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 とりあえず皆が席に着き、紅茶を飲んで一息ついた。会長が入れたお茶は、ヘンな渋みもなく色も綺麗で、立ち上る香りもまたほっとするようなほのかな甘さだった。

「さて、何処から話したらいいのかしら」

 部長がふーっと息をついた。

 どこからとか言われても、オレも困る。けど。

「なんでオレの入部許可を理事長に取りに行ったんですか」

 今日最初の疑問っていったらやっぱそこだな。顧問じゃなくて、何故理事長?

 オレの質問に、部長はにこりと笑ってうなずいた。

「そうね、じゃあそこから入りましょうか」

 部長の話によると、そもそもこの学校が出来たのは、この場所がアレが頻繁に出没するせいだったらしい。戦前の話になるらしいが、アレが見えた創立者(資産家だったらしい)が、同じく見える者達を集めてアレを掃除しようとしたのが始まりらしい。世代交代を円滑にし、人を集め人材育成するのに丁度良かろうと「学校」という入れ物を作ったのだそうだ。学校の目的がソレだから、当初はアレの捕獲がメインで生徒全員がその活動に携わっていたらしい。

 しかし時の流れとともに変わっていく。学校の規模が徐々に拡大し生徒が増えて行く中で、学校の事情を知らず、アレが見えない生徒が徐々に増え、いつの間にか委員会となり、現在の部活動へと規模が縮小したのだという。縮小したとはいえ、学校の存在理由は健在で、理事長は常にアレが見える人物がなり、その捕獲責任は理事長に帰するのは創立以来変わらない。ゆえに研究会の総責任者は理事長なんだそうだ。

「ちゃんと顧問の先生はいるんですよね?」

「ええ、もちろん。普段の指導は顧問の先生よ。そうね、明日にでも行ってもらうわ。アレについて少し勉強しておいて欲しいから」

「誰ですか?」

「国語の周防先生。……一年生受け持ってたかしら」

「いや、あの先生は三年だけ。準備室に行かせるのかい?」

「もちろん。じゃなきゃ意味ないでしょ」

「あははっ。そりゃ災難だな。まあがんばれ」

 そういって会長はにやにやしている。えええっと? 周防先生ってどんな先生だっけ? ニヤニヤするような人なわけ? 片瀬をみたらあさってに目をそらした。

「行ってみればわかるよ」

 隣の志野田さんがえへっと笑った。すんげー不穏なんすけど。オレの不信顔なぞ知らん振りで会長はさらり。

「じゃあ明日は国語準備室の周防先生の所に挨拶に行ってね。私からも言っておくから」

「はあ」

「で、明後日また部室に来て。他の部員たちと顔合わせしてもらうから。後の事はおいおいやって行きましょう。あなたの活動自体は今までどおりだしね」

 お開きにしましょうかと言う部長に会長が待った。

「どの場所で、どのくらいの大きさの穴を埋めたのか記録しておいてもらった方がいいと思うよ」

「ああ、そうだったわ。少なくとも週一回はその記録を報告書として提出してもらいましょう。特に大きいものがあった場合はすぐに連絡ってことでどうかしら」

「そんなところだね」

 二人の会話の間に立ち上がった志野田さんが、スチール書棚からノートを一冊取り出してオレに差し出した。

「先輩、このノートでいいですよね」

「ありがとう。そうだ、志野田さんと片瀬君も明日一緒に先生の所まで行ってあげて」

「はい、わかりました」

 二人とも素直にうなずいた。嫌そうではなかったから、嫌われるような先生ではないんだろう。しかしキーワードが「災難」に「にやにや」って、どーゆんだ。待てよ、その災難が「先生本人」にかかってるのか、「準備室」にかかってるのか、どっちだ?

 首をかしげている間に、いつの間にやら虫取り網を持ってこっちに来ていた片瀬に肩を叩かれた。隣にいたはずの志野田さんもオレ達1年生組のカップを片付けている。

「そろそろ行くぞ」

「は。どこへ」

「オレ達はいつもの巡回。嵐は帰ってもいいし、穴埋めしてもよし」

「そうそう、お茶も飲んで話も終わったからサッサと動こう」

 両脇に立つ二人してオレの腕をひっぱるので、言われるままに立ち上がり、自分のカバンを持った。なんとなく顔を上げると会長と目が合った。顔は笑ってるけど、目が笑ってねえ。

 は。そか。

「お邪魔しました、失礼しマース!!」

 やっと気づいたオレは、むしろ率先して外に飛び出した。二人も後に続いて飛び出す。

「あら? もう行っちゃうの?」

 びっくりした声がかかったが断然無視! 絶対無視! オレは馬に蹴られたくねーっす。

「また今度-っ!」

 オレは急いでドアを閉めた。



 廊下に出るととりあえず右手に向かって歩き出した。なんの目的も意味もない。いや、意味はあるか。会長による二人の世界が広がる部室から、とにかく早く離れようという意味が(笑) それは後の二人も同じらしく、網を片手に足早についてきた。オレは気分的に十分はなれたところで立ち止まった。

「さて、これからどうするか」

 カバン片手にもっともらしく低く呟いてみる。我ながらさっぱりサマにならん。

「俺はいつもどおり校内巡回に行く」

「私もー。まだ下校時間までけっこうあるしね」

「ま、オマエラはそうだろうな」

 しかしオレはねえ。毎日やれと言われているわけでもなし、第一カバンがなあ。網男女のカバンは部室に置いたままだが、オレは持ってきたから校内をうろつくには邪魔だ。教室まで置きに行くのは面倒だし、ここから程近い下駄箱に置いておくのもちょっとなあ。

 無人の薄暗くて埃っぽい下駄箱にポツンと野郎カバンってなんか嫌じゃねえ? ビジュアル的に(笑)

 置いておいたところで窃盗されたり、ズタズタにされたりすることはないだろうが、愉快にオモシロイことされる可能性は全然否定できんのだよな。かといって、部室に戻るわけにもいかん(会長にくびり殺される勇気はない)。うーん。

「やっぱ帰るか」

 あっさり結論。

「え、本当に帰るの? 教室までカバン置きにつきあってあげてもいいよ」

 志野田さんや、なんですかソレは。オレは一人でカバンも置きに行けないような男デスカ! オレは歯をむき出して志野田さんを威嚇。びっくり眼でオレを見上げていた彼女はのけぞった。怯んだのかと思ったのだが、返ってきた言葉が。

「あれ、ちがう? カバン置いた後、一緒に巡回? 一緒に巡回してくださいって言うべき? あっそれとも、もしかして部室に戻って置いてきたいっていうのはパスね! それだけはカンベンしてっ」

「誰もそんなこと言ってねーッ!!」

 言い合うオレらに片瀬は傍らで無関心。とりあえず結論を待つ姿勢であるらしい。が、急に眉をひそめて首だけ振り向いた。

 するとバタバタと廊下を走る音が近づいてきた。オレと志野田さんも言い合いを止めてそっちを見た。片瀬はポケットから大きい網を取り出して広げた……ってことは、また網に入らないサイズのアレか?

「その丸いの捕まえてくれーっ!」

 片瀬は広げていた網を投げた。きれいにふわりと広がって落ちる。相変わらずオレには何も見えないが、網の盛り上がり具合で20センチくらいの大きさの丸いものだとは分かった。もぞもぞ動く網を床面からギュッと閉めると、形がさらにくっきり。ボールにしか見えんな。

「ソレはイキモノなわけか?」

「そうだ。つぶらな瞳が二つついてる」

 そんな表現されてもなあ。

 そこへやっとソレを追いかけていた男子生徒が息を切らしてご到着。

「捕まえてくれて助かった。それが最後の一匹だったんだ」

「他にもいっぱい居たってこと?」

 志野田さんが聞くとうなずいた。

「それが六匹目。巡回してたらソレが集団でぷかぷかしてて、網を投げて一気に捕まえようとしたんだけど、一匹逃がしちゃったわけさ。おれ一人だったから無理」

「そのそばに穴が開いてるかもしれないな。嵐、仕事みたいだぞ」

「ち、しょうがねえなあ。場所は?」

「本校舎の二階」

「穴の大きさは20センチ以上なのかねえ」

「それはどうだろうな?」

 片瀬はそういって手にしたさっきのアレをみょーんと延ばした。え、延びる? さらにぎゅーっと握った。ものすげー柔らかいってこと? 骨がねえ。

「少なくとも直径コインサイズの穴は通れるんじゃないか」

「あー、そーかもなー」

 目を皿にして注意深く探さなきゃならんということかっ。めんどくさ! がっくりしていると志野田さんがはいはいと手を挙げる。

「私も行くー! 一人くらい見える人がいないとちょっと不便でしょ?」

 どーせオレにはアレは見えねーよッ!

 ってなわけで、オレと志野田さんは片瀬達と別れて本校舎2階に向かった。カバン持ったまま(邪魔)。


 若干慣れてきたとはいえ、虫取り網を担いでのし歩く女子高生の姿って変だ。見慣れてるってのもまた変だ。穴があるかどうか確かめに行くわけだが、お気楽にスキップでもしかねない様子で跳ね歩く感覚も変だ。なんだその緊張感の無さは!(ちょっと八つ当たりだ)

 本校舎にはほとんど生徒は残っていない。実に静かではあるが、穏やかと言った方が適当だ。夏の強い光も中庭に植えられている常緑樹の青々した葉で柔らかく変化する。その心地よい光がガラスを通して廊下を照らして、思わず廊下の窓辺でまどろみたくなる。

 癒し光線ありまくりのその廊下に、穴だのアレだのが闊歩する図というのは、正直想像しにくい。っていうか、オレ、アレ見えないから、そもそも想像つくわけ無いって話もあるが。

 それでもタダのボランティアが部活並に昇格しちまった以上、目を皿にして穴が無いか確認しなければならない。実に面倒くさい。穴の大きさも推定最小サイズがコインだろ? んな小さいモノ、そうそう見つからんわ。ああいうもんは見つけようと思ったときにはなくて、どーでも良い時に見つかるもんだ。廊下にあるのか、教室内なのかも分からんし、そもそもこのフロアかどうかもはっきりしない。片っ端から教室を覗いていかんとならんのだろうか。

 一方で志野田さんは実に気楽なものだ。彼女には穴は見えないから探す必要はない。通常通りの作業で特に意識するものでもないんだろう。

「志野田は何時からアレが見えるわけ?」

「んん~? 多分物心ついた頃には見えてたと思うけど」

「つまりは生まれつきか」

 ということは、アレは常に日常ということか。違和感ないわけか。となると、アレが自分にしか見えないっていつ気付いたのか。

「そういわれるとねえ」

 志野田さんは小首を傾げつつ、目をくりっとさせた。小動物っぽく可愛らしい。

「うちって親もアレが見えるからねえ。多分幼稚園くらいのときに親に教えられたんだと思うよ。ああ、そうだ。アレを飼いたいって言って困らせたことあるから、そのあたりかも」

 ゲッと、思わず彼女を凝視した。にょろにょろみたいな、あの気持ち悪いらしい生き物?をペットにだあ?? オレのヘンなものを見る目に気付いた志野田さんは、大慌てで手を振って否定した。

「ち、違うから! 昨日のみたいなのじゃなくて! こう、毛が長くて猫みたいな可愛いのだってば。アレもいっぱい種族っていうか、種類っていうか、人種って言うかあって、色々なんだってば」

「……」

「うわっ。すんごく信じてない! 明日先生の所行けば分かるって! 多分」

 焦っていて反応が面白くもう少しからかおうかとも思ったが怒らせるとイカンので、もう一つ気になっていたことを聞いてみる。

「あのさー、この学校はアレの出現率が高いってのは聞いたけど、学校以外でもアレは出てくるわけ?」

「そうだよ。ここみたいに毎日って訳じゃないけど、日本全国津々浦々にいるんだよ。正確には世界中にね」

 嫌な表現だ。

「でも一般的には全然知られてないよな?」

「見えない人に言っても信じられるわけないから、公表しないんじゃない? 宇宙人とどっちが信憑性高いのか微妙だよね」

 なんとなく、宇宙人実在説の方が本当っぽく感じるのは気のせいか。

「あっちは多分、いるとしたら誰にでも見えるもんね」

 確かに言えてる。

「でもアレ対策は大昔から専門部署があったんだって。今も文部科学省だったか労働厚生省と、防衛省にあるって聞いてる。アレが見える人って結構公務員になる人多いって話だよ」

「志野田の親もか?」

「うちは違うよ。ごく普通のサラリーマン。って言っても、やっぱり関わりのある商品開発とかしてるけど」

「ん? この学校の卒業生なのか」

「そう。んで、直接関わり合うのは、三年間網を振り回して飽きたんだって」

 お父さんは飽きっぽいからね~とは、笑うところなのか。・・・・笑うところなんだな。志野田さん、楽しそうに笑ってるし。んじゃあオレも笑っとくか。わはは。

「で、穴ありそう?」

 油断させといてそれかっ、網女! 

 けっして話ばかりに気をとられて本来の指令を忘れてたわけではない。ちゃんと目は穴を探している。むしろ暇なのは志野田さんの方ではなかろうか。いや、ぜひとも協力してもらおう。共に探しつかれてもらおうではないか!

「志野田さんよ、アレは見えませんか」

「いないねー」

 完璧にお気楽のんき口調だ。

「アレって穴から出てくるっぽいんだよな」

 全てがそうとは限らないが。そこまで解明されてないようだし。

「ってことは、アレが出てくる瞬間=穴じゃないのかね」

「う、そうね。そうだね」

「オレばっかにやらせないで、お前も目を皿にして探しやがれー!」

「ラジャーっ!!」

 そんでオレ達は無駄話を封印して目を皿に、教室を片っ端から回った。それこそ椅子の裏やら机の中まで見た。イマドキ珍しいカビパン(キノコ生えそう。あ、湿度ないから無理か)まで拝んだが、まったく見つけられなかった。穴は無かった。

 とすると、あの丸いアレはどこから来たのか。学校中探し回るのは無理。それに日は既に傾いて廊下にさす光は頼りなく、そろそろ下校時刻が迫っていた。タイムリミットだ。

「今までも穴なんざ知らずにいたんだから大丈夫だろ」

 オレがうんうんともっともらしく腕を組むと、志野田さんも疲れた様子でうなずいた。

「帰るか」

「うん。私は部室に戻るけど、嵐山君はそのまま帰るの?」

「あ?」

 オレは自分の手を見た。そういえばカバンを持った間まま穴探しをしていたのだった。

 部室へと続く階段は後方。薄暗くなってきた校舎には誰もおらず、明るかった時とは違い、静寂が上から重く圧し掛かるかのようだ。

「……ま、部室の近くまでは行くさ。どうせ暇だし」

 昇降口へ行くには少々遠回りになるが、一人で行かせるのは気が引ける。

「ありがと」

 志野田さんはオレの目を見つめて、嬉しげに、はにかむ様に微笑んだ。

「い、行くぞ」

「はいはーい」

 オレは彼女の微笑に赤面した。何度目だよ、オレ! 動揺しまくって、うろたえて。ナニやってんだーっ! 

 心臓はばくばくいう。頭はぐつぐついう。隣には志野田さんのふわふわの頭。彼女の動きに合わせて香る甘い匂い。普段なら、ついさっきまで全然気にしていなかったことが、ここまでオレを惑わせる。

 きっとあれだ。この間志野田さんをナイスにキャッチした時に、女の子と初めて意識したわけで、志野田さんだからどーのじゃなくて、女の子に対して反応しているだけだ。きっとそうだ。うむ。間違っても変な網女を意識したわけではない! そーだ。女の子だからだっ!

 オレは一人うなずき、とにかく志野田さんを部室まで送って行ったのだった。


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