別にいいと言ってくれた。
『ピッチャーで肩の故障っつーのは一番辛いだろうからお前もそうなるなよ?』
「分かってるよ。」
『ところでお前明日投げるか?』
「ガッツリって言うわけではないけど60球くらいは。」
動画でカーブのコツみたいなのを見て、その感覚を少しでも養いたいと思っていたところだったんだ。
数を投げるのはまだまだ後からでもいいから、とにかく秋山先生からの課題をこなしてからでもいいだろう。
『そうか、分かった。明日からまた練習頑張ろうな。』
「おう。」
電話を切るのと同時に、ボールを握りカーブのリリースの練習に取りかかった。




