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 翌日オレはまた研究会に呼ばれた。正確には志野田さんと片瀬に連行された。部室には部長と何故か生徒会長(男だ)がいて、オレ達が入ると同時に立ち上がった。

「じゃあ一緒に理事長室まで行きましょう」

 はあっ? いきなりナンデスカ。なんで理事長室? いや、この学校は私立だし(一応)、理事長がいても別に不思議はないっていうか、普通いるよなとか思うけど、あっちは経営者であまり生徒とは関係ないっていうか、なんでオレが理事長室に行かないとイカンのかというか。わけわからん。しかも何故生徒会長までいるんだ?

「ああ、彼は研究会の副部長なの。研究会の誰か一人は生徒会に立候補することになってるのよ」

 会長、よろしくねとにっこり。

「……」

 だからなんじゃらほいと思うのはオレだけでしょーか。生徒会長が網男とは初めて知ったぞ。会長だの部長だのめんどくせえ。なんかどーでも良くなって大人しく両脇をヒラ網男女に固められ、前を管理職網男女に先導されて理事長室に行くことに。

 階段を上がって最上階の五階へ。五階へは初めて足を踏み入れる。何故なら特別教室とか文化部室とかある特別棟の最上階っていえば、教師が使う会議室とか実験室やら、あくまで大人用ではっきり用がない。うっかり用もないのに行けば怒られるって話。説教部屋直行ってのに行くわけがない。それになんだか下から覗いたかぎり、すんげー行きにくい雰囲気なんだよなー。

 5階フロアは踊り場を抜けると廊下の色が違う。暖色系のちょっと高級感ありますか~? な床になってる。おかげで廊下がうって変わって明るい。校舎の安っぽさと薄暗さとは雲泥の差だ。もっとも違うのは床だけだけど。

 会議室だのの前を通り、一番奥にちょっと背の高い観葉植物(鉢植え)出現。その奥に木製の落ち着いた扉。その上を見上げれば「理事長室」のプレートだ。ここがゴール。

 部長はさっさと扉をノック。中から落ち着いた男性の声がする。

「研究会部長の木原です。昨日の件でお邪魔しました」

「どうぞ」

「失礼します」

 扉を開けて部長・会長は慣れた様子で中に入った。促されてオレ、それから片瀬と志野田さんが続けて入る。ぱっと目に入るのは応接セット。それから壁面の重厚なリビングボード。はっきり言って内装も違うぞ。首を九十度に曲げるとデカイ執務机と書棚。こっちも高そうだ。その机に上品なストライプの入ったスーツを着こなして座っているのが多分理事長。なんっか別世界なんすけど。ここ本当に学校!? どっかの優良企業の社長室の間違いじゃね?

 オレがあっけに取られている間に部長たちの挨拶は済んで、いつの間にやら本題に入っていた。はやっ!

「で、彼を入部させたいって話だったね」

 理事長がオレを観察するように見る。

 あ? オレ!? なんで入部っ。いつの間にそういう話になってんの。っていうか、なんで理事長にそんな話をしてんのだ。顧問ってちゃんと教師にいるじゃん!

 目をむいて理事長と部長を見るが、あっさりスルーされる。

「はい。アレは本当に見えないようなんですが、アレが出現する空間が見え、塞げるようなんです。そうよね、志野田さん」

「そうです。昨日はっきり見ました。そのー、アレが飛び出てきた床は、私には嵐山くんの言う「穴」は見えなくてただの床に見えたんですが、彼が触ったら、触ったところだけ抉られた穴が出現したんです。えと、意味わかりますか?」

「ああ、大体わかるよ。そうか確かに特殊だね、彼は。触っただけで空間が閉じるとは聞いたことがない」

「今までもボランティアとかいって、そういった穴を理解しないまま塞いでいたようなんです」

 ああそうですよ。あの穴が普通じゃないって昨日まで知らずにやってましたともよ。

「今までどこからともなく出てきたものを回収していましたが、彼が穴を見つけて塞いでくれれば、昨日のような大きな物の出現もある程度未然に防げると思います。なのでぜひ入部させたいんですが」

 部長が身を乗り出すようにして言うが、理事長は机の上に肘をつき、腕をくんで黙っている。

「能力は確かに魅力だろう。だが彼はアレには見えない。君たちの活動はアレを回収、又は捕獲し、種類の分別をして処理者に渡すことだ。その活動の中に彼が入っていけるかい? その活動の最中、アレが見えない彼は君たちの傍らで訳も分からずぼーっと眺めているのか。アレについての話し合いも彼には理解できない」

 理事長の言葉にオレと片瀬以外の三人がハッとしてたじろいだようだった。

「いえ、ですからその間穴を探して塞いでもらえれば……」

 部長が焦ったように言うが、理事長は首をふった。

「部員なのに一人だけ別行動で、部会に出ても一人だけちんぷんかんぷん。それで部員になって楽しいと思うかい? 部員になりたいと思うかい?」

 理事長が穏やかな目でどうだい? とオレを見る。うん、入部はしたくない。

 だけど「やっぱりな」という顔ですましている片瀬以外はなんだか納得しきってない様子。反論したくても出来ないみたいな。

 それを横目に理事長はちょっと笑った。

「だが、それだけの能力を放っておくのはもったいないな」

 なんだぁ? このまま収まるかと思ったのに、何を言う気だい、理事長!

「では私が嵐山君に依頼しよう。今後、紙粘土でもセメントでも穴を塞ぐために欲しいものを支給しよう。だから理事長所属で今までやっていた穴塞ぎを引き続きやって欲しい。ただ私も忙しい。請求とか連絡は基本的に研究会を通すこと。これでどうだろう」

 う。そういわれると弱いぞ。正直、部活やってないのに校内をふらついてると、時々先生に早く帰れと追い出されることがあるんだよな。理事長のお墨付きがあればそんなこともないし、粘土とか支給されればうれしいぞ。

 ・・・・それに研究会の連中の視線が痛い。部長、頼むから睨まないでくれっ。なまじ整った顔してるから怖いっす! 会長は部長の顔つきにぎょっとしながら拝むような顔してるし。片瀬は面白そうに観察している(そういう奴だ)。

 そんで志野田さんは。

 志野田さんはなんつーか、子犬っつーか、じぃーっと信じてますみたいな、妙に澄んだ綺麗な瞳で見上げてくるんだよっ。ううっ。

 目をそらす。でも視線が突き刺さる。うううっ!

「わ、わかりました。ソレでおねがいします……」

 敗北。完敗。惨敗。お手上げ。くそっ、なんでもいいわいっ!

 理事長はにっこり笑って立ち上がると手を差し出した。

「では契約成立。何かあったら言いなさい。後で私からの許可証を渡そう。……ようこそ」

 許可証って何だとか、ようこそって何だとか、言いたいことはあったが脱力感一杯でそれどころじゃない。オレは理事長と握手してその配下(?)に収まったのだった。 はあ。



 頭を下げて五人で理事長室を後にした。イマイチ納得してないらしく、ぶつぶつ言う部長を会長がのほほんとなだめている。

「まあいいじゃない、準部員とか子会社とか。協力してもらえれば。理事長の言うこともわかるだろ」

 なだめる会長の声に、部長はため息をついている。

「正論だと思うわ。だけどなんだか宙ぶらりんなじゃない。中途半端な立場にしちゃったわ」

 おや、オレの心配してくれたのか。こりゃびっくり、年の功? たまたまオレの意外と言った表情を視界に納めたらしい会長はニヤリとしている。

 ああそうだよな。さっきからヘンだと思ってたのはコレだ。生徒会長ってなんか切れ者ってイメージだったのに、研究会の副部長として姿を現してから、温和っていうか、おっとり系というかゆるい空気だしまくりで違和感があったんだ。今の「ニヤリ」でヘンの原因がわかったっていうか。どうなってんの?

 部長は歩調をゆるめずスタスタと廊下を歩き、会長はややゆったりと部長の隣を歩いて部室を目指す。

「扱いをどうしようかしら」

「とりあえず彼用の紙粘土置き場を作ればいいんじゃないかな。あとは網を少し渡しておいた方がいいと思うね」

「部員達に紹介もしておかないといけないわ。連絡網はどうししようかしらね」

「まあ細かいことは後でゆっくり考えればいんじゃないか。それより部室に行ってお茶でも飲もう。理事長室に行くと喉が渇く。ああ、遠慮しなくていいよ、僕がちゃんと淹れるから。美鈴ちゃんはアールグレイが好きだよね~」

 へ~、部長の名前って美鈴なんだ~と聞き流していたら、今まで思案顔だった部長のがいきなり怒った。

「名前で呼ぶなっ。ちゃんづけするなっ」

「まあまあ、呼ぶのは僕だけだから気にしない」

「私が気にするのっ!」

「はっはっは」

 なんだか会長がすごく楽しそうだ。いそいそって感じがするぞ。

「なあなあ、あの二人って付き合ってるわけ?」

 隣の片瀬をつついて小声で聞いてみた。が、片瀬も志野田さんもそろって首をふる。おや? ちがうの?

「今のところはオトモダチだ。実はな、部長が超絶鈍いのと、会長が今の状態が楽しいらしくてわざと気づかせないのと両方だ」

「うん、私もそう聞いてる。でもしっかり会長は部長に近づく人には、情け容赦なく撃退してるんだって」

 周囲は知ってるのに、部長だけが知らないってか? そんなのって有り?

「あるんだ。目の前に奇跡の人が存在している」

 へ、へええ。思わず毒気を抜かれたっつーか、なんつーか。

「鈍いにもほどがあるのでわ」

 ぼそっと小声で言ったのに、なんという地獄耳なのか! 会長がぐりっと首だけ後ろを向いた。

「そこがいいんだよ。余計なことは言わないようにな。ぼーや」

 ひぃぃぃぃっ! 会長、顔は笑ってるけど、目がぜんっぜん笑ってないっす! にぃぃっと笑った顔に戦慄が走る。くっ喰われる! オレ達三人はあまりの恐怖に硬直した。

「どうしたの?」

「ん? なんでもないよ?」

 急に後ろを向いた会長に、部長が声をかけたが、会長はオレに向けた表情とは一変。にっこり優しげ爽やかさんな笑顔に。ら、落差がっ。

「彼らがちゃんとついて来ているかどうか見ただけだよ。ね?」

 会長の殺人的にっこりにオレ達はこくこくと肯いた。余計なこと言ってない黙ってついて来いと聞こえました、会長ー。

 会長の本性はやっぱこっちなんだろーなー。部長に対している態度の方が例外の様子だ。もし部長が会長と付き合うってなったら、なんだか苦労しそうだと思うのはオレだけかね。それはそれで面白そうかもしんないけどー。

 それにしても会長だの部長だのややこしいなあ。「会長」と「会長」のダブルよりはいいかもしんないけどさ。と、言ったら片瀬が反応した。

「昔は研究会も部長じゃなくて会長って言ってたらしい。でも嵐が言ったみたいに生徒会会長になった部員がいて、部内に会長が二人ってんでややこしくなるから研究会は部長って呼ぶようになったらしい」

「じゃあそもそも何で研究部じゃなくて研究会なわけ?」

 これもまた以前からの素朴な疑問だ。すると今度は志野田さんがはいはいと手を挙げた。……なにも挙手せんでもいいと思うが。

「あ、それ! もともとは部活動じゃなかったって聞いてる。なんか、委員会活動に組み込まれてたって」

 委員会活動だあ? 研究委員会。なんじゃそら。

「なんで部活になったんだ」

「それは知らな~い」

「俺も知らん」

「使えん奴らめ!」

「理事長にでも聞けば分かるかもよ」

「ああそうだ、お前は理事長直属になったんだから、これから接触も少しはあるだろうから聞いてみればいい」

 あ? 直属? そうか、そうだっけ。トンデモナイことに、オレは研究会所属じゃなくて理事長所属になったんだっけ。直属かあ、げえー。なんか認識したとたん面倒くさくなってきた。ひょっとして定期的に報告とかすんのかな。うへ。

 そんなこと言っている間に部室到着。会長がドアを開けると中にいた部員が一斉に振り向いた。手には虫取り網で、どうもこれから校内を巡回に行こうとしていたようだ。

「あれ。会長、今日は生徒会の方はいいんですか?」

「今日は他の役員に任せてきたから大丈夫。週に一回くらいは顔を出さないと忘れられそうだからね」

 そういって中に入っていった。……本当に紅茶を入れに行くみたいだなあ。その後に部長や片瀬が続けて入っていく。

 ん? オレは入っていいのかいな? というか、コレで入ったら完全に網軍団の仲間入りか? うへえ。と躊躇していたら、志野田さんにつんつんと袖を引っ張られた。

「入って入って。理事長のお墨付きなんだからいいんだよー」

 ああー、遠慮している風にとられたか。しかしあれって部室に自由に出入りするお墨付きになるかぁ~?

「いいから嵐山君、気にしないで入ってちょうだい」

「そうそう、君にもお茶を入れてあげよう」

 長のつく二人にも言われてしまえば抵抗のしようもないか。とか思いつつ、往生際悪くしていたら、志野田さんに手を両手で掴まれた。

 え。

 びっくりして思わず見下ろしてしまった。オレの右手を志野田さんの両手が包んでいる。手から顔へ視線を移すと志野田さんのデカイ目がオレを睨むように見上げている。ちょっと怯んでまた視線を下げてしまう志野田さんの手。オレの右手を覆う柔らかな手、が。

 いいいいいいいっ!? 

 オ、オレ、志野田さんと手を、に、に、握ってルーーーッ!?

 がーんと頭に血が上る。

 い、いかん。こんな所で、衆人を前に赤面してはいかんっ。おちつけ、落ち着けオレ! ドタマよ、可及的速やかに、即刻、冷えやがれーッ!

 そんな脳内プチパニックなど知らない志野田さん。動かないオレに業を煮やして、そのままオレの右手を自分の右脇に抱えるようにして屋内へと引っ張っていく。

 と、いうことは、オレのまん前に彼女の体があるわけで、またしてもオレの鼻先に彼女の髪の毛がふんわりふよふよと漂ってしまうのだ。なんともフローラルなよい香り。だけどオレのニヤケそうになる顔面を真顔に維持するには、その甘い香りは余りにも危険。そんで、オレの右腕に密着し、まん前にあるその彼女の体。左腕をちょっと前に突き出せばすっぽりと抱きしめてしまえるその距離はまるで拷問! だ、誰か助けてくれぇぇぇっ!

「はい、改めて研究会へようこそ!」

 敷居をまたぎ、入ったところで志野田さんはやっと手を離してくれた。

 たったの数歩。たかが数歩。恋する男には侮れなさ過ぎる。・・・・ん? 恋する男? オレが? 志野田さんに? え? え? え? うそだぁぁぁぁっ! だ、ダメだ。赤面する。なんだコレは。恋、恋って。オレがそんなこっぱずかしい単語を思い浮かべるとわっ。そんな馬鹿な!

「どうしたの?」

 不信そうにオレを見上げる志野田さんを見て、オレはとっさに片手で口元を覆い、そっぽ向いた。誰にも赤い顔を見られるわけにはっ! 目だけで室内をざっと見たが、さっきいた部員はとっくに出て行ったし、部長も片瀬も片付けをしていたし、会長も部屋の片隅で本当に紅茶を入れていたから、誰もオレを見ていなかった。ほ。ほっとしたついでに、急いで冷却、冷却! 落ち着け、静まれ、オレ。それ深呼吸、1、2、3。

「まあまあ、嵐山君。紅茶も入ったから、いつまでもそんなところに立ってないで、適当に座った、座った」

「あ、はい」

 会長の絶妙なタイミングだった。

 クールダウンしたオレは正直疲れた。のど渇いた。自分が悪いんだけどさーっ。

 一足先に席についていた志野田さんに手招きされて、ちょっと何処に座ろうか考える。志野田さんの椅子一個空けて隣に座るべきか、反対側の片瀬の方に座るべきか。

 志野田さんの隣、心臓に悪い。片瀬のほうに座ると今度は顔を上げれば志野田さんの顔が見えてやっぱり心臓に悪い。どっちがましか!?

 とか考えてしまったのだが、会長がさっさと志野田さんの隣にオレ用のカップを置いてしまったので強制的に決定。

 か、会長? もしやオレの赤面って、見て……?

 部長の隣に座ろうとする会長と目があって、会長、ニヤリ。げ、げげ!? 見られてたっ。あれは、絶対見られてた!

 これでもう、会長には絶対服従決定な気がした。

 

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